不変と恋の戦争物語

@hagiwarasinzi

春恋編

二人の喧嘩は部内に響く

変化とは素晴らしい事だ。変わることは立派な事だ。


それは進化への架け橋となり、進化した人間は精神的にも身体的にも成長する。


昔、誰かが言っていた言葉だ。




馬鹿馬鹿しい。俺は俺はそう思う。


変わることが進化に繋がるなんて妄想だ。実際には進化にも繋がるが、退化にも繋がる。だろう。




変化していい結果が残るのならば人生は成功の連続でなければおかしい。


しかし、人生は失敗と不幸で満ち溢れている。




幸せがあるという事は不幸がどこかにある。成功する者がいるならば失敗する者がいる。世界はそう作られている。




勇敢に挑戦した者は成功を手にする権利が与えられる。失敗を恐れ挑戦しない者は権利すら与えられない。


こんな世界は間違っている。




今の方が幸せな者だっているだろう。しかし、大衆は変化を望み、変わることを義務付けさせる………。


こんな世界に幸せなどあるのだろうか。




変わる者は成功と失敗の2つのコースが存在することを受け止め、それでもなお実行する。


失敗する可能性があるのならば、実行しない方が幸せではないだろうか。




こんなにも不変を訴えるのは、自分が不変を望んでいるからだろう。


変われ変われと言いながら、大衆は失敗したも批判する。残酷で、冷徹なのがこの世界だ。

《ルビを入力…》

なら、俺は変わらない。それが最善の手だと俺は確信している。




まぁ………何だ………そろそろ現実逃避もやめて現実を見よう。


ある日の放課後。俺、石蕗正木つわぶきまさきは悶えていた。




俺の所属する文化のことを研究しないで有名な文化研究部は、殺伐とした雰囲気が流れていた。


睨み合う二人の後輩、それを心配そうに見つめる同級生が二人。気にしないふりをしているが全く隠せていない先輩が一人。




キャスティングは完璧!『これから後輩二人が殺し合います』と言っても不思議じゃないレベル!アホか。




そんな殺伐とした雰囲気はとても居心地が悪く、息を吸うだけでも心が侵されそうな気分がする。


ここだけ重力が倍になってんじゃないの?ってくらい空気が重い。




睨み合い、これから喧嘩を始めようとしているのは後輩の七竃皐月ななかまどさつきと、鬼灯牡丹ほおずきぼたん。とっても仲良しな二人だ。




そんな二人が喧嘩をしている理由は、皐月が先輩である俺に失礼な態度をとったということを牡丹が説教しており、皐月もそれに口答えをしているからである。




「皐月ちゃん、さっきの態度は酷すぎます!いつもは見逃していましたけれど流石に我慢の限界です。石蕗先輩に謝ってください!」




牡丹は怒りと共に興奮もしており、いつものような優しい穏やかな性格からは考えられない獰猛さが滲み出ている。




「はぁ!?何でこいつなんかに謝らないといけないのよ?そんなの、私の人生の汚点だわ!絶っっったいに謝らないんだから!」




対して皐月も、いつもどおりに感じられる暴言や、いつもより倍程の怒りを露わにして牡丹に反抗する。




二人の喧嘩はそれからもどんどんヒートアップしていき、もう手がつけられないんじゃないかという程まで成長していた。なんて最悪な成長なんだ。




俺が気まずそうに周りを見ると、他の部員たちも二人を見てどうしようかと悩んだ表情を見せていた。




部長の山吹梓やまぶきあずさは、本を読んで気にしないふりをしていたが、時折二人をチラチラと見て、状況を確認しては『ハァ………』と落胆している。


同級生の赤松茜あかまつあかねはいつも話している二人が喧嘩をしているためか、普段より静かでずっと俯いている。


もう一人の同級生、蕁麻楓いらくさかえでは皆へ配る紅茶を淹れているが、手がプルプルと震えており今にも落としてしまいそうな危なげな感じがしている。


同じ男子の篠懸翌檜すずかけあすなろはそもそも部活に来ていない幽霊部員である。




「いつもいつも………先輩方に失礼な態度を取って!許可がされている茜さんや楓さんはともかく………許可されていない山吹さんや石蕗先輩にも失礼な態度を取って!謝るまで帰しませんよ!」




そう言って牡丹は扉のある方に回り込む。謝らせようとして起こした小さな抵抗はかえって皐月の反抗をかうことを牡丹は気がついていない。




「あのねぇ、別に私が誰にどんな態度をしたって私の勝手でしょ!?それに帰さないってなら飽きるまで待ってあげるわよ。宿泊許可証持って覚悟してなさい!」




思った通り。牡丹がしている説教は皐月からしたら所詮母親のうるさい小言と同じだ。それが心に届くわけもなく、響くわけでもない。




しかしなぁ………二人の喧嘩がこのまま終わらない可能性もある。そうなれば友好関係やらなんたらがおかしくなってしまうかもしれないので、不変を望む俺は喧嘩を止めることを努力することにしよう。




「おいお前ら、そのへんでやめとけ………」


「うるさいわね!少し黙ってなさい!このクズ人間!」


「待っていてください石蕗先輩!今皐月ちゃんに謝らせてみせます!」




速攻で弾圧されてしまった。クズと言われて傷ついた心を牡丹が慰めてくれる………こんな感じが何度も続いて何と言えばいいのかを見失ってしまう。




―――――たしか………こんな光景を前に見たような気がする。


―――――誰かが喧嘩をして、俺が止めようとする。そんな光景を見たことが………あるような気がする。


―――――その時俺は…………。




「さっきからさっきから………あなたいい子ちゃんぶって偉い気になってんじやないわよ!ムカつくのよ、その態度」


「それは私のセリフです!その態度、とってもイライラします!今すぐ!今すぐに石蕗先輩に謝ってください!」




二人の言葉には怒りとイライラが混じり、暴言のようになっていた。これ以上は駄目だ。本当に人間関係が壊れる。




そう思って立ち上がった途端に、山吹先輩が大きなため息を付き、やれやれという風に二人を見てこう言う。


「はぁ………しょうがない二人だ………。そんなに言い争っても埒が明かない。自分が正しいと思うのなら勝負をしろ。勝負して勝って、自分の正しさを証明してみろ」




山吹先輩は、挑発的な態度で二人にそう提案する。まるで結果を見透かしたようなその目を見ると、少しばかり恐怖を覚える。




「いいじゃない!こうやって言い争ってても意味が無いから、いっそのこと勝負した方が楽かもね!」


「望むところです!言ってもわからないなら行動で示してあげますよ!」




二人は山吹先輩の挑発に乗り、闘志を剥き出しでお互いに牽制し合う。しかしなぁ………背丈のせいで小動物の争いにしか見えない。




「いいじゃないか。そんなにやる気があるのは結構だが、今回もう決めてある勝負は部員みんなに迷惑をかけたお詫びも含んでいるからな」




そう言って山吹先輩は勝負ルール説明に入ろうとする。しかし、それでは腑に落ちない点が何点かある。まずはそれを聞こう。




「あの、山吹先輩。なんで勝負なんですか?もっと他の方法があるんじゃないですか?」


俺は二人に聞こえないように山吹先輩に耳打ちしながら話す。




「勝負で決めた方が手っ取り早いからだ」


山吹先輩は冷静に、何を聞かれるかわかっていたかのように話している。


「勝負って何するんですか?」


「見てればわかるさ、君に得しかない事だよ」


、という部分に疑問符を浮かべる。二人の勝負なのに傍観者の俺が得をするのはおかしいのではないか、と思う。




他にも聞きたいことはあったが、これ以上時間を取ると二人が文句を言いそうなのでやめることにした。




―――この二人の勝負なら、平等な勝負にするために牡丹が得意な知識系や皐月が得意な運動系は勝負として出さないはずだ。ならば、この二人に共通している、可愛い容姿を使って勝負をするはずだ。




「勝負内容は、どんな手を使ってもいいから私達審査員に可愛いと言われたほうが勝ちだ。服を変えたり、寸劇をしたり、何をしてもいい、可愛いと言われれば勝ちだ!衣装とかは演劇部のを借りろ!」




山吹先輩の乱雑だが正確な勝負説明が終わる。それを聞いて牡丹は納得した顔を、皐月は不満げな顔をしている。




「なんで………石蕗に可愛いって言わせなきゃいけないのよ!?嫌よ!私はその勝負受けないわ!」


そう言い、皐月は消極的な態度を取る。


「あれれ?皐月ちゃんはもしかして石蕗先輩に可愛いって言わせる自信がないんですか?」


この勝負に消極的な態度を取った為、勝負に積極的な姿勢を見せる牡丹に手玉を取られてしまう。




「な!………いいじゃない………受けて立つわ………ギャフンと言わせてやるわ!」


「望むところです!この勝負に勝って皐月ちゃんに謝ってもらいます!」




二人は先程より強い闘志を燃やし、それぞれ勝負の準備を始める。


………しかしなぁ、よくもまぁこんなに上手く山吹先輩に乗せられるとは思っていなかった。


まさに山吹先輩の掌で踊っている状態。それは希望をチラつかせて絶望へと叩き込む先輩の十八番だ。




「………これも先輩の予想通りですか?こんなに呆気なく乗せられて」


まさに匠の所業。惚れ惚れするようなその誘導術は俺も欲しいほどだ。


「ここまでうまく行くとは思っていなかったよ」




………山吹先輩の予想以上にチョロい後輩たちの将来が心配になってきた。








かくして後輩たちの準備は終わり、第一回『第一回先輩達に可愛いと多く言われた方の勝ち選手権』が始まった。




「審査員は私と石蕗、楓と茜だ。それぞれ平等な審査をし、3対1、又は4対0で勝った方の言うことを負けた方が聞く。2対2で引き分けだった場合は事は無かったことにする。反論や意見があるものは挙手してくれ」


山吹先輩の完璧な勝負説明に対して誰も反論や意見は持っておらず、この部室にいる6人の呼吸音しか響かない。




「意見等は無いようだから、早速勝負開始としよう。順番は牡丹・皐月の順だ。では早速、牡丹は出てきてくれ。」


「…………はい」


牡丹は少し躊躇ったが、時間を取るわけにもいかないので観念して出てきた。




犬耳・首輪・制服・尻尾・黒のニーハイ………ほぉ………なるほど……ふぇ!?


「ちょ、ちょ、何かおかしくない?可愛いから路線が外れてないか?」


「うぅ………私もおかしいと思ったんですけど………演劇部がこれで良いって………」




演劇部………グッジョブ!………なんてことは思ってないよ?ホントだよ?


しかし………この格好はまずい、犬耳だけならまだしも、首輪はまずい。お金払わないと見れないような格好だぞ?




「だけど………オススメされたからってなんでこれを?」


疑問しか浮かばなかった。可愛いし、涙目の姿は庇護欲が掻き立てられるが、何故にこの格好じゃないといけないのかが気になった。




「それは………石蕗先輩に可愛いって言って欲しいから………うぅ」


おっふ………可愛すぎて俺の魂が浄化通り越して成仏しそうだぜ………危ない危ない。




「そこでラブコメをやる時間はない。さっさと皐月の披露を始めよう。出てきてくれ、皐月」


「……………はぁい」




皐月も牡丹と同じように少し躊躇って、少し時間をおいてからトコトコ歩いてきた。


猫耳・ビキニ・健康的な肌………うーん………ん?


「布面積おかしいだろ!」




思わず叫ぶ。皐月の奇想天外な格好に腰を抜かしそうになる。


猫耳はわかるよ?うん。けどさぁ………ビキニってまずくね?法律に引っかかりそう。




「………何か言いなさいよ、エロ石蕗」


モジモジしながらも人をエロ呼ばわりできるなんて………こいつの精神はどうなっているのやら。




その健康的な肌を手で隠しながら、牡丹以上に紅く染まった顔でこちらを見つめる。


皆ノーコメント。流石にこれに何かを言えまい。




「ちよっと、何か反応してよ!馬鹿みたいじゃない!」


確かに今の時期に皐月の格好は馬鹿みたいだ。けど可愛さがそれを消してしまい、今着ている違和感が全く無い。




「………それでは、投票の時間といこうか」


それを言われて皐月は怒りを顔に表したけど、渋々黙り込む。




各審査員、悩んだ結果をそれぞれクリップボードに書いていく。


そして、投票の時間が来た。


山吹先輩→皐月


俺→牡丹


茜→皐月


楓→皐月




「……………へぇ?」


牡丹がすっとんきょうな声を上げる。


「………まじかよ」


それに合わせて俺も驚きの声を上げる。




「え!やった!勝った勝った!イエーイ!」


そう喜びながら皐月はピョンピョン跳ねる。それに合わせて慎ましやかながら成長している胸もピョンピョン跳ねて、思考を掻き乱される。




「そんな………私が負けるなんて………」


牡丹は床に膝を付き、落胆した表情を浮かべている。


「ふはははは!勝負に負けたからには牡丹、言うことを聞いて貰うわよ!」


そういい、皐月はびしっ!と牡丹に指を指す。




等の牡丹は俺の後ろに隠れ、命令に怯えている。


………その格好でそんな行動されると俺のひごがバーストしてしまうから止めてほしい。


「お………お手柔らかにお願いします」


そう言いながらも、牡丹は恐怖に怯えた顔を絶やさない。




「じぁあね………石蕗を罵倒しなさい!これが命令よ!」


それを聞き、牡丹は驚きと恐怖が入り混じった顔をする。


「そんなぁ………そんなこと、できませんよぉ………」


牡丹はそれを拒否しようとするが、それを皐月は許さない。


「さあ、早く!早く!」




皐月の催促に耐えかねたのか、牡丹は俺の方を向き、恐る恐る口を開く。


「つ、石蕗先輩の………バカー!アホー!ま、まぬけー!!」


……………


……………………


……………………………


「可愛いかよ!!」




牡丹のすっとんきょうな罵倒を聞き静寂になっていた空気を俺の叫びがたたっ斬る。


不思議と周りの目は俺への侮蔑の視線へと変わっていた。


いけないいけない………危うく理性がすっ飛ぶとこだった。




思い出したかのよう牡丹の心配をしそばへ駆け寄ると、牡丹は俯きながら俺に抱きついてくる。


「あの………牡丹さん?くっつかれると少し恥ずかしいんですけど………」




そう言って牡丹の顔を覗き込む。すると俺の制服が少し濡れていることに気づいた。


そして牡丹が顔を上げると、目に涙を一杯に溜めてえぐ………と嗚咽している。




「づわぶぎぜんばい………ごべんばざい………ごめんばざいぃぃぃ!!」




思わず皆驚愕する。いつものような落着いた面影など一切無く、クシャクシャに可愛らしい顔を歪めている。




「ヒグ………えぐ………ごべんなざい…………びえぇぇぇぇん!!」




そして遂に泣き出した。羞恥心など無しに、ただ我武者羅に。


そんな牡丹は子供じみた可愛さのようなものが滲み出ており、母性ならぬ父性が俺の心を支配しようとしていた。




父性がガンガンにバーストしていてファンタスティックでアメイジングになり、庇護欲がオーバーフローしていたところ、茜にそれがバレてしまい当身を食らう。




キュウ………石蕗はもう駄目だ………急に眠たくなってきた………。


耳元には牡丹の泣き声と不気味な機械音しか届かない。機械音はどうやら頭の中から鳴り響いているようだ。




――――そして、俺の意識はどんどん深淵へと沈んでいった………。




その後は、目を覚ますまでの30分間ずっと泣きじゃくっている牡丹に抱かれながら制服を汚されて、起きたときには泣き疲れた牡丹がこちらによしかかって眠っていた。




俺の制服を離さなかったので、責任を持って?家まで運ぶことになったが、牡丹の母親に不思議な目で見られてて、弁明がだるかった。




―――もう牡丹に精神的ショックを与えないようにしようと皆はそれぞれ誓った。特に皐月。


ごめんな牡丹………安らかに眠ってくれ………。

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