ぷっちんプリン
すいま
ぷっちんプリン
どうしてこうなってしまったのか。
そう自問する時間はこれから腐るほどもらえるだろう。地獄というのはその罪と向き合うためにあるのだと思う。
人を殺すというのは初めての経験で、やってしまえばあっけないものだった。
吹き出していた彼女の血も今や部屋の床にすべて流れ出てしまったようだ。
『ぷっちんされなかったぷっちんプリンの気持ち、考えたことある?』
多香子はよくそう言っては僕は馬鹿にしたように返した。そんな何気ない会話が今思えば幸せだった。それが終わったのが2年前。そして今日、僕は美香にぷっちんした。
抑えられなかった。幸せだった日々を突如として奪った女を誰が許せるだろうか。そして何より、その女に今まで拠り所を求めていた自分が許せなかった。
美香の最後の言葉は何だったろうか。
「ぷっちん、する?」
どこから持ってきたのか、美香がぷっちんプリンを2つ持ってきたのが今日の夕食後だった。
「なんか久しぶりだな」
多香子が死んでからというもの、彼女の大好物だったぷっちんプリンを口にすることはなかった。彼女の命を奪ったのも、このぷっちんプリンだったからだ。
多香子は2年前、僕が出張中に一人でこの世を去った。僕が出張中は毎日、朝昼夜と実家のご飯を食べに行くのが習慣だった。だが3日間も食べにこず、連絡もよこさない多香子を不審に思い、その亡骸を見つけたのが多香子の母だった。
3日間も食卓に一人で。そのテーブルには食べかけのぷっちんプリンがあった。
検死の結果、ぷっちんプリンに盛られた猛毒による毒殺とのことだった。つまりは殺人事件だ。毒物はプリンの底面の全面から検出された。開けられた容器では、いつ、どこから猛毒が盛られたのかを特定することも難しかった。
もちろん、僕は一番に関与を疑われた。しかし、猛毒の経路も特定されず、出張中のアリバイもあったことから、しばらくして息も詰まる取り調べから開放された。
次に疑われたのが美香だった。美香は僕と多香子の共通の友人で、よく家にも出入りしていた。しかし、美香が最後に家を訪ねたのは、多香子が死ぬ1週間も前だった。
毒はプリンの封を開けたときに見える上部、全面に塗られていた。注射器で注入してもそうはならないという。食べる直前に丁寧に塗らなくてはならず、それを1週間前に来た美香が行うことは不可能だと思われた。もちろん、美香も最後まで犯行を否定した。
多香子の死から憔悴しきった僕と美香は、互いに慰め合うように一緒になった。この2年、多香子のことを忘れようとした。誰が、なぜ、そんな問いを一人続ける日々も今日で最後にするはずだった。
「多香子の命日。最後に、ぷっちんしよう」
僕が美香にそう告げると、美香はそっと皿を差し出した。
僕はぷっちんプリンの封を開けると、皿へ逆さまに。
「ちょっと待って」
そう言うと、美香はラップひと巻き切り取ると、皿に敷いた。
「さぁ、どうぞ」
僕がぷっちんしたのはその時だった。すべての答えが見つかった。
僕はその喜びとぷっちんした快感で我を忘れた。台所から包丁を持ち出し、美香を追い回した。叫び声すら耳に入らない。
犯人はここにいた。この2年間、多香子を殺した犯人と一緒に暮らしていた。なんて馬鹿げているんだ。とんだ笑いものじゃないか。恨みや悲しみなんてとっくになかったんだ。僕が今、美香を殺そうとしているのは、ずっと考え続けた「犯人はなぜ、どうやって多香子を殺したのか」その答えが見つかった、喜びのためだった。
「多香子がぷっちんプリンを食べるとき、必ずぷっちんするんだ。」
僕は今、笑っているのだろうか。美香の目が見開かれ、部屋の隅に頭を抱えて叫んでいる。
「そして、その皿には必ずラップを掛ける。洗い物が増えるのが嫌だと言っていたな」
僕は一思いに包丁を振りかざす。包丁は刺すよりも切るほうが向いている。美香の腕を二往復切り刻むと、返り血が僕の顔に降り掛かった。
「多香子がぷっちんプリンを食べるとき、必ずぷっちんすること、それをラップの上にすることを知っているやつはそうはいない。さらに、出張中は自宅で食事を取らないことまで知っているのも、直近で家に行きラップへ猛毒を塗りたくることができたのも、その全てを満たすのはお前だけだな美香!」
いやいや、ラップの毒も見つけられないのか、警察無能だな。と嘲笑しながらも振りかざした包丁を止めることはできなかった。
美香は助けを求めるように床を這い、最後に手を伸ばすとその指先がぷっちんプリンのピンを折った。
空気がプリンと容器の間に流れ込み、プリンがその自重で落下する。
プリンが皿の上に落ちると、美香はもうそれ以上動くことはなかった。
『ぷっちんされなかったぷっちんプリンの気持ち、考えたことある?』
多香子の問いが頭をよぎる。
「ぷっちんされなかったプリンの気持ちはわからない。でも、こんな悲劇ならぷっちんされなければ良かったと、落ちながら後悔するだろう」
僕は包丁の切っ先を見つめると、僕の命をぷっちんした。
ぷっちんプリン すいま @SuimA7
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