神像シヴァ・ルドラ ~シスコン少年は蒼い神で敵を叩き潰す~

山吹弓美

神像シヴァ・ルドラ ~シスコン少年は蒼い神で敵を叩き潰す~

 お前はこれより、二百三十五号と呼称される。

 同時に招集された二百三十四号については、二百三十五号の訓練への参加を円滑にするための予備人員として、こちらで保護させてもらう。異論は認めない。




 それは全身が蒼く、そして美しかった。

 背に三対の翼をつけた、若武者の兜のような頭部と肩が張った細身の鎧のようなボディ。腰部を守るスカートの下から伸びる両脚はこれまたスマートながらしっかりと地を踏みしめている。

 見る者が見ればそれは、神の像であると断言するかもしれない。ただしその大きさは人の五倍ほどもあり、さらに硬質の外装を剥げば無粋な機械、金属の骨組みが現れるのだが。


 その前に現れた像と同じ程度の大きさを持つ、太い角と四肢を備えた巨獣。これもまた、硬質の外装を持ちその下にはおそらく人工の機械を駆動機器として持つものであろう。

 『神の像』はそれと相対し、腰に佩いていた長剣をスラリと抜き放った。その動作のたびにききっ、がしゃりと鳴る音は、外装の下で金属がこすれ、動く音だ。

 彼らが立っているのは、形状も目的も彼らのための闘技場と見て間違いない、壁のあるドーム状の空間の中だ。巨獣が走り回っても、『神の像』が大地を蹴っても壁にも、天井にもぶつからない程度の広さがある。ただし現在は空間内の照明が最低限にまで落とされており、本来の広さよりは狭く思えるかもしれない。

 その壁、天井のそこかしこから様々な視線が、彼らに向けられている中。


 ――ごおおおおおおっ!


 地響きにも似た『吠え声』を上げ、角を衝角として突進してくる巨獣に対し、『神の像』は一瞬だけかがみ込んだ後その上を飛び越えた。くるりと前転をしながら、その途中で巨獣の背中に新しい角を生やすように、剣を突き立てる。

 がしゃん、べきべきという破壊音が巨獣の内部構造の一部から生まれたものであることは、言うまでもない。


 ――があああああ!


 剣が突き立った背中からどばあ、と緑がかったどす黒い血のような液体を吹き出させ、巨獣が内部エラーを起こしたのかめちゃくちゃにのたうち回る。一方、当然のように足から着地した『神の像』は振り返ることすらせず、背の翼を動かした。

 否、背より分離して空に浮かせた。ただし、下側の二対のみを。


 ――がぎぎぎぎ、ぎぎっ!


 巨獣が態勢を立て直し終わる前に、己の敵である『神の像』に向けて突進を始める。だが、その角が目標に突き刺さることはない。

 文字通り風に舞う羽のようにふわりと浮いた、二対の翼がその角を受け止めたからだ。ぎいんという金属同士がぶつかりあうような音が、周辺に不可解な振動をもたらす。

 そうして、いつの間にか振り返っていた『神の像』。その額、第三の目とも呼ばれる部分にはいつの間にかその名の通り、縦に割れた目のような開口部が出現している。その中からは、黒い光という表現が一番しっくり来る何かが漏れ出していた。


 そこから溢れ出た黒い、色が異なれば光線と呼ばれる奔流に巨体の中心部を貫かれ、巨獣はあっさりとその名を残骸と変えた。




『合格だ。二百三十五号』


 ふいに、そんな声が響き渡った。と同時に空間全体を柔らかな、だが冷たい光が満たす。

 残骸を前にして、『神の像』はピクリとも動かない。声への反応も見られない。


『聞こえているのか? 二百三十五号』

「……」

『返事をしろ、二百三十五号。こちらの命令に従わなければ、二百三十四号の生命については保証できない』

「……ふん」


 『神の像』の胎内、そこにいる存在が不満げな息を漏らしたのは、それを二百三十五号と呼ぶ声の主がいらだちを見せ始めたときだった。


「何度も何度もしつこいよ。どうせ、ぼくの名前なんて覚えてもいないんだろ。メイの名前も」


 答えの言葉を紡いだのは、未だ声変わりをなされていないような高い、しかし少年の声だった。

 それと同時に『神の像』が、ゆっくりと向きを変える。残骸と向き合っていたソレが右側、壁の中から己に視線を送っていた存在を正面から見据えた。


「別にいいよ。ぼくはお前たちの顔だって、覚えてる気はこれっぽっちもないし。それに」


 その壁へと、蒼い手が伸ばされる。びしりと指差したその先端が正確に示している壁……窓の向こう、白い衣をまとった科学者どもが一斉にひいっと我が身を守るように腕を掲げた。

 その中に一人だけ、至極普通の外出着をまとった少女の姿がある。両手を後ろに回されているから、おそらくは手錠なり何なりで拘束されているのだろう。


「二百三十四号? ふざけんな。メイの生命を、お前たちがどうこうしちゃいけないんだよ」

『あんたならそう言うと思った』

「メイ! 大丈夫? 何かされてないよね?」


 ため息混じりの少女の声が、通信に紛れ込んできた。その瞬間、少年の声に温かい感情があふれる。先ほど科学者たちに指を突きつけた、冷たい声とはまるで温度が違う。


『あたしは平気。任那みまな、ほどほどにしたほうが良いわよ』

「んもー、メイは優しいんだから」

『だって、任那の性格を把握できてるのはあたしだけだし』


 つい数秒前までの、殺気を全面に押し出した声とは打って変わって浮かれたのんきな声を紡ぐ『任那』と呼ばれる少年と、それを至極当然のように相手する少女の声。ついでに『神の像』も、伸ばした手をひらひらと振っている。

 当の少女、青みがかった癖のあるセミロングヘアを持つ『メイ』と呼ばれた彼女の背後には、科学者たちがびくびくと怯えながら少女を盾にして自らを守ろうとする情けない光景が広がっている。


『あたしを人質にしたらひどいことになる、って一応忠告はしたんだけどねえ』

「忠告されてそれじゃ、存在してる意味なくない?」


 軽い口調で辛辣な内容を語る少年と少女が、まるで自分たちには意識を向けていないことに気づいた一部の科学者たちは、こそこそと逃げ始めた。もっとも立ち上がることはできず、もっぱら四つん這いのままで白い裾を引きずりながら、だが。

 実験のために『神の像』の胎内に放り込んだ少年が、自分たちでは御しきれない存在だということに気がついた彼らは、まだ幸いだった。


『二百三十五号! お、おとなしく、こちらの命令に従えっ! でないと、にひゃ』

「任那・クランベリィとメイフェリア・クランベリィだってば。覚えてくれなくて一向にかまわないけど」


 そこに気づくことができなかった数名の白衣どもは、故にメイという名の少女を盾に取り続ける。それが、任那の怒りに油を注ぐ結果になるとは気づかずに。




 『神の像』の胎内、暗い空間の中で黒髪の少年は、備え付けのシートに座っている。右の目を隠すように伸ばされた前髪と、肩口で切りそろえられた後ろ髪はさらさらとほとんど癖がない。

 こめかみに軽い圧迫感、手の中に握り込まれたなにか、足元には……ペダル。

 神の胎内は、機械とモニターに取り囲まれた狭い空間となっていた。呼称する言葉があるとするならばコクピット、がふさわしい。


「ふん。本気で生きてる意味ないなあ、こいつら」


 後頭部を回って両のこめかみに触れているヘッドギア、そこから流れ込んでくるのは白衣をまとった愚か者たちと、そしてメイフェリアの声。

 骨伝導で伝わってくる彼らの声を聞きながら任那・クランベリィは、自らが操る『神の像』に命じた。


「シヴァ・ルドラ、ぼくのメイをここに連れてきて。あ、手錠はいらないけど」


 ――目標生命体を、コックピット内に転送します。オプション:拘束具は破棄。


 男とも女ともつかない機械音声が、任那の意思を言葉として紡ぐ。ほんの一瞬後、彼の眼の前にふわりと光が灯った。

 光は薄れながら大きくなっていき、数瞬ほどで一人の少女の姿を形作る。任那の指示通り、その両腕は既に拘束が外れているのが分かる。


「メイ!」

「あら?」


 ぽかんと目を見開いたままの少女が、シートに腰を下ろした少年の膝の上にぼすんと着地する。その柔らかな感触が、それが幻影でも映像でもなく実物なのだと任那に実感させた。


「……えーと、任那?」

「うんっ」


 まず彼女が呼んでくれたのが自分の名前であることに、任那は諸手を挙げて喜びたくてたまらない。それよりも先に、姉を抱きしめるためにその手は使われたのだが。


「あーよかった。マジでこんなことできるなんて思わなかったけど」

「おいおいおい」


 そうして、メイの手はまず弟にツッコミを入れることに使われた。ぺし、と手の甲で彼の薄い胸板を叩いてから彼女は、「ま、いっか」と小さくため息をつく。

 理由や状況や任那の思惑はどうあれ、弟の行動を制御するための人質として使われていた自分が解放されたということに、間違いはないのだから。


「さ、壁ぶち割って逃げよっか」

「まあ、帰れないみたいだしね」


 いずれにしろ、壁の中にいる科学者たちに敵対する行動を取った二人にその場を動かないという選択肢はありえない。

 そうすれば再び拘束され、今度はどんな方法で彼らの行動を制御しようとするか。任那もメイも、それを想像するのだけは止めにした。逃げるだけでなく、その場にいる人間たちを全滅させたくなるから。

 ひとまずここからは脱出すべき、そう考えて任那は、残骸に突き立ったままの剣を引き抜いた。そうして、空いた手で残骸そのものを引き上げる。


「まったく、ほんとにあんたたち、馬鹿でしょ」


 無造作な投擲で、残骸は壁よりは薄いであろうドームの天井にぶつかった。その程度で破壊できる建築物ではないようだが、それでも支柱が歪んだのは分かる。


「自分とこで操縦者調達できなかったからって、異世界よそから無理やり引っ張ってくるとかねえ。ホントないわ」


 メイの呆れ返った声に重ねるように、シヴァ・ルドラと呼ばれた『神の像』は剣を数度振る。ぎん、ぎんという耳障りな金属音がばきばきという破壊音に変わり、そうして天井には像が通り抜けられるほどの穴が空いた。

 外には霞んだ空が広がっていて、どうにか昼であることが分かる程度には明るい。その空に向けて、シヴァ・ルドラは背に戻した羽を羽ばたかせ、ふわりと浮かび上がった。

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神像シヴァ・ルドラ ~シスコン少年は蒼い神で敵を叩き潰す~ 山吹弓美 @mayferia

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