冬から春
冬のある日。しんしんと降り積もる雪を窓から眺めていると、心が穏やかになる。一年が終わってしまう焦燥感から逃れるように、雪を見つめるのだ。
体育ではマラソンが主流になり、毎時間長距離を走らされる。ぼくは運動が得意ではなく、時間をかけて決められた距離を走りきる。酸素が足りず、肩で息をするものの、呼吸は落ち着かない。鞭を打った足は震え立っていることすら拒否していた。肺いっぱいに息を吸い込んでベンチに座り込む。喉が水分を求めていたが受け付けないような気もした。
上体を前に倒し顔を俯かせる。呼吸が整うのをじっと待つ。
目を閉じると自分の呼吸だけが聞こえるようで、少しだけ怖くなった。
まだ整わない呼吸に目を開くと、青葉くんが走り始める頃だった。寒さに震えることもなく、少しだけ上気した頰を緩ませている彼は、とても綺麗に見える。体が暖かいと元気も出るのだろう。運動が得意な青葉くんらしく、スタートダッシュは良いものであった。
いつもは眠りについている青葉くんも、動けば夏のようになる。数十分経ち、好調なタイムを出した青葉くんはあっという間に人に囲まれた。汗がキラキラして、眩しいと感じる。
羨ましいと、声が出た。何がかは、自分でもわからない。だけれど、ぼくは青葉くんのようになりたいと、青葉くんになりたいと思わずにはいられなかった。どこか、よくないものを抱えているように感じ、ぼくは青葉くんを見ることをやめた。
時間が過ぎるうちに受験が迫りつつあり、学年の中で焦燥感が満ち始めていた。そろそろ塾に通い出すという人が増えていく。ぼくも受験を控え、黙々と勉学に励む日が増えた。偏差値の高い大学は目指せず、それでも自分なりに頑張らなければ入れないであろう大学を目指す。やりたいことが特に見つからず、自分に見合った大学を目指せばいいのだと周りに言われるがまま、そうしている。
青葉くんは偏差値の高い有名な大学を目指していると噂を耳にした。さすがだ、と思うのは当たり前のようだった。青葉くんのように頭が良ければと思う。どうしたってぼくは青葉くんにはなれない。
青葉くんになれないと理解しているにもかかわらず、青葉くんになりたいという気持ちは日毎大きくなっていく。
青葉くんという存在は、ぼくにとってとてつもなく大きな存在なのだ。
季節が巡り、すぐに春がやってきた。学年が一つ上がり、青葉くんとはクラスが離れた。残念と思いつつも、ほっとしている自分がいる。
ぼくは青葉くんを見ることをやめてから、今まで以上に影に潜むようになった。まるで一人だけ、極寒の冬の中に置き去りにされたようだ。そこから動くことを拒否したのは、自分であるのに。
彼と目が合うことはなくなったが、それでもやはりぼくは青葉くんを遠くから見てしまうことが多々ある。
夏が近づくにつれて元気になっていく青葉くんが、遠くで誰かと笑いあっていた。明るくて、元気で、夏のような人。それがどうにも素敵で、輝かしくて、好きで、羨ましかった。
夏はもうすぐそこまで、やってきている。
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