【八木敏和】4
その携帯が、初めて着信を受けたのが、貰ってから一ヵ月後の夜だった。
家族以外番号を教える相手もいないのに、家の中で鳴ったから、少し戸惑いつつ、外出中の姉からかもしれないと思い、通話ボタンを押した。(電話帳登録の機能を、そのときはまだ知らなかったのだ。)
『あ、ビビ。あ、えっと、一年だった、トシカズ、なんだけど。』
しかし、電話の相手は姉ではなく、僕と同じ名前をした、姉の後輩だった。(ビビ、というのはきっと、姉の名前である
『ビビが帰っちゃってから、俺、色々考えて。』
新しい番号を伝え忘れたのか、彼が間違えたのか、僕は姉宛の電話を、受け取ってしまったようだ。
『今更、なんだけど、その、やっぱり俺、その、ビビとこれからも、関わっていたくて。』
電話の向こうのトシカズという人物について、なにひとつ知らない僕でもわかった。彼は、姉に恋をして想いを伝えられなかった、不器用な後輩、といったところだろう。
すぐに訂正してあげたらよかったのだ。けれど、そのときは突然の出来事に頭がぐちゃぐちゃになっていて、言葉を返せず黙り込んでしまった。
『これからも、電話とかして、いいですか。』
そんなことも知らずに、彼はひとりで話し続け、そう言った。
今からでも遅くはない。弟であると説明して、姉に繋げばよかったのだ。でも、僕は本人に聞かずとも、彼の恋が悲しい結末を迎えることを知っていた。
姉は大学に入学してすぐに、新しい彼氏を作って、今もその彼氏とデートの真っ最中だったから。
だけれど、僕は。
『ビビ……?』
彼の声に、惹かれてしまった。
低い声を、喉の奥で放つような、男らしいのに、どこか親しみのあるその声を。抑揚が無くて、いつでも棒読みみたいなその声を、もっと聞きたいと、思ってしまって。
「……いい、よ。」
そう、言ってしまった。
それが全ての、罪の始まりだった。
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