第41話 白に帰ろう

(私は……)


 意識が少しづつ戻る。


(竜と戦っていて……)


 意識が戻った。


(そうだ、私は竜と戦っているんだ──)


 私は左腕を動かして立ち上がろうと思った。

 けど、左腕が熱い。


「あっ……」


 私の左腕は、擦りむけていた。

 けど、動けないほどの痛みじゃない。


 私はどうにか、左腕を右腕で支えながら立ち上がった。


「竜は──」


 竜は、目の前で唸って、その場で暴れている。


「みんな……は……」


 私は周りを見渡した。


 ──驚愕した。


 ほどんどの兵が重傷を負っていた。

 みんなは──どうにか生きている。

 傷は負っているけど。

 しかし、私は気づく。


 ──あれ。


 居ないんだ。一人。


 ──そうだ。

 大事な一人が居ないんだ。



「────アルナ君っ!」


 アルナ君が見当たらない。

 私は必死に辺りを見回した。

 ──けどいない。


 そして、業助君が畏怖の表情で竜の方を見つめている。


「アッ アルナ君は……どこ? 居ないんだ……」


 ──アルナ君を見つけないと。

 私は業助君に聞く。


 ──しかし、一向に呆然としたまま動かない。


 まさか──


 私の脳裏に嫌な感覚がよぎる。


(いや、そんなの……ありえない)

 私はそれを否定する。


「業助君……」


 私はもう一度呼んだ。

 業助君の首がやっと少しづつ動く。

 そして悔やみきれない表情を浮かべる。


「あいつは──」

 業助君が唇を噛み締めながら口を動かして言う。


(「あいつは──」って……そんな……)


 ──嫌だ、そんなの嫌だ。

 私は必死に頭の中で否定する。


(そんな…… まだ…… 返しきれてない……)


 ──そして、業助君がもう一度口を動かし出す。


「あいつは──竜に──」


(嫌だ──聞きたくない!)

 私は耳を塞ごうとするが──



「竜に──飲まれた──」


 その言葉は、私の心を鋭く突き刺した。

 ──胸に、何かを突き刺されたような痛みが走る。


「いっ……嫌だ……」


(そんなの……)


「そんな……嫌だ……」


 ──信じられない──あのアルナ君が──


 ──あの強いアルナ君が──


「そんな…… 私…… 何も……」


 私は──大声で泣き叫んだ。

 ──今までにないくらい。


 それこそ、家族が死んだ時以上に。


(そうか──私──)


 ──私は一つ気づいた。

 ──けど、それはもう遅いこと。


 もう──


(私──  アルナ君の事──)


 ──遅いんだ。


 そして、その確認を頭の中で完結させようとした──


 ──けどその瞬間。


 竜の中心から一瞬凄まじい輝きが放たれる。


 ──その白い輝きは、私の心臓を透過した。


(今のは──)


 暗闇に包まれようとしていた私の心の中に、一筋の輝きが光る。


 竜の腹を中心に、再び白き輝きが放たれる。


(まさか──)


 竜が、それに反応して闇を広げる。


 ──だが、また白い輝きが広がり、その闇を打ち消していく。


「アルナ君だ……。絶対アルナ君だよ……!」


 私は涙を拭い、信じる。

 アルナ君は──生きていると。


 そして、竜の漆黒の闇が……少しずつ薄れていき……


 ビカァアと、周りの黒煙を切り裂くように凄まじい輝きが広がった。


 ──周りのみんなは、一瞬目を瞑ってしまったけど、私は瞑らなかった。


 ──その輝きを──見ていたかったから。



 その衝撃で、空の雲はすっ飛ぶように晴れ、

 晴天が姿を現す。


 そして竜は落ち着いたように動きを止める。

 竜の体が腹を中心に、アルナ君の色に染まっていく。

 鱗の一個一個が、少しずつ染まっていく。



 ──そして、尻尾から頭の先っぽまで染まった。


 それから、竜の腹が動き出す。


「あれは──!」


 そのへんな動きは、竜の腹から首を通って頭まで来る。

 竜が口を開く。


 ──そして喉の中から。


「くはぁっ!!」

「アルナ君っ!!」


 アルナ君が飛び出した。

 私は急いで駆けつけ──ようとしたけど。

 様子が違う。


 アルナ君はそのまま竜の頭によじ登り、こう叫ぶ。


「全、兵士達! 聞け!」


 アルナ君は、月光剣サテライトを大空に向け、振り上げた。

 その声で、周りの兵達が立ち上がり、アルナ君の方を向く。


 振り上げた月光剣サテライトを優しく、竜の頭頂に突き立てる。

 そしてこう言い放つ。

「今、この時をもって! この竜は、僕のものとなった!!」


 ──少しの驚きの間が通り過ぎて──


「「うぉぉおおおおおおおおおおお!!」」

 兵たちがみんな大声で歓声を上げ出した。


 私は急いで、竜の体を登り、アルナ君のもとに──


 ──そして。


「アルナ君っ──!」


 私は抱きついた。


「るっ、流輝さんっ!」


 アルナ君が照れながら驚いているのが分かる。


「生きてて……良かった……。本当に……」


 抱きしめた感触で実感する。


 ──強くてたくましい。やっぱり男の子だな──


 アルナ君は、そっとやさしく私を抱き返してくれた。

 私も、もう少し強く抱いた。


 すると。


 ぽつっ

 ──頬に何か冷たい感触が。


 私は、それを指でなぞる。

 そして、ぽつぽつと白いそれは落ちてくる。


「雪──」


 空を見上げると。

 快晴の青空の中を、白く輝く雪の粒が。降り注いでいた。





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