ノルジャン女史

 一つ目の顔はとてつもなく目立つ。そりゃそうだ。大きな一つ目が、整った顔の真ん中にあるのだから。それを隠すために猫のお面をつけて奇形街を歩いてみたら、みんなすんなりと騙されてくれた。

「おや、ミケネコ。新入りの教育かいっ?」

 試しにミニチュアダックスたちの居住区を歩いてみると、顔なじみのおばさんが声をかけてきてくれた。おばさんは鉄の破片で『花』を作っては売っている。昔を懐かしむ行為じゃないかと治安隊に眼をつけられたこともあるが、私は花なんて知らないよの一言で彼女は鉄の花を売ることを許可された。

「本当に、誰も気がつかない……」

「僕たち奇形街の住人は、目より鼻で世界を知覚するからね。だから、このマタタビ香水もとっても役にたってる」

 しゅっとミケネコは一つ目に香水をふりかける。マタタビの香りが瞬く間に鼻腔に広がって、みけねこはごろごろと喉を鳴らしていた。

「うぅ、その香水猫臭いんだもん……」

「君は今、猫だろう?」

「う……」

 ミケネコの言葉に一つ目は黙り込む。

「ほらほら新人さん、どうした? 元気がないね。わんっ」

 そんなミケネコにミニチュアダックスのおばさんは優しく吠えて鉄の花を差し出す。

「ほら、選別だよ。元気をお出し」

 にっと犬歯を覗かせおばさんは笑う。一つ目はあははとから笑いをしながら、その花を受け取った。

「百合かな……」

「おや、凄いね。あんた奇形街の生まれなのに花の種類が分かるのかい?」

 鉄の花をまじまじと見つめる一つ目に、おばさんは興味深そうに声をかけてくる。

「いや、あの……。ママ……じゃなくて、昔教えてくれた人がいてくれて……」

「地下街の一つ目たちかい? あそこと交流があったときはよかったよ。あんなことがなくちゃ、ここももっと自由だったのに……」

 垂れ下がった耳をぽんっと跳ね上げて、おばさんは悲しげにクゥンと鳴く。なんだかその様子が哀れに思えて、ミケネコはおばさんに声をかけていた。

「地下街って、奇形街の下に広がる地下鉄のことですか?」

「そう、昔は一つ目を持つ人型の住人がそれはうじゃうじゃいたんだ。旧世界のことを深く愛するいい奴らでね、よく私の花も買ってくれた。そいつらが、花にいろんな形や色や、種類があることを教えてくれたんだ。あの、地下街の絵でね」

「僕の仲間が、たくさん……」

 一つ目の声が弱弱しい。なんだか不安になってミケネコは一つ目に振り返っていた。

「そこの二人、ちょっといいかしら」

 そんな一人と一匹に声をかける猫がいる。ミケネコが背後へと振り向くと、厳しい顔をしたノルジャン女史がそこには立っていた。

 

 

 

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