星の砂コーヒーはいかがですか?

伊達ゆうま

コーヒーの香りは、人を幸せにする

男は鼻を動かして、白い湯気を吸い込んだ。

「いい香りだね。これはどこのコーヒーだい?」


メリーは常連客にふんわりと笑いかけた。

「それは、先月行ったタイタンの砂で作ったコーヒーです」

男はコーヒーを口に含み、口内で香りを楽しんだ。


「香ばしい味だね。前に淹れてくれたものとは一味違う」

「はい。前にお出ししたチタニアの砂とは成分が異なりますから」

「不思議なものだな。

昔は人が住むことが出来なかった星が、コーヒーの材料となるなんて」

「そうですね。

科学技術の進歩のおかげですね」


男はコーヒーを飲み干すと、銅貨を1枚だけテーブルに置いた。

「ごちそうさま。

相変わらず美味しいコーヒーだった。

次は、いつこの星にくるんだい?」

男の言葉にメリーはカレンダーを見た。

「そうですね。約束は出来ませんが、3年後には来たいと思います」

「そうか。それまでは美味しいコーヒーも我慢だな」

男の残念そうな声に、メリーはクスクスと笑った。

「はい。いつか、また」

出て行く男に、メリーは手を振って見送った。


メリーは男が帰ると、店じまいを始めた。

食器を棚に片付け終えると、メリーは椅子に座って一息いれた。

エプロンのポケットからリモコンを出し、スクリーン上に天体地図を映し出した。


メリーが火星の第1衛星フォボスに着いてから、もう2ヶ月ほど経っていた。

「そろそろ、次の星に行った方がいいかな?

ねえ、アインシュタイン」


メリーはテーブルの横の鳥かごで、静かに昼寝していたペットに声をかける。

アインシュタインは、昼寝中に声をかけられたので、眠そうな声をあげた。

メリーは愛想の悪いペットのために、晩ご飯の残りの肉片を冷蔵庫から取り出した。

メリーが手に肉片を持ったことを確認すると、アインシュタインはパサパサとメリーの肩に飛んできた。


「ここから近い居住惑星は、火星の第2衛星のダイモスね。

あそこなら宇宙政府の監視の目も少ないだろうし」

アインシュタインはご主人に賛成するように「カァー」と鳴いた。



メリーは店の外に出た。

外は無音の世界が広がっていた。

風も吹かない。

見渡す限りの砂と固い土のみ。


アインシュタインはメリーの肩を離れて、ひとっ飛びしたが、青い空でないことが不満なのか、すぐにメリーの元へ帰ってきた。


「青い空が恋しい?

けど、あの人が見つかるまでは我慢してね」

アインシュタインは不満そうに「かぁ」と一声あげる。

「ゴメンね。けど、私も我慢してるのよ。

一緒に耐えようよ。

雛(ひな)の時のあなたを世話したのは、あの人なんだから」

メリーはアインシュタインの頭をなでた。





翌日、メリーは店の外に出て、リモコンを操作した。

1920年代のアメリカの喫茶店をイメージして作られたメリーの店は、瞬く間に小さな宇宙船になった。

船体には「メリーコーヒー」とポップな字体でペイントがされていた。

メリーは店がきちんと宇宙船になったことを確認してから、中に入った。



宇宙船の内部はレトロな喫茶店から、アメリカの有名SF映画に出てきたミレニアム・○ァルコン号のような内装に変わっていた。

「アインシュタイン、カゴに入ってて。

飛ばすからね」

メリーは愛機のハンドルを握った。

アインシュタインは、それを見て慌ててカゴへと避難する。

華奢で幼い容姿とは裏腹に、スピードと危険を愛するご主人のハンドルさばきの荒さを、彼は身をもって知っていた。


『ミレニアム・メリー号』とメリーが名付けた宇宙船は激しい轟音と共に、火星第1衛星フォボスの大地から浮かび上がった。


小さな宇宙船は白い光に包まれると同時に、光の速さで漆黒の昼空へと飛び立って行った。





「へぇ〜、美味しいコーヒーだな。

噂では聞いていたけど、こんな美味しいコーヒーは初めてだ」

初めて来たらしい男が、メリーの出したコーヒーを飲んで感嘆の声をあげた。

「ありがとうございます」

メリーはふんわりと微笑んだ。

「店主はどうして星の砂をコーヒーに入れようと思ったんだい?」

男の問いかけに、メリーはゆっくりと言葉を探しながら答えた。


「星の砂というものは、星によって含まれている成分が違います。

その星が生きてきた歴史が凝縮されたものなのです。

星の砂コーヒーを飲めば、その星の歴史を味わってもらうことが出来るなって思ったんです」


メリーの説明に男は納得したようにうなずく。

「なるほどな。

コーヒーを飲むことで、星の歴史を飲むか。

だから、君は色んな星に行っているのか」

男が言うと、メリーは苦笑いをした。

「まぁ、そんな感じです」

「そうか。この星にはどれくらいいるつもりだい?

また飲みに来たいのだが」

「そうですね。大体1ヶ月から3ヶ月ほど、どの星でも滞在しています」

男はそれを聞いて満足そうな顔をした。

「分かったよ。また仕事終わりに飲みに来るよ」

「ありがとうございます」

「いくらだい?」

「この星の1番高い硬貨1枚分です」

「随分変わった価格設定をしてるんだね」

「私のモットーですから」

男はテーブルに金貨を1枚置いて、店を出ていった。

メリーは手を振って男を見送った。



男がいなくなったことを確認してから、メリーは男が座っていたテーブルの下を探った。

テーブルの下には、小型の盗聴器が仕掛けられていた。

それを見て、メリーはため息をつく。



メリーは宇宙政府に要注意人物として監視されていた。

理由は、メリーの探している人物にあった。

反宇宙政府の勢力が強いダイモスにまで、監視の目は広がり始めているようだ。



メリーは鳥かごを開いて、アインシュタインを呼んだ。

うたた寝をしていたアインシュタインは、眠そうに「かぁ」と一声鳴くと、のっそりとメリーの肩に乗った。


メリーは店の外に出る。

店の外は赤い大地がどこまでも続いていた。


「あの人はまだ元気かしらね。

私が狙われるなら、元気ってことでしょうけど。

一報くれてもいいよね、アインシュタイン」

アインシュタインは口を尖らせるご主人を無視して、うたた寝を再開していた。


「アインシュタインまで、ひどい」

ペットの頭をなでると、メリーはこれまで旅した星を指折り数えた。


「水星、金星、月、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星。

もう太陽系には、いないのかな。

ねえ、アインシュタイン。

太陽系から出ていこっか?」

アインシュタインは眠そうに「かぁ」とだけ返事をした。



メリーは空を見上げた。


空には金粉をまぶしたかのように、数多の星が輝いている。


「人は星の数だけいるのに、私が探す人はたった1人。

この星空を全部回る間に、わたし、おばあちゃんになっちゃうよ。

それでも、あの人は待ってくれてるかな?」


メリーのつぶやきは誰にも聞こえることなく、漆黒の空へと消えていった。

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星の砂コーヒーはいかがですか? 伊達ゆうま @arimajun

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