【八木敏和】2
「一年生の教室は最上階。四階なの。」と姉が言っていた。「階段を上るのが年々キツくなるから、若いうちに苦労しておけってことよ。」と笑って。しかし、普段運動をしない僕の足では、既に三階すら限界に感じていた。
この高校を選んだことを少し後悔しながら、最後の段を上がる。中庭を真四角に囲う校舎は、どこからでも其処に咲く大きな桜を見ることができた。
周りに人がいないのを確認し、目にかかった前髪をそっと分けて、じっくりと窓を見下ろす。此処からでは可愛らしく四角い箱に収まった桜は、誰かからのプレゼントみたいだった。新入生を、歓迎してくれているような。
「……トシカズ。」
吐息のように、声になったかならないか、わからないくらいの声量で、その名を呼んだ。
僕が、わざわざ一人暮らしをしてまで、知り合いもいない遠い田舎の高校を選んだ『理由』だ。この校舎の、この桜が見えるどこかに、彼はいる。顔も知らない、彼が。
僕を好きだと言った、あの声が。
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