ブリッジン・フォ・ニュウ/四

 浴槽で自慰行為を終えたユウリは浴槽の栓を抜き、じっとお湯が減っていくのを酔った頭で傍観していた。

「……はぁ、」ユウリは自分の体によって汚れてしまったお湯を眺めながら思っていた。「……エッチしたい」

 ユウリは自分の体を誰かにいじって欲しいと思った。別に自分の体をいじるのはコナツでなくても構わないと思った。この時は全部吐いて自分の体の全部を洗ってとりあえず一度いった後だからか、コナツのことに関係がある全ての感情は心の奥の方にあった。コナツへの未練は遠くの方にあって見えず、心の手前にあるのはとてつもなく本能的で理性など一切纏わない、思惟だった。

 だから汚れたお湯が渦を巻いて全て下水に消えたところでユウリはしゃきっと姿勢よく立ち「よし」と呟いて浴室を出た。

 ユウリはお嬢さんたちが性サービスをしてくれる、いわゆるそういう場所、風俗に行くことに決めたのです。

 もちろん、ユウリは一般的な風俗店が男性のためにあることは理解しているし、一般的に同性愛者というのはマイノリティであって、一般的にレズが風俗に行って女の子といやらしいことをさせて欲しいと懇願しても鼻で笑われ門前払いを受けるだろう、ということは分かっている。ましてユウリは未成年だ。まだ十五歳。未成年のレズビアンを対象をしたお店がないことくらいは、もしかしたら非合法的にそういうことをさせてくれるお店があるかもしれないが、まあ、考えなくとも分かることだ。

 しかしユウリにはきちんと考えがあった。きちんと初対面の年上のお嬢さんたちとエッチ出来る方法、というか、こうすればエッチに辿り付けるであろうという手順を、ユウリは思い描けることが出来る。

 ユウリは洗面台の前に立ち、自分の濡れた綺麗な顔と体を見た。ユウリは自分のことを綺麗だと思っている。大天使ゼプテンバ様には叶わないけれど自分は綺麗な少女だ。ユウリはドラム式がセーラ服を洗っている重低音を聞きながら、体を優しく拭き、ドライアで髪を乾かし、いつもよりも慎重に入念にセットした。普段よりもぺたっという感じに仕上げたのは、叔母のユキコをイメージしてのことである。最後に鏡の前で、ユキコがよくする、不気味というか、魔性というか、そういう不適な笑みの練習を二回、三回繰り返した。

 そしてユウリは寝室に行き、とりあえず地味めな下着を付けてクローゼットの中にあるユキコの服を物色した。ユキコは気まぐれでユウリのマンションに泊まったりすることがあるのだが、その際、服をドラム式に放り込んだままそのまま持ち帰らない、ということが何度かあって、持って帰れよ、ともユウリは面倒なのでユウリは言わないので、クローゼットの中には何着かユキコの服がハンガに吊るされていたのだ。ユキコのファッションの基本はシャツに、踝まで届くロングスカート、というシンプルなものだ。シャツは派手な時もあるし地味なときもあるしそれにネクタイがぶら下がっているときもある。スカートも折り目がついている時もあればフリルがついている時もあるしスリットが入っている時もある。とにかくユキコの基本はシャツとロングスカートなのだ。

 ユウリはクローゼットのストックの中から、特に地味なのを選んだ。月桂樹のワンポイントが素敵なフレッド・ペリーの白いシャツに、丸みが強調された迷彩柄のポケットが特徴的な、ブランド不明のベージュのロングスカート。それを纏って鏡の前に立ち、自分のことをユキコみたいだ、と思いながら、もちろんそれは好ましいことではないのだが、とにかく「うん、まあ、こんなもんか」と納得してからベッド横の鏡台に向かって自分の綺麗な顔に化粧を施した。化粧と言っても、ユキコを意識したものなので軽くファンデを叩き、濃い紅を引いただけ。

 でもそれで、それだけで、ユウリはほとんどユキコになった。ユキコみたいだなんてとっても好ましいことではないんだけれど、大儀のためだ。仕方がない。大儀のために、ユウリはユキコになる必要があるのだ。ユキコというか、大人に見られる必要があるんだ。

 ユウリはそしてリビングに移動し、テーブルの上にあるノートパソコンを起動させた。そしてピンク・ベル・キャブズという風俗店のサイトにアクセスした。

 トップページはピンク色。画面には極彩色が溢れ煌びやかな文字が踊っている。ユウリは心臓を高鳴らせながら、これまで何度も確認したその店のシステムと料金と場所を再度確かめて、本日出勤の女の子を見ていった。運良く前々からこの娘、と気になっていたミチルというお嬢さんは今夜出勤予定となっていた。ホームページの載せられた彼女の写真の顔にはモザイクが掛けられているのだけれど、その他の部分、髪とか胸とかスカートからはみ出る太股の具合にユウリは直感的に素晴らしいものを感じ、ならば顔もユウリ好みの美少女であろう、ということをほぼ確信していた。彼女は常にランキングの下位にいるが、ランキング外でもないし、そもそも出勤が他のお嬢さんたちと比べて少ないので、ユウリはほぼ毎日ピンク・ベル・キャブズのサイトにアクセスしている、だからユウリは彼女の紹介記事にある、天使過ぎる美少女という、なんの捻りもなくどこかで聞いたようなありきたりな過剰表現を、天使過ぎるとは言えなくも美少女という部分は信じても間違いないだろう、という具合でミチルが美少女である、ということを確信しているのであった。十八という年齢も、初めての相手は年齢が近い方がいいと思っているユウリにとっても魅力だ。彼女が更新するブログもユウリはほぼ目を通している。その短い文面から彼女が優しく慈愛に満ちた性格であることや彼女がもの凄く女好きである、ということも伺い知れた。

 つまりピンク・ベル・キャブズはレズビアンの女性を対象とした珍しい風俗店なのだ。女の子を抱きたくてしょうがなくてどうしようもないレズビアンに救いの手を差し伸べてくれるお店だったのだ。

 こんな素晴らしいお店の存在をユウリが知ることが出来たのはユキコのおかげだ。去年の秋くらいだっただろうか、夜泥酔したユキコはユウリのマンションにやってきた。そのときのユキコは泥酔しているのにも関わらず石鹸というか、いい匂いがしていた。ユキコは、おそらく自宅でもそうするように、まず靴下を脱ぎ、そしてポケットの中のものを全て出し、リビングのテーブルに置いてからソファにごろんとなってその数秒後に寝てしまった。そのときにユキコがポケットから出したもの、財布とスマートフォンと鍵とウォークマンと目薬と煙草とライタの中に、ピンク・ベル・キャブズの会員証が混じっていたのだ。もちろんそれは風俗店特有の一見してそれとは分からない作りになっていて表には「ヘアカット・サロン、ピンク・ベル・キャブズ」とあり、裏にはスタンプが沢山押されていたから、ユウリは、へぇ、ユキコはこのお店で髪を切ってるんだ、とくらいにしか思わなかった。石鹸の匂いも、もしかしたら泥酔したままピンク・ベル・キャブズ、という美容室に入ってシャンプでもしてもらったのか、とぼんやりと解釈した。その次の日、ユウリは二日酔いでソファの上で毛布にくるまっているユキコにピンク・ベル・キャブズのことを聞いたのだ。「ねぇ、ユキコ、私、いい感じの美容室探してるんだけど、ここってどうなの?」

 ユウリはピンク・ベル・キャブズの会員証を手にしながらユキコに聞いたんだ。「ピンク・ベル・キャブズって、イエロー・ベル・キャブズのパクリ?」

 ユキコはそれまで一切起きあがる様子を見せなかったのに、聞いた瞬間に跳ね起き、ユウリが持っている会員証をひったくるようにして奪って無言でにっと笑って再びソファの上にごろんとなった。

「……え、何?」

 ユウリは不審に思ってユキコに何度か声を掛けた。が、ユキコは応答しないで寝た振りを続けた。そのときはピンク・ベル・キャブズって凄くいい美容室なのかもしれない、だからユキコは隠そうとしているんじゃないかってユウリは思った。まさかレズビアン専門の風俗店だなんて普通は思わないだろう。だからユウリはその場でスマートフォンでピンク・ベル・キャブズを検索して、そしてすぐに事情を把握した。ピンク・ベル・キャブズがそういうお店で、ユキコはそこに通っているんだってきちんと把握した。会員証の裏のスタンプの数から推測するにユキコはかなりの回数そこに訪れているみたいだ。ユキコがレズビアンだ、ということは親戚一同に知られている常識でユウリも前から知っていたから驚かなかったけれど、ああ、ユキコはこういうところで自分の性欲を発散しているのだな、と分かって少々複雑な気分になったものだがしかし、ユウリはすぐに気持ちを切り替えピンク・ベル・キャブズのホームページをくまなくチェックしたということは言うまでもないだろう。

 とにかくピンク・ベル・キャブズの存在を知ることが出来たのはユキコのおかげなのだ。こればかりはユキコに感謝しなければならない。ピンク・ベル・キャブズというお店の存在によって今日という日を最高に幸せな気分で締めくくることが出来るかもしれないのだ。ユウリはこのまま最低の気分のまま眠りたくはなかった。最低の気分のまま、明日を迎えたくなかったんだ。

 ミチルの出勤予定は夜の九時、となっていた。時刻を確認すればすでに夜の八時を回っている。ユウリはノートパソコンを閉じ、酔いで頭がぼうっとなっているのでイブを飲んで、鏡の前で自分の装いを最終確認してから、財布とスマートフォンとウォークマンと鍵と煙草とライトをポケットにねじ込んだ。イヤホンを耳に突っ込みコレクチブ・ロウテイションのブリッジン・フォ・ニュウを再生し、胸を高鳴らせユウリは自宅を飛び出した。

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