家の前までタクシーで乗り付けると、久しぶりに会った母親が何事かと言う体で玄関先まで出てきた。

 このあたりでは車を持っていなければ生活出来ない。

 タクシーなんかを使う人間は、稀なのだ。


「ただいま」


 久しぶり、とも言わず、靴を脱いであがりこむ。


「どうしたの、あなた、今日は仕事じゃ」


 母親はそんなことを言いながら、ついてきた。

 私はまっすぐ座敷に向かい、縁側へ出た。

 母親は私の抱いた包みに気づき、それどうしたの、と聞いた。


「飼っていた猫が死んだの」


 そういえば、猫を飼っていたこと、言ったっけ…。

 言ってなかったような気がする。


「十八年、一緒に暮らしていたわ。一昨日の明け方にね、あまり苦しまなかったと思う、眠るように逝ったの」


 言葉を選ぶ。

 幼い頃からどうしてか、この人と接するとき、私は慎重に言葉を選び、態度を選んでいた。

 そうした後で、自分が選んだものが正しかったかどうかを、上目遣いに確かめるような子供だった。

 母親は寝耳に水、のような顔をしていた。


「猫を飼ってるなんて一言も…」


 そして、黙る。

 私が傷ついていることを、察したようだった。

 そういうことを察せるようになっただけ、離れた意味もあるわ、と、私はどこか冷めて思った。


「火葬はしたんだけど、…どうしても、庭の椿の下に埋めたくて」


 私は、そう呟いた。


 私が生まれ育った家の広い庭の隅っこに、その椿は、私が生まれる前から植えられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る