【八木敏和】3

 全ての始まりは、一年前。中学二年生から三年生に進級する年の、三月。三年ぶりに、姉が帰省した。「有名なバレーのコーチがいる」という理由で、遠い田舎の高校に進学を決め、三年間ずっと一人暮らしをしていたのだ。

 姉は、とにかく美人で、明るく、優しく、いつもたくさんの人に囲まれて笑っていた。知り合いが一人もいない高校へ行くことを少しも怖がらなかったし、出発の日には駅員さんがびっくりするくらいたくさんの見送りが来て、僕は唯一の姉弟でありながら、電車に乗り込む姉の姿を、最後まで見ることが出来なかった。

「あはは、敏和本当に変わらないね。」

 長期休暇も全てバレーに費やした姉は、三年間一度も帰省せず、三年ぶりに聞いた言葉がそれだった。

「やだぁもう、敏和の声で大きな笑い声が聞こえたから、ビックリしちゃったじゃない!」

 母が嬉しそうに笑う。

 姉は電話だと性別がわからない、少年のような声で、それは変声期を迎えていない僕のものとよく似ていた。そのことを姉は、嫌がるどころか、とても気に入っていて、時折友人や家族を騙しては、楽しそうに笑っていた。

「相変わらず髪伸ばしっぱなしで、顔全然見えないよ。せっかく私に似て可愛い顔なんだから、勿体無い。暗い人みたいだよ、って、敏和は暗い人か!きゃはははは!」

 姉は僕の頭を乱暴に撫でる。僕たち姉弟は、似たような見た目を持ちながら、性格はまるで正反対だった。

 いつもひとりで隅っこに身を潜める僕には、姉が眩しすぎて、そんな姉と同じ見た目が、「姉はあんなに明るいのに、貴方は……」と言われているような気がして、とても苦手だった。

 アーモンド形のくっきりした二重。スッと通った小さな鼻。上品な薄い唇。部位を溢してしまいそうに小さな輪郭。祖母から受け継がれた欧米の血のおかげで、全体的に薄い色素。僕はそれらを、伸ばした髪で懸命に隠す。童顔に、平均より小さな体で、女みたいだとからかわれることも、日常茶飯事だった。

「敏和も三年生かぁ。そうだ、いいものあげるよ。」

 姉はそう言って、僕にお古の携帯を渡した。新しく欲しい携帯が発売されたから、そっちに替えたいそうだ。けど、今使っているのがまだ綺麗で、機種代も払い終わったばかりだから、解約するのは勿体無いと思っていたらしい。どうせ携帯など使う機会もないし、母も賛成していたので、僕は姉のお古を貰うことにした。

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