柔らかな腹に手を当てると、トコトコトコと軽快にリズムを刻んでいた鼓動が、いつもよりもゆっくり感じられた。

 獣医は、そう苦しむことはないだろうから安楽死の必要はない、家で看取ってあげなさい、と言った。

 当たり前だ。

 この子は私の大切な家族だ。この家でずっと一緒に暮らしてきた、大切な。

 その子が、この家以外のどこで、眠りにつくというのだ。


「少し、なにか食べる?」


 大好きなおやつを差し出すと、ぺろり、と一舐めした。

 私の膝の上からは離れようとしない。

 私は彼女が苦しくないようそっと抱き上げて、そう遠くないだろう彼女の旅立ちに最後まで寄り添えるよう、自分の準備を整えた。

 そして、粗相を嫌がる彼女のトイレも、すぐそばに持ってきて置いた。

 不思議なくらい、自分が冷静だった。

 そうして彼女に声をかけ、小さな身体をそっと撫で続けた。苦しげな呼吸が少しでも楽になるよう、祈りながら。


 そうして明け方、荒い息を繰り返したかと思うと、ぴんと身体が突っ張るように痙攣した。

 永遠のように思えた。

 苦しい息をしながらも、彼女は私の顔を見上げてきた。

 私は微笑んで、彼女の身体や額を撫で、抱き続けた。そうして、大丈夫よ、一緒にいるわ、と囁きかけた。

 何度めかの痙攣のあと、ふうっと大きく息を吐き。


 そうしてそのまま、彼女は目を閉じた。


 私の膝の上で、私の身体にぴたりと小さな頭を擦り付けて、静かに眠っているようだった。


 夜が完全に明けても、私は彼女を膝からおろすことが出来なかった。

 彼女がいなくなった。永遠に、いなくなった。

 そのことを受け入れ難かったからだ。

 背中を撫で続けていると、それでもだんだんと…柔らかくしなやかだった彼女の身体が固くなってくるのを感じた。

 嫌、と思った。

 思うと同時に、涙が出た。

 ひとつぶ流れ落ちたら、もう、とめどがなかった。

 小さな身体は背中から少しずつ固くなり、細く長いしっぽの先までそうなるのに、大して時間はかからなかった。

 それでも私は、寒くないようタオルにくるんだ彼女の身体を撫で続けた。

 そうしていたら、また目を開けて、にゃあ、と小さく声をかけてくれるんじゃないか、と、思った。

 撫でている部分だけほんのりと温かい。

 私の体温だ。

 彼女の体温はいつだって、私よりも少しだけ高かった。


 まるで、ぬいぐるみみたい…。


 小さな身体は芯を持って固く、冷たくなっていった。

 流れる涙をぬぐいもせず彼女を撫で続けていたが、このままではどうしようもないと、わかっていた。

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