鬼灯牡丹との街中旅行記

『触らぬ神に祟りなし』という言葉がある。


「へたな手出しをして災いを招くより、一切関わらないでおく方が身のためだ」という意味だ。


 俺はこのことわざが大好きだ!




 不変を心情にしている俺にとってこのことわざは最高の教えとなっている。


 変わることは災いを呼ぶ可能性がある。ならば、変化を一切しないことが身のためであろう。


 そんな心からできてしまったことわざは『変わらぬ自分は祟られぬ』である。






 話がそれた。


 今日は牡丹と遊ぶ約束をした日曜日である。


 そんな日曜日の午前、俺は駅前の広場に居た。


 ここで牡丹と待ち合わせをしているのだが、妙に落ち着きが無い感じがする。




 一人の時間を大切にしたい俺は人と遊ぶこと自体稀で、ましてや後輩の女子となると緊張してしまう。


 …………格好が変じゃないか今更心配になって来た。




 悩んでいるときに、後方から肩をチョンチョンと突かれた。それに反応して後ろを向くと、頬が押される。


「あはは!引っかかりましたね、先輩」


「おう………てん………牡丹か、びっくりしたなぁ」


 一瞬本気で天使と間違えた。


 そこにはニコニコ微笑んでいる牡丹が立っていた。


 牡丹を見た瞬間、先程の悩みが一瞬で吹き飛んだ。もう牡丹の可愛さは薬物に指定されても不思議じゃないレベル。




「おはようございます。結構早く来てたんですね、石蕗先輩」


「おう、おはよう。牡丹も結構早く来たな」


 俺は待ち合わせの時間より30分程早く来ていて、それに対して牡丹は20分程早く来ている。


 律儀な牡丹らしいと思う。なら俺は何なんだろう………。






「…………先輩、何か言うことはないですか?」


 牡丹は少し不機嫌そうに手を広げて俺にその小さな体の全体像を見せる。


「………何を言ってるかわからないなー(棒読み)………」


 本当は何を意味していたかを理解しているが、本当のことを言うと恥ずかしくて死んでしまいそうなので誤魔化してしまう。


「!?………もう、誤魔化さないでくださいよ………」


「……………カワイイゾ」


 恥ずかしいので小声で言ってやる。牡丹の思い通りにはさせないゾ!


「!!!…………アリガトウゴザイマス」


 バレてた。




「まぁ………そろそろ行こうぜ、ここにいても埒が明かん」


「は、はい!そうですね」


 話を変えて早速街へと出発する。照れくさくなって赤く染まった頬を隠すようにして歩き出す。


「あ、そういえばどこに行くんだ?行きたい場所があれば行くけど」


「え!いやいや、今回は石蕗先輩へのお礼のために来てるので………どこでも付いていきますよ?」




 俺へのお礼………か。しかしなぁ、今回は茜の活躍のお陰で中が戻ったからなぁ………俺がお礼を受けていいのか?


 そうだ!なら牡丹の計画を無理矢理変更して牡丹への謝罪を兼ねた遊びにしよう!


「牡丹が楽しむ事が俺へのお礼ってことにして………牡丹の行きたいところに行こう」


「ふぇ!?で、でも!」


「ほら、行くぞ牡丹。どこに行くんだ?」


「…………もう………石蕗先輩はしょうがない人です。でも、ありがとうございます!じゃあ、早速行きましょう!」




 そう言って牡丹は俺の手を掴んで引っ張っていく。プニプニした手で5年分くらいのストレスが吹き飛びました。ありがとう。牡丹。でもな、目的地は言ってくれ。




「それで牡丹、どこに行くんだ?」


「うーん………そうですねぇ………あっ!………」


 牡丹は急に黙りながらどこかを見つめる。


 そこには恋愛映画の広告があった。


 …………ほー?なるほど………そういうことか。


「………俺映画が見たくなってきたわ………特に恋愛映画。おすすめあったら教えてくれないか?」


 自分でも、やばいやつだと思う、女子と二人のときには『恋愛映画みたい!』とか頭おかしいだろ。




「え!………そ、そうですねぇ、今なら………あの広告の映画とか………」


「おう!じゃあそれ見るか!」


「は、はい!わかりました!」


 そう言うと牡丹はパッと笑顔が咲く。可愛い。世界遺産に登録してもらおう。


 全く………素直じゃないな、牡丹は。




「そうと決まったら、早く行きましょう?先輩!」


 そう言って牡丹は俺の手をまた握って走り出す。俺もそれに合わせて小走りになるが、気分は最高だった。


 世界は今日も平和です。大天使牡丹のおかげだね!






 牡丹と俺は、早速席を決めて券を買うと、近くの席で一休みすることにした。


 上映までの間、牡丹は今回見る映画の情報を楽しそうに話している。


「この映画、実は小説が元なんですけど、色々リメイクされてるところがあるらしいので見たかったんですよ!」


 牡丹は終始笑顔で俺の心を浄化していた。


 そんなやり取りを続けていると、従業員が入場の手続きを行い始めたので、俺達も劇場内へと入っていくことにした。




 劇場内に入ると、適正な温度に調整された冷房が機械音を響かせていた。


 席に座って始まるまで待っているときに、どこからか視線を感じた。辺りを見渡すが、特に知っている人もおらず、気にしないことにした。


「石蕗先輩、そろそろ始まりますよ。座ってください」


「おう、すまんな」


 牡丹に促され、俺は席に付き映画を楽しむことにした。




 牡丹が指定した映画は、よくあるような恋愛映画で、だけど時折挟まれる小ネタなどに笑みが溢れる。


 ラストシーンの近くでは、早くも隣からすすり泣きの音が聞こえてくる。


 横をちらりと見ると、口元を隠した牡丹が、涙目で映画に見入っていた。


 大泣きされても困るので、とりあえずポケットティッシュの用意をして映画を見ることにした。


 牡丹が可愛すぎてあまり映画の情報が入ってこなかった。




 ラストシーンも終わり、劇場に光が灯る。


 俺も最後の方は映画に見入ってしまい、感動しながら映画を見終えることとなった。


 案の定、牡丹は大泣きしていたので、ポケットティッシュを渡して、劇場を出ることにした。


「グスッ………いい映画でしたね………石蕗先輩」


「あぁ、そうだな。まぁとりあえず、涙ふけ。みっともないぞ」


 ティッシュを取り、涙を拭きながら牡丹は言う。




「あ、そろそろお昼ご飯の時間ですね………何か食べたいものありますか?」


 そう言われて時間を確認すると、時間はちょうど12時を回っていた。


「そうだなぁ………俺は基本的に何でもいいけど、牡丹は何か食いたいものあるか?」


「んー………そうですね………。あっ!あそこにファミレスがあるのでそこにしますか?」


「おう、わかった。そうするか」


 そして、俺達はとりあえず昼飯を食べて休憩を取ることにした。




「さて、飯も食べたけど次どこに行く?」


 昼食を食べ終わり、元気を取り戻したところで牡丹に聞く。


「そうですねぇ………ひとまず、見たい服があるので見てもいいですか?」


 そう言って牡丹はこちらを見つめる。牡丹の上目遣いは最高だぜ!


 ………おっとおっと、危ない………危うく気を失うところだった。


「ああ、牡丹がそれでいいなら行こう。牡丹が何着るのか見てみたいし」


「じゃあ、先輩の服もコーディネートしてあげますよ!さぁ!行きましょう!」


 そう言って牡丹は俺の手を握り、デパートへと入っていく。


「あんまり焦って転ぶなよ、落ち着け落ち着け」


 そう言っても聞きもしない牡丹は凄くはしゃいで本当の少女ってところだ。やっぱりまだ心は乙女なんだな。






 服屋に来たはいいものの、俺の精神は混沌へと迷い込んでいた。


 見る限りに並ぶワンピースやブラウス。他にもたくさんの服が並んでいて俺の視界は色の魔境へと変貌していた。


「じ、じぁ、先輩。試着してくるので待っててもらってもいいですか?」


 手に何着か衣服を持ち、試着室の前で俺に告げる。


「おう、ゆっくり着替えていいからな。あまり早くしようとして焦んなよ」


 一応忠告をして、試着室の前で待つ。




 待つこと数分………急に試着室のカーテンがサッと開く。


 そこには春らしい色のニットを着て、立っている牡丹が………


「ゴファ!」


 俺はその可愛さに思わず吐血しそうになる。少しの間悶絶していると、牡丹が不安そうに声をかける。


「あの………何か変でしょうか?」


 不安そうにそんなことを聞いて、牡丹は自分の格好を見直す。


「別に、変なとこなんてないよ。むしろ可愛い」


「かわっ!…………あ、ありがとうございます」


 牡丹は照れながらそういった。


 どうやら俺の悶絶はまだまだ続くそうだ。後これを何回続ければいいのやら………。




 俺の気持ちに反して、牡丹のファッションショーがスタートした。とりあえず輸血用の血を用意してほしい。


 牡丹のファッションショーは5着分で行われた。とても可愛い服や大人っぽい服。ゴスロリなども着ていた。




「じぁ、これにします!」


 少し長めの考察タイムを終えて、牡丹はようやく買う服を決める。


 牡丹は最初に着ていた服を会計に持っていくようだ。


「全部可愛かったのに、何で最初に選んだ服なんだ?」


 単純に疑問に思った。他に選んだ服もゴスロリ以外は普段着ていてかわいいやつなのに………。


「それは………正木さんが可愛いって言ったからか………」


「ん?なんて言ったんだ今、もっかい頼む」


 ちょうど店内放送がかかったり、牡丹がボソボソ喋っていたので聞こえなかった。


「な!なんでもないです!気にしないでください!」




 顔を真っ赤にしながらブンブンと手を振り、牡丹は話をはぐらかす。まあ、気にしなくていいというのならば気にしない。


「あっ、もう時間が………正木さんの服選びが………」


 そう牡丹が言い、時計を確認すると5時位を回っていた。


「ん?何か行きたいところでもあるのか?別に行ってもいいけど………」


 しかし牡丹はモジモジしながら俯いていて話そうとしない、何かボソボソ言ってるし、ひとまず何か言うまで待つことにした。


「この後に行きたい場所があったんですけど………時間が迫ってて、でも服選びが………」


 話はしたものの、牡丹はまだ悩んでいた。




 ………ふぅ、しょうがないな、牡丹はアドリブが聞かないからこうやってテンパることはよくある。なら今は援護してやるのが最善だろう。


「じゃあ、そこに行くか、服選びは今度してくれ」


「そんな………いいんですか?」


 俺が言っても牡丹は少し気まずそうな顔を向ける。しかし、先程時間がと言っていたので、もう急がないといけないだろう。


 ………しかしなあ、今更だけと牡丹気づいてないのかなぁ。


「ほら、時間が無いんだろ。行くぞ。どこなんだ?」


「あ!ありがとう………ごさいます!正木さん!」


 そう言って牡丹はにっこり笑顔になる。やっぱり牡丹の笑顔は最高だぜ!


 ………どうやら牡丹は気づいていないらしい。






 牡丹と一緒に来たのはある公園で、そこでは『春の動物祭り』が行われていた。


 ああ………思い出した。毎年この時期にこんな祭りがやってたなぁ。




「ここで今回の件のお詫びとして癒やされてもらえればと………最近疲れてるって言ってたから」


 ああ、そういうことか、最近は体育祭の準備やらで忙しかったから結構疲れていた。


 それで気を使ってくれてるのか。




「そっか、ありがとな。じゃ、楽しむか!」


 そう言って俺は牡丹の手を引く。そして広場の中心へと小走りしだす。


「わわ!!ちょっと待ってください!正木さん!」






 俺と牡丹はワンワンコーナーというところへ行き、犬たちをモフっていた。


「わあ!あなたはふわふわなワンちゃんなんですね!こっちの子は耳が長いんですか?可愛いですね!」


 ………お前がな!くそ!可愛いかよ!


 俺は理性を抑えるので目いっぱいだった。こんな可愛い生物を目の前にして抑えられている自分を褒めたい!




 ふう………一先ず深呼吸………そうだ!ワンちゃんを撫でよう!お前モフモフしてて可愛いな!」


「あの………正木さん………どうしたんですか………ちよっと、恥ずかしいです………」




 俺は現実をよく見ると、牡丹の頭をモフモフしていた。


 …………………あぃえぇぇぇぇ!!!なんで?なんで?


 周りを見ると主婦たちが俺達をまじまじと見ていた。


 うわ………恥ずかしい………死にたい!




 牡丹は凄く顔を赤くしてこちらを見つめている。どうしよう、空気が重い………。






 それからは牡丹も俺もお互いをまともに見ることができず、ゆったりと時間が進んでいった。






 時間は7時ごろ、軽い夕食を済ませて、俺達はずっと気まずい雰囲気でいた。


「……………あの、先輩。私……嫌じゃありませんでしたから」


「…………は?」


 牡丹は急に話したと思うと、予想外のことを言った。




「むしろ………その………気持ちよかったです」


「!!!!!」




 〈突然の脳内会議〉


 石蕗の怒りの感情「抱きしめろよ!このヘタレ!」


 悲しみの感情「優しくだよ!?優しくだよ!?」


 楽しみの感情「ギュっと抱きしめるんだよ!」


 主人格「………いや、駄目だろ」


 〈脳内会議終了〉




 俺はやっとの判断で抱きしめる選択を消し去った。


 だから、俺は牡丹を撫でた。なんで?


「ふぁ………正木先輩ぃ………やめ、止めて…ください………」


 とても気持ち良さそうな顔をする。うーん!そそる!




 はっきり言って理性を抑えているのがやっとだった。だから話をそらすことにした。


「牡丹………お前気づいてないのか?」


「ふぇ?何がですか?」


 牡丹はすっとんきょうな声を上げて、こちらを見る。


「服選びの時くらいからずっと正木って呼んでる」


「………………………あ!」




 どうやら本気で気がついていなかったらしい。俺が気づいたときには少しびっくりした。


「ご!ごめんなひゃい………石蕗………先輩」


 あまりの驚きからか、少しかんでいたが、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。




「別に、正木で良いよ」


「で、でも!」


 それでも牡丹は名前呼びを拒むので、強硬手段に出る。


 また頭を撫でてやる。


「ふぁぁぁ………先輩………やめ、やめてくだひゃい………ふにゃ……」




 よし、ミッションコンプリート!牡丹を黙らせることに成功した。


「俺が良いって言ってんだから、いいんだよ」


「で、でも………ふにゃ………だ、駄目です!………ふにゃ……」


 名前呼びを拒みながらも俺の撫でている事は拒まなかった。


「名前で呼ばなかったら撫でるのやめちゃうぞ〜?」


「そ、そんにゃ………ずるいでしゅ………」




 うまく呂律が回っていない。しかし、撫でるの拒めばいいのに…………。


「………わかりました………名前で呼びます………」


 どうやら牡丹は観念したそうだ。よかったよかった。


「だけと………撫でるのはご褒美としてしてくれませんか?何回もやるとやめられなくなりそうで………」


 何それ怖い。俺が撫でるのってそんなに凄いの?




「じゃあ………ま、正木……さん」


 おう!か、可愛い!可愛いぞこれはぁ!


「おう………あ、ありがとな………」


 求めた本人が照れてどうすんだよ!このヘタレ!ばか!




 名前で呼んでくれた初回ご褒美として撫でてやる。


「ま、正木さん!や、やめ………ふにゃ………だめになる………」


 まぁ、今回の牡丹と楽しんでお出かけするという目的は達成された。………くそ、可愛いだろ。




『触らぬ神に祟りなし』というが、こんかいは『触った髪は癒やしあり』だった。


 俺の心に『ご褒美上げれば子犬喜ぶ』という単語を追加しておこう。


 本当に………癒やされた一日だった……………。


 結論、牡丹可愛い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る