さよなら青嵐

束川 千勝

青葉くんとぼく

 青葉あおばくんが死んだ。

 明るくて元気な青葉くんは、夏が終わると同時に消えていった。

 春の木漏れ日のように温かく、夏の陽射しのように眩しく、秋の紅葉のように激しく、そして冬の銀世界のようにもの悲しい人。

 冬には机に突っ伏して眠ることが多い彼は、夏には楽しそうに笑う、夏に生きる少年だった。

 青葉くんはクラスの、学校中の人気者だ。彼が笑うと周りも笑顔になる。そんな彼の周りにはいつも人がいた。ぼくはいつも遠くから、青葉くんを眺めているだけだった。

 昔から内気な性格で、勉強ができるわけでもできないわけでもない。でも苦手な科目はたくさんある。好きな季節は静かな秋。そんなぼくが、初めて「青葉あおばあらし」という人物に出会ったのは、ある夏の日のことだ。




 暑い陽射しの中、体調を崩したぼくは公園にある木陰のベンチで一人、目を閉じていた。トントン、と膝を叩かれて目を開くと、黒く短い髪を水に濡らし、大きな黒曜石のような瞳をぼくに見せる少年がいた。

 ぼくと目が合うと、彼は大きな瞳を細めてぼくの隣に腰掛ける。ぼくよりも少しだけ小さな彼は短いズボンから覗く細い足をぶらぶらと揺らした。

「しんどいの?」

 ほんの少しだけ、舌ったらずなのは、気のせいだろうか。ぼくは彼を見て、熱中症かも、と答える。すると濡れた髪を振り乱し、水滴をぼくにぶつけてきた。冷たさと痛さで思わず目を瞑ると、先程のように膝を叩かれる。

 うっすら目を開くと、眩しい笑顔がぼくを見つめていた。

「どう? すずしくなった?」

 正直なところ、涼しさよりも頰を打った痛みが響いていたのだが、太陽のような笑顔が否定を許さないような気がして、曖昧に頷いた。ぼくが頷いたことで、彼は嬉しそうに肩を竦める。それがなぜだか嬉しくて、ぼくはなんとも言えない気持ちになったのを、今でも覚えている。

 それから少し話して別れたのだが、ぼくはもうその会話の内容さえ覚えてはいない。




 青葉くんと再会したのは、それから数年後のことだ。高校二年生に上がる時。仲良くしていた友人達とクラスが離れてしまい、一人寂しく新しい教室の座席に座っていた。

 新しい友達を作れるかどうか、そんなことを考えながらぼんやりと教室の中を眺めていると、深海に明るい光が射したように教室が明るくなる。一人の少年が、その光を降り注いでいた。

 初めて会った時とは少し成長しているものの、大部分は変わらないように思う。彼があの時の少年であると確信していた。

 同級生を連れて、笑顔を振りまく彼はまるでこの世界の頂点に立つ人のようであった。

 一度だけ、目が合う。笑顔を見せて、そのまま視線をそらす。上手な視線のそらし方だった。何事もなかったかのように世界は動き出す。それは、彼がぼくのことを覚えていないと理解するには十分な行動だった。

 ぼくは彼に声をかけることもせず、ひっそりと息を潜めた。

 それからというもの、青葉くんはやはり明るい性格故にクラスの人気者になった。

ぼくはあまり活発ではなく、どちらかというと暗い人間だ。クラスメイトには名前すら覚えられていないだろう。友人は数人できた。それでも青葉くんと会話したことはない。なぜなら住む世界が、違うから。

 馬鹿げていると自分でも思うが、確かにそうなのだ。

 明るくて夏のような人。暗くて影にいるぼく。そんな二人がどうして相容れない存在ではないと言えるだろうか。

 たまたま日直が重なった時。たまたま教師に言伝を頼まれた時。たまたま、朝に挨拶をした時。それくらいしか、ぼくと青葉くんの接点はなかった。

 だけどぼくは青葉くんが好きで、憧れで、ずっと見ていたいと思っていたのだ。




 お昼の長い休み時間にはグラウンドでサッカーをしたり、バスケットボールをしたり。元気なだけでなく、青葉くんはスポーツにも長けていた。そんな青葉くんは夏以外の季節が苦手らしい。

 夏には元気に走り回っているが、冬は特に元気をなくしたように机に突っ伏して眠っていることが多い。まるで冬眠しているようだとぼくは感じていた。授業中もじっと寒さに耐えるように動かず、教師も黙認しているようだった。なんだかずるいと考えたが、青葉くんなら、と誰もが思っているようで、ぼくも例に漏れず青葉くんなら仕方がないと笑うしかない。

 青葉くんはたまに目を覚ますと大きなあくびをして冷たい炭酸ジュースを一口飲んでからまた眠りにつく。夏の元気な青葉くんを見るのが好きだったが、冬の気まぐれな動物のような青葉くんを見るのもまた、好きだった。

 一年を通して見ていると、青葉くんと目が合う回数は少なくない。

 初めはそらされていた視線も、日を追うごとにそらされなくなり、今では会話はないものの、お互いはにかむくらいにはなった。ただそれだけが、ぼくと青葉くんの接点。

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