聖堂

 上へ上へ、ミケネコは四足歩行で駆けていく。その背には、一つ目が乗せられていた。一つ目の胸から絶えず血が流れては、ミケネコの毛を濡らしていく。それでもかまうことなく、ミケネコは駆け続けていた。

「一つ目! 聴こえるっ? 一つ目っ!」

 話しかけても、一つ目は応えない。ただ、芸術水族館の上階を目指せといったきり、彼女は何も話さなくなった。

 そこにママがいると彼女は言ったのだ。

 何が何だか、ミケネコにはわからなかった。

 過去を懐かしむことはそんなに駄目なことなのだろうか。そのせいで、一つ目の一族が皆殺しにされただなんて信じられなかった。

 それを、自分たちの一族がいただなん信じたくなかった。

 自分のこの身体能力はなんだろうか。

 以前、一つ目が言っていたけれど猫は本来、二足歩行ではなく四足歩行で生きていたそうだ。そして、獲物を狩り生き残るために素早い身体能力を自分たちの先祖は持っていたと一つ目は教えてくれた。

 どうして先祖が持っていた能力が、今自分に顕現しているのだろうか。

「僕は、何なんだ……」

「君は、君だよ……」

 一つ目の声がする。ミケネコは走りながら、自分の首を後方へと向けていた。うっすらと一つ目が眼を開けてこちらを見つめている。

「一つ目っ!」

「おじいちゃんが言ってた場所についた。もうすぐ、ママに会える……」

 一つ目が体を起こす。ずるりと彼女の体が背中からずり落ちて、ミケネコは慌てて止まっていた。後方で倒れる一つ目のもとへとミケネコは四足歩行で駆けていく。

 そして、異変に気がついた。

 豊かな色彩が、壁一面を覆っていた。太陽に照らされる山脈が、海が、二つ目の人々が築いたであろうと都市の絵が壁を彩っていた。

 その絵を上空のステンドグラスから入り込む、柔らかな明かりが照らしている。

「あぁ、ママの光だ。僕らのママが側にいる……」

 床を照らす光に向かい、一つ目は片手を差し伸べる。彼女の一つ目は弱弱しく笑みを描いていた。

 そんな一つ目をミケネコは優しく抱き起していた。

「一つ目、ママって……」

「ボクたちを生み出した存在。海、川、山……。ママはこの世界を取り巻く自然。その自然を抱く地球そのものだ。生きとし生けるものは死んでその循環の中に還っていく。ママの中に還っていくんだ……。だから、一緒に行こう、ミケネコ。ママのもとへ……」 

「帰るって……」

「ここは、奇形街を作った二つ目たちの聖堂……。地球を汚した彼らは、自分たちを生かす自然そのものを崇め、その回復と種の存続に努めた。それが、彼らの償いである信仰心だった。僕らは、そんな彼らの想いを伝える存在。一つ目たちは芸術を通じて信仰心を後世に伝え、君たちイエネコ族とイヌ族たちは種の存続を担う存在として生み出された。どっちが欠けてもいけなかったのに……」

 ほろほろと一つ目の緑の眼から涙が零れていく。

「ママ、僕たちを受け入れて……」

 その涙が聖堂の床を濡らした刹那、床に線上の光が走る。緑色の光は床にも広がり、聖堂を淡い輝きで満たしていく。

「さぁ、還ろう。ミケネコ。僕らのママのもとへ……」

 掲げられていた一つ目の手がミケネコの頬に触れる。ミケネコはその手をしっかりと握りしめていた。

 



 

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