【八木敏和】9

「なぁ、桜花中学ってどこ?」

 前の席に座っていた、綺麗な黒髪の男が振り返る。僕より背が高い彼の、ホコリひとつない綺麗な学ランをずっと見つめていたせいか、彼が『クラスメイト』であるという当たり前のことを、その時ようやく思い出した。そして、振り返った彼が、びっくりするくらい整った顔をしていて、僕は返事を忘れてしまった。

「えっと、八木、くん?」

 彼は首を傾げる。一本と例外なく真っ直ぐに伸びた髪が、その動きに合わせて揺れる。フチの無い眼鏡の向こうにある目は、宝石のように輝いて、薄い目蓋が大事そうにそれを守っている。姉のおかげで綺麗な顔の人には見慣れていたけれど、そんな僕でも、綺麗だと見惚れてしまうほどだった。

「あ、いきなりごめん。聞いたことのない中学やったから、遠くから来たんかな、って。」

「あ、」

 三言目でようやく、話しかけられていることに気付いた。薄く、しかし途切れることなく伸びた眉が少し下がって、僕の言葉を待っている。

「高松宮って、わかる?」

「たかまつみや……って、凄く遠ない?昔にちょっとだけ行ったことあるけど、えらい遠いやん。一人暮らし?」

 知的な美しさを持つ彼には似合わない、独特な訛り口調だ。その違和感に緩みそうになった口元を堪えるけど、気付かれてしまったのか、彼は整った顔を「にぱっ」と音がしそうなくらい崩して、笑った。

「変な喋りかたや思うてるんやろ?赤ん坊のときから、めっちゃ色んなとこ転々として暮らしてきてん。したら色んなとこの方言覚えてしもうて、変な喋りかたで身についてしもうて、直そ思うたんやけど、まぁエエかなって。面倒になってしもうてな。」

 彼は声高らかに笑う。あまりにも見た目とかけ離れた中身で、逆に心地よく感じてしまうほどだった。宝石を散りばめた美しい硝子細工のおもちゃ箱みたいな、違和感も全て合わさって、彼の美しさになっていた。

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