ケンカは終わり約束は結ばれる
皐月と牡丹の喧嘩が終わった翌日。
牡丹はかなり落ち込んでいた。
理由はわかっている。皐月が勝利の末に牡丹に下した罰ゲームの「俺への罵倒」のせいだ。
普段から優しいし牡丹は罵倒を知らず、小学生の様な罵倒をし、それが自分の先輩への尊敬の精神に反してしまった為、大泣きしてしまった。
それが気に病んでいるのか部活に来てから元気が無い。ずっと俯いて指をこねくり回している。
それを見るとこちらの心が病んでしまう。元々悪いのはこちらなのに牡丹が悪いみたいな空気になってしまった。皆牡丹が悪くないことは理解しているのに。
特に居心地が悪そうなのは皐月だ。自分が原因で喧嘩が勃発した上に、罵倒の罰ゲームを下したのは皐月本人なのだから。
牡丹に何かを喋ろうとするが戸惑ってしまい結局喋れずじまい。
―――こんな空気久しぶりなような気がする。たしかあの時は………。
「んもー!何この空気!居心地悪いったらありゃしない!」
茜が静寂をたたっ斬り、怒りを表しながら立ち上がる。
「…………」
茜が急に言ったからか、それとも言ったことが正論過ぎて誰も言葉を発せないのか、どちらかわからないが、皆黙っていた。
「そもそも、今回の件は牡丹ちゃん悪くないじゃん!変な罰ゲームにした皐月や!悪乗りした部長と楓と私と………多分正木も悪いんだから!牡丹ちゃんが気にすることなんて無いんだよ!」
………あれ………?今俺理不尽で悪者にされなかった?気のせいか。
茜の激しい弁論を聞きいても、皆はまだ黙り込んだままでいた。
それを聞いても牡丹は申し訳なさそうな顔をしている。
「わかってはいるんです………けど、私が気にしてるの石蕗先輩に罵倒した事で………」
「そんなことどうだっていいんだよ!だって正木だもん」
やっぱり………さっきから俺の待遇悪すぎじゃない?悪者にされるわ、罵倒をどうでもいい扱いされるとか。
「でも………でも!」
牡丹の目にはまた涙が溜まっている。昨日の二の舞になってはいけない、主に俺の父性が。………くっそ………しょうがねえ。
俺は牡丹の目の前へと行く。
「ごめんなさい………先輩………グスッ………ごめんなさい………」
牡丹はまだ自我を保ってはいるが、いつ昨日のように暴発するかわからない状態だ。
「………もう泣くな、泣き止め………」
俺は牡丹の頭に手を置く。
「え?………え?………ど、どうしたんですか?石蕗先輩?」
突然の行動に牡丹は泣くことなど忘れて、戸惑ったような顔を見せている。
そうやって戸惑っている間に俺は牡丹の頭をクシャクシャに撫でてやる。
それに対して牡丹は『う………止めてください………』と涙目でこちらを見ながら言う。
―――――――あっ。
危ない危ない、また俺の父性がオーバーフローして茜からの当身を食らうところだった。
「石蕗先輩?どうしたんですか?」
少し焦り気味な牡丹に問われ、急に思考がまともに戻る。
「茜の言った通り、今回牡丹は全然悪くないんだから………気にすんな」
俺は牡丹に優し目な口調でそう言う。しかし牡丹はまだ申し訳なさそうな顔でこちらを見つめる。
「で、でも!」
「口答えも許さない。したらまた髪クシャクシャにするぞ?」
牡丹に反論をする時間を与えないように、すぐに言葉を繋ぐ。
そういうと、牡丹は少し迷ったような顔をして俺を見つめる。頭に乗っけた手はいつの間にか握られている。
おふ……そういう行動するから父性が溢れ出ちゃうんだよ……。
「私は………本当に悪くないんですかね……」
俺の手をキュッと握り、弱々しい声でそう聞く。
「お前がそう思うんならいいんじゃないの?俺も、皆も謝ってるし、後はお前の気分次第だな」
そう言われて牡丹は皆の顔を見る。見つめた先には牡丹が悪いと思っている者はいるわけもなく、牡丹は少し安心したような顔を見せる。
しかし、牡丹に見つめられた皐月はサッと顔を逸してしまう。
「…………皐月ちゃん」
「………………ごめん」
「え!?」
皐月の急な謝罪に牡丹は驚く。
「今回は………少しふざけすぎた………反省してるから、いつもの牡丹に戻ってよ………」
皆同じように驚いている。おそらく、初めて聞いた皐月の謝罪。それは言葉が時折詰まり、不格好ではあるものの、とても美しかった。
「………………ふふっ」
それを聞いて、牡丹の顔から笑みが溢れる。
「まったく………皐月ちゃんはしょうがない人ですね」
すっかり笑顔に戻った牡丹は、いつもどうり皐月に微笑みかける。
それを見て皆も自然と笑みが溢れ、皐月は喜びの表情を浮かべてはすぐさまそっぽを向く。
「う、えるさいわね!ほら!部活やるわよ」
皐月は照れ隠しでいつものように毒舌になる。しかしそれは照れ隠しの欠片もなく逆に萌えてしまう。
「ふふっ……わかりました。まぁ、特にすることもありませんが」
そうして二人はいつもどうり雑談を始める。
………まぁ、一件落着かな?あの空気はズルズル引きずってほしくなかった。
「ありがとな、茜」
そう言うと、茜は驚いた顔をして俺に言う。
「およ………正木がお礼言うなんて珍しいね」
「…………一言余計なんだよ」
こうして俺達の部活はいつも通りの日常に戻った。
俺と山吹先輩は本を読み、楓は料理のレシピ本を読み、茜と皐月と牡丹は雑談を楽しむ。………これでいいのか、文化研究部。
あまりの通常っぷりに不変を望む俺でさえツッコんでしまう。普通って怖い!
「あ、石蕗先輩、今週の日曜日空いてますか?」
急に牡丹に話しかけられる。本を読んでいたおかげで反応が遅れてしまった。
日曜日………日曜日………うん!一年通して暇だな!安心した!
「ん、まあ、空いてるけど………どうした?」
返答すると、牡丹は少し不安そうな顔で言った。
「一応、今回の件の迷惑かけたのと罵倒した謝罪のために何かできないかと………」
………そんなことで、不安そうな顔すんなよ………。
そう思いながら俺は照れくさそうに言う。
「………別にいいよ。気にすんなって言っただろ」
「でも、これは私なりのお礼でもあるんです。お願いできませんか?」
それでも牡丹は必死そうに、けどどこかまだ不安が残った顔でそう言う。
「ん………わかったよ、予定開けとくわ」
俺もあんまり強がんないほうがいいよな。強がるとどうも疲れる。
人の償いを無下にするほど腐った人間ではない。
………まぁ、たまには遊んだっていいだろう。疲れを癒やすとするか!そう考えていると、皆の視線が俺に集まる。
「…………何だよ」
おれがふてぶてしく答えると、皆はニヤニヤして、
「いや〜?何でもないよ〜?」
「ふふっ、楽しんできてくださいね、正木さん」
そうやって茜と楓は『察した』という顔でこちらを見る。
………うわーウザい!その気を使っている感じがもっとウザい!
「ふふっ………楽しみですね!石蕗先輩!」
しかし、そんな空気を気づいていない牡丹は最高に可愛い笑顔をこちらへ向ける。
「………ああ、そうだな」
あ〜もうどうでもいいや、牡丹の笑顔が見れたのでもう何でもいいです。
世界に牡丹が何人もいたら戦争なんて起こらないだろうな。そう確信した今日この頃だった。
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