手帳の謎
ミケネコはその字を読むことが出来なかった。蒼い手帳には貼りつけられた女性と異形の赤ん坊たちの写真の横に、びっしりと何かを記した文字が書かれていたのだ。遠い昔二つ目たちが使っていた言語だということはうっすらとわかったが、そこに何が書かれているのがミケネコは見当がつかなかった。
「やっぱ、読めない?」
残念そうな一つ目の声が聞える。一つ目はは縋るようにミケネコへと顔を向けていた。そんな彼女を見て、ミケネコは首を横に振る。
「この人が僕たちのご先祖様たちと何か関係があることは分かるけれど、このゆらゆらゆれる文字は何なのか意味がわからないよ」
ミミズのようにのたくった文字を見つめながら、ミケネコは自分の顎に前足を押しつける。冷たい肉球の感触が気持ちよく、ミケネコは思わずぐるぐると喉を鳴らしてしまった。
「たぶん、ここに写ってる赤ん坊たちのことが描いてあるんだよ。これを書いたのはきっとここに写ってる二つ目のお母さんだ。お母さんが僕たちを産んだんだ。ねぇ、ミケネコ。奇形街にお母さんはいるのかな?」
何かを訴えるように一つ目はミケネコを見つめてくる。けれど、ミケネコは首を横に振っていた。
「奇形街には二つ目の人間なんていないし、僕らは芸術水族館で生まれるんだ。お母さんからは生まれないよ」
「芸術水族館……。そこで、君たちは生まれるの?」
一つ目の眼が好奇心に大きく見開かれる。彼女の眼を見て嫌な予感がしたが、ミケネコは一つ目の言葉を遮ることができなかった。
「僕も、そこに行ってみたい。何か『お母さん』の秘密が分かるかもしれない」
『過去に浸ることなかれ』
これは、奇形街に生まれたものに、課せられたルールだ。彼らはこのルールを尊重し、守り続けることで奇形街の秩序は保たれている。けれどもミケネコがやろうとしていることは、そのルールを破ることを意味していた。
「いやぁ、実のところ奇形街にいくのは生まれて初めてなんだ……」
移りゆく車窓の景色を眺めながら、一つ目がうっとりと言葉を放つ。一つ目はしっかりと蒼い手帳を抱きしめていた。輝く一つ目の眼が、正面にいるミケネコに向けられる。ミケネコは気まずそうにそんな一つ目から眼を逸らした。
「大丈夫だよ。見つかっても、僕に脅されたと言えばいい。君はまた謝って地下に落ちて、僕に脅されて僕を奇形街に誘ったんだ。だから何の問題もない」
「でも、それじゃあ……」
「後生だよ。僕を、君たちの生まれる場所に連れて行って欲しい……」
一つ目の真摯な眼がひたとミケネコに向けられる。ミケネコはなんだか背筋がぞわっとして、ぴーんと尻尾をたてていた。そんなミケネコを見てぷっと一つ目は吹き出していた。
「何がおかしいんだよっ!」
「いや、ガラにもなく僕ってばメランコリックになってたなって思って。考えてみれば僕は君の命の恩人なんだ。少なくとも殺されはしないよ。もう二度と奇形街に来るなって言われるのがオチじゃないかな」
肩をくつくつとゆらしながら一つ目は笑う。何だかおかしくなって、ミケネコはにゃあっと困ったように声を上げていた。あぁ、すまないすまないと一つ目は弾んだ声をミケネコにかけてくる。
「でも、会えなくなったりしないよね……」
ふと不安が言葉になる。ミケネコの言葉に、一つ目は大きく眼を見開いていた。
「そもそも、僕らは会うことがない存在同士だっとは思わない? 少なくとも奇形街と僕のいる地下鉄はずっと交流することすらやめていたんだ。それに――」
言葉を切って、一つ目は顔を俯かせていた。いつもと様子が違う一つ目の姿に、ミケネコは困惑する。
そういえば、どうして一つ目は一人で地下鉄にいるのだろうか。一つ目の仲間はどこにったんだろう。みんな寿命で亡くなってしまったのか、それとも――
「お母さんのお腹の中から生まれてくることは、おかしいことじゃないよね……」
ぽつりと一つ目が言葉をはっする。
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