6-3

「ウガァアアアア!!」


 世界のために怪人を屠ると雄々しく叫んでいるのか、師匠を足蹴にしたことに怒りが爆発し叫ばずにはいられなかったのか、二号は怒声を猛々しく放つと、金砕棒を横へ縦へ斜めへと一心不乱に振り回した。しかしその攻撃は一つとして怪人にかすることはない。

 破壊力がある反面素早さに欠け、俊敏に動き回る怪人に一振りも当たらなかった。

 怪人は巨大な鬼の懐に入ると、脇腹目がけ飛ぶ。そして鋭い顎で側腹部へと噛みつくと、その勢いのまま肉を噛み千切った。


「ウガウゥ!」


 幸い傷は浅い——内臓や骨が見えていないというだけで、肉は少し抉れている——二号は痛みに鈍感になっているのか、少し唸っただけで、再び喪失していない戦意を怪人へと向けた。


 怪人は地に足を付け、二号の皮膚と少しの肉を咀嚼している。その様子はあまりに隙だらけだったが、しかしだからこそ近づけなかった。戦闘の途中で無我夢中で肉に貪るその光景は、恐怖を煽るに十分だった。


 だが、一人だけその恐怖を克服している者がいる。その彼は思い切り三メートル程上空に跳躍すると、縦に回転しながら降り注ぎ、そして全力で怪人の頭へと金属の杖を振り下ろす。

 地面は五十センチ程ひびが割れ、杖の先端が当たった場所に至っては、埋没し大きな窪みになっていた。


「ちぃ、あたらんかったか。すばしっこいやつじゃのぉ」


 杖を持っていた手を痛そうに振りながら、義虎丸ぎこまるがくどくどとぼやいた。

 怪人はまさに闇蟲の如く、俊敏な動きで義虎丸らから距離をとる。


「弐ぃや、大丈夫か?」

「ウガウ!」


 自分の年齢より三倍近く年の離れた人に体調を慮られ、二号は威勢良く返事をする。まだまだ行ける、心配するなと。


「参や、そちは?」

「と、特には」

「壱ぃもか?」

「ええ! 合図をいただければ直ぐにでも!」


 参は震える手で、いつの間にやら創り出していた薙刀を一号の前で構える。その薙刀は刃先から柄の末端部分に至るまで一つの金属で出来ているようだ。

 一号は相も変わらず、先程から地面に手を付けた体勢を崩していない。それ程時間も経っておらず、師に命令されたからとはいえ、前線で戦っている二人がやられている光景を見ても、その戦意に満ちた鋭い表情を崩さないのは、彼ら三人に絶対の信頼を持っているからだろう。


「お主たち! 次で決めるぞ。壱ぃや、次ワシがお主の名を呼んだときはそれが合図と思え。範囲は……ワシの周りで良い、深さもそこまでいらん。そしてもう一度呼んだときは、能力の行使を止めるように。良いか?」


 義虎丸は一号へ問う。

「分かりました!」と端的に返事が来た。


「弐ぃや。もう一度同じ行動をせよ。つまり彼奴がこちらに来たら、奴を飛び上がらせるのじゃ。良いか?」


 義虎丸は二号へ問う。

「ウガウガ!」とやる気に満ちた返事が来た。


「参や、釘をもう一本創っておいてくれ。。そのあとは壱ぃに巻き込まれないよう、壱ぃの背後にいるのじゃ。良いか?」


 義虎丸は三号へ問う。

「は、はい。お、お任せを!」と勇敢な返事が来た。


 四人は怪人を見つめる。怪人はすでに喉を通過した肉を名残惜しそうに、口をゆっくりと開閉させる。それは、もう一度食べたい、と訴えかけているようにも見えた。


 義虎丸は杖を構える。二号も義虎丸の側で武器を構えるが、今しがた義虎丸にした返事の勢いとは裏腹に、その行動に邪念が宿っているように見える。


「奴は賢くない。愚直に向かってくるだけじゃ。しかし学習能力は高い。一度反撃されれば、二度とその手は食わないじゃろう。つまり、手の内はあまり見せずに速攻で落とすしかあるまい」


 二号に言い聞かせるよう、義虎丸は静かに語る。おそらく先程と同じ手で通じるのか不安に思っていた二号の心中を悟ったのだろう。


「先程と同じ行動をとれば、奴も同じ行動をとるはずじゃ。なぜならそれで一度ワシを蹴り飛ばしてくれているわけじゃからのぅ。彼奴はその行動をとれば攻撃を喰らわすことが可能と学習したはずじゃ。そこを逆手にとる。知恵はないが学習能力が高い、その弱点を突くというわけじゃ。大丈夫じゃ、安心せい。一瞬で終わる」


 突如、怪人が駆け出す。まるで最期の言葉を待っていたかのような、義虎丸がその言葉を言い終わった直後の行動だった。

 怪人と義虎丸との距離が急速に縮まる。もしもっと緩急を付け複雑な動きをしてこられた場合、一方的に嬲られるのはこちらの方だっただろう、義虎丸は怪人の速度を改めて見て、そう評価した。


 金砕棒が振り下ろされる。これまでにない渾身の振り下ろしは、舗装された道路を大きく砕く。

 闇蟲ごきぶり怪人は彼らの予想通り、上空に躱し走ってきた勢いのまま、義虎丸へと向かっていく。


「何度やっても同じじゃと言った!」


 争いごとに身を投じていない一般人であれば、義虎丸が放った突きは全く見えなかっただろう。気がついたら腕が伸びその攻撃は終了している。それ程までの早さ、まるで閃光の如き刺突だった。

 だが、それでも怪人を捕らえることは出来ない。再び義虎丸の後ろから羽音が聞こえる。その次に訪れるのが、怪人の後ろ蹴りだ。


 ここまで前回の攻防と全く同じ。しかし怪人の攻撃が当たればの話である。

 義虎丸は突きを放った瞬間——否、ほぼ同時に飛び跳ね、そして叫ぶ。


「壱ぃ!」


 その合図に一号は異能力を解放させる。


 義虎丸は杖を前方へ伸ばしたまま後方宙返りする。杖は弧を描き、そして足蹴りを空かした怪人の頭へ直撃した。

 怪人の反応はただ殴られただけではないように見えた。三号ですら持てる金属の棒をぶつけられただけでは、闇蟲怪人程の外殻を持つ者にはさほどの威力にはならない。精々、頭を小突かれた程度の衝撃しかないだろう。

 ところが、怪人は大きく首、上体を前方から下方へと叩き下ろされ、宙から地へと引きずり下ろされる。その有様は、予想以上の重たい物でぶたれたことを意味していた。


 怪人の身体は地面へと衝突する——かのように思えた。しかし、怪人は地にひれ伏すことはなかった。


 ずぶり、と落下する勢いそのままに怪人の身体が地面へと埋まる。強い衝撃で道路を破壊し埋まっているように見えるのではない。紛うことなき埋没——否、水没のようであった。


 怪人の姿が見えなくなると、道路は円形に波打つ。揺らめく地面は、濁りきり底の見えない湖面と錯覚させた。


「壱ぃ! もう良い!」


 義虎丸が叫ぶと、一号は地面から手を離す。すると、瑞々しさを感じさせる道路は、ぴたりとその動きを止め、平坦なそれに戻った。

 その瞬間に義虎丸が怪人の埋まった場所へと着地する。


「ふぅー、危ない、ワシも埋まってしまうところじゃったわい」


 そう言うと義虎丸は金属の杖を手放す。その杖は三十センチ程地面に埋まっており、綺麗に直立していた。


「やりましたね!」と、喜びのあまり、拳に力を入れ小さくガッツポーズをした一号。薙刀を依然構え、一号より前に出る三号。金砕棒を肩に抱え「ガッハッハ」と愉快に笑い、義虎丸の後ろにつく二号。

 三人の内二人は己の勝利を確信し、完全に気を抜いていた。


「馬鹿者! よぉくこの杖を見んか!」


 義虎丸が二人を叱責する。注意されることは多々あれど、青筋を立て激高されることなど滅多になかったため、二人はその表情を硬くした。そして言われた通り、地面に突き刺さる金属の杖をまじまじと見つめた。


 それは微かに震えている。今宵は無風だ。大気によって震えているわけではない。では地震か? 考えとしては考慮するに値するだろう。しかし、そう考えるものは誰一人としていなかった。


 一号は再び地面に手を付ける。二号は金砕棒を上段の構えで握り、警戒にあたった。三号は最初から気づいていたのだろう、先程から臨戦態勢を継続したままだ。


「壱ぃや、もう良い。次の二手で終いじゃ」


 義虎丸は片手を差し出し、一号を制する。そして彼の脇に置いてある例の釘をひょいと持つと、同じ位置に戻った。


「弐ぃや、次怪人が見えたら間髪入れずその金棒でぶっ叩くのじゃ。たとえ手であろうが触覚であろうが、一部が見えたら直ぐに振り下ろすのじゃぞ。そう出ないと間に合わん」


 二号は要領の得ない義虎丸の言いぐさに、納得はしていないが拒否もしなかった。あくまで言われたことをこなすだけ。今までそれで片付いてきたのだ。今回もこの行動が最善であるに違いない。


 四人は気を張りながらその時を待った。


 地面が少し盛り上がり重たい音が鳴り出したのは、義虎丸の指示から五秒程経ってからだった。道路を破壊し、その下の土が漏れ出てくる。

 そして一際大きい音が鳴ったと想った次の瞬間、突き刺さっていた杖が、土とともに舞い上げられた。

 道路を見ると、子ども一人が通れるくらいの小さな穴が空いている。そこは光が通らずただ深い闇が広がっていた。


 その闇が形をなしたかのように、一本の小さき腕が現れ、そしてもう一本の腕、長い一本の触覚とその全貌を現そうとしている。


 二号は後先考えずに、思いっきり振り上げ全身全霊、渾身の力でその金砕棒を振り下ろした。

 怪人は丁度、上半身が穴から抜け出した頃合いだった。

 硬い金属同士がぶつかり合う音が聞こえた。

 二号は金砕棒を持ち上げ、下にいるはずの闇蟲怪人を確認する。


 奴はぴくりと身体を震わせて、地面に寝そべっていた。下半身はまだ穴の中で、地獄の穴へ引っ張られないよう上半身だけで地面に縋り付いているようにも見える。


「やはりまだ生きとるか」


 義虎丸は静かに淡々と言う。

 そして、手に持っている二トンもの重さがある釘を怪人の背中に宛がった。


「弐ぃや、もう一度叩くのじゃ」


 二号は元より断るつもりなどなかったが、彼の目がそれをさせまいと目にして告げている。首を横に振れば、命はないだろうと、そう思えてしまう程の眼力だった。


 二号はもう一度高く振りかぶり、そして振り下ろす。

 自重と叩かれた衝撃によって、釘がまさしくその存在を全うするかのように、地面を穿った。


 腹のほとんどが抉れ、数ミリでつながっている上半身と下半身という凄惨な姿となった闇蟲怪人は、そこでようやく痙攣を止め、完全に沈黙した。


「ふぅ。ようやっと終わったようじゃの。久しぶりに攻撃を喰らって少し滾ってしまったかのぉ」


 師匠がようやくいつもの笑顔で愉快に喋ったことで、三人の緊張もここでようやく解けた。


「すみません、まだ戦闘中だというのに油断してしまって」


 一号が頭を下げて謝る。「フガフガ」と言う二号は、徐々に身体が萎んでいった。そしてなんだか安心出来るにやけ面を一号に向けると、「全く何してんですかー」と他人事のように言った。


「お前もだろ!」

「ちょっと! 頑張った人に暴力っすかー! あっ! ちょっと、脇腹は痛いっすよ! いや、止めてエッチ!」

「これこれ。全く勝利の余韻も味わえんのぉ……」


 いつも通りの一号と二号に苦笑いしながら、地面に突き刺さった釘へ腰を下ろす義虎丸。

 三号は未だ変身したまま警戒を解かずにいた。


「それにしても、地面に埋まってもまだ生きてるなんて驚きでしたねー。一号さんがガッツポーズしちゃうのも納得ですよー」

「うっさい! でも、確かに一切空気もなく密閉空間なのによくあの怪人生きていましたね……」


 二号の言葉に、彼の頬を抓りながら一号が首肯する。一号の今までの戦闘経験上、あり得ない出来事だったのだろう。


「息をしておらんかったからじゃ」

「何ですって?」


 義虎丸の回答に、一号が二号の頬を離して彼を退かしてから、師匠の元へと近づく。二号は「うげー」と言って地面に転がった。


「彼奴、息をしとらんかったのじゃろうよ」

「ど、どうしてそんなこと……」

「彼奴の喉を突いたのは他でもないワシじゃ。あの手応えは確実に喉をつぶしておった。じゃが平然としておったじゃろ? 硬く丈夫で、ワシの感が鈍っておった、ということなのじゃと思っておったが、あの様子を見るとやはり息はしておらんじゃろうな」

「……もしかしたら、怪人ですから身体のつくりとかが違かったり?」

「怪人であればその線はないじゃろう。何せ怪なのじゃからな。基本的な身体のつくりはおんなじじゃろう。特に『変身』の系統であれば尚更じゃろう? あれが『変態』であるとは思えんし——まぁ、『画竜点睛』の例もあるから、一概にそうだとは断定出来んがのぉ。だとしても、人型であれば身体のつくりは変わらんはずじゃ」

「では、何故なのでしょうか? 何故師匠に突かれても平気だったのか——何故息をしていないのか」

「一つの可能性としてじゃが——怪人ではないのかもしれんぞ」

「「怪人じゃない?!」」


 一号と二号が声を合わせて喫驚する。それもそうだろう、何せ今まで戦っていたあの闇蟲怪人が、怪人でないと師匠から示唆されたのだから。


 ではあの戦いは何だったのか。この街の有様は何なのか。

 自分たちのやってきた苦労を水に流すようなことを言う師匠に、怒りにも似た思いで一号は問いただす。


「怪人じゃないってどういうことですか!?」

「正確に言えば、怪人が創り出した怪人なのではないか、ということじゃ。人として生まれ怪人になったのではなく、元より怪人として生まれた、だからこそ、酸素という物質を取り込まなくとも生きていける身体になったのではないか。そうなのではと推測しとる。言うなれば怪人ならぬ怪物じゃ」


 義虎丸の言葉に絶望する一号。彼の言葉は自分たちの行動の否定ではなかった。むしろ肯定であることは間違いがない。だが、その先に更に強大な化け物がいるという可能性を提示している。


 あの攻防戦を見ていた傍観者はきっと、二号一人の軽い負傷だけだから、ちょっと強い怪人が出てきても大丈夫でしょ? と言う人が出るだろう。


 その答えは否である。


 負傷するということは行動の制限ともとれる。傷を庇った行動や痛みに耐えられず不自然な動きになることもある。すると思うように攻撃出来ず回避も出来ず、より不利になるのが戦闘だ。

 また相手の士気を高めこちらの士気が下がってしまうというマイナス面も存在する。


 ゲームのように瀕死になれば力が増すなどというとんでも設定は、人間にもヒーローにも、そして怪人にも備わってはいないのだ。


 つまり、もしあの闇蟲怪人より強い敵が現れたとすると、義虎丸は後ろ蹴りで背骨が折れ戦闘不能になるかもしれない。二号はより深く多くの箇所をえぐり取られ、貪り食われて死ぬかもしれない。そうなれば、援護に特化しており戦闘に関しては力不足は否めない一号や三号などあっという間だ。

 つまり、少しでも負傷を与えてきた怪人より強い存在がいるというのは、それだけ絶望的な状況と言うことである。


 そもそも、負傷を避けるためのチームなのだ。団体の力を個の力——小の力で押し破った怪人以上の力に、項垂れない方がどうかしているだろう。


「で、でも! HSCOはそんな怪人確認出来てないわけで……」


 現実逃避のようなことを口走る一号。


「それはHSCOが確認出来なかったってだけじゃないですかー?」


 どうかしている二号は、非常に軽い口調で一号を絶望の淵へと追いやる。


「まぁ、あくまで仮定じゃがな。それはそうと弐ぃの言で思い出したわい。通信で現状の報告をせねばならぬのぉ」


 冠には怪人とで会った場合すぐさま報告しろと言われていたが、すっかり忘れていた四人は、その怪人を討伐してから初めて無線機にてHSCOと通信をとる。


「あーワシじゃ。聞こえるかのぉ?」

「はい、義虎丸さん。どうされました?」


 剽軽な物言いの義虎丸の声に、女性オペレーターもそれに呼応して明るい声色で返す。


「怪人の件なんじゃが、ワシら倒したぞ」


「えー!? わ、分かりました! 指揮官へご報告いたしますので、少々お待ちを!」


 予想だにしなかった重大な報告を聞き、女性オペレーターは素っ頓狂な叫びを上げる。そして、すぐさま自身が何をするべきなのかを理解し、義虎丸の返答を待つことなく、通信を遮断した。


「よろしく頼むぞぉ」


 それに気づいているらしい義虎丸は、しかし、相手に聞こえずとも努めて優しい音調で、女性オペレーターを送った。


 静かになった耳元に、微かなざわめきが入り込んでくる。義虎丸はその音の正体——周囲を見渡した。

 怪人を避けていた闇蟲だが、もしかしたら怪人が死んだとたん再びこちらに向かって襲ってくるのではと考えていたのだが、どうやら闇蟲怪人の側に近寄るなという簡単な命令が下っているようで、死体であろうと闇蟲たちは近寄ってくることはないらしい。

 一先ずこの場にとどまっても安全だろう、義虎丸はそう判断し、HSCOから通信が入るのを待った。


かむろだ。怪人を討伐したと聞いたが?」


 それから一分と経たず、突如耳元から聞こえてきた声は、先程の女性オペレータではなく彼女が言っていた指揮官だった。

 指揮官が直接何のようだろうか、と義虎丸は訝しむ。先程の仮説より生まれた不安感をより増長していくのを感じながら、ゆっくりと口を開く。


「その通りじゃ。ワシら四人でちっこい怪人を倒したぞ。これで終わりじゃろう?」

「……周りにアヴァンチュルズはいるか? 若しくはケラティオンは」


 なにやら思案している様子の冠に、義虎丸はいよいよ自身の仮説が、仮説でなくなってきている感覚を覚える。


「おらんし一度も見とらん。ワシらだけじゃ。冠や、率直に話せ。決して、あの小型怪人が沢山いようと驚きはせんよ」

「何? 義虎丸、何を知っている?」

「知らん、予想じゃ。で、どうなんじゃ。他の奴らからも怪人の討伐報告が上がってきていたりするのかのぉ?」

「……討伐報告は上がってきていない。が、発見した報告なら受け取った。GPSで位置を確認する限り存命であり、且つ戦闘中のように見受けられる」

「なるほどのぉ……やはりワシの悪い予感があたったか」

「どう考えている。貴様の考えを聞こう」


 冠が人へ訊ねた。それは義虎丸にとって、そして冠の後ろにいる助手の女性にとっても驚嘆に値する出来事だ。

 見方を変えれば、それ程追い詰められているということでもある。


「そうじゃのう。おそらくじゃが、本命の怪人がどこかにいるんじゃろう。おそらくこの闇蟲の渦の中心じゃ。そしてその怪人が、今回の小さき闇蟲怪人を生み出した。そう考えるが?」

「ふむ、そう考えられる根拠はあったのか?」

「根拠と言うものでもないがの。この闇蟲怪人は、怪人というには人間離れしすぎておったからの」

「人ではなく、生み出された怪物だと類推したわけか」


 肯定した義虎丸は、大きくため息をつき唸る冠の次の言葉を待った。


「……分かった。義虎丸、お前の線で行こう」

「ワシに花を持たせる言い方をするな。お主もそう考えておったのじゃろう?」

「……そんなことはどうでも良い。それぞれのチームから討伐の報告が上がり次第、中心へ向かうよう指示する。ローゼナイツも中心へ向かってくれ」

「分かったわい」


 短く返事をして、通信を切ろうとした時、通信機の奥、遠くの方から声が聞こえた。


「指揮官! アペクシーズから連絡ありました! 怪人討伐完了とのことです!」


 義虎丸はそれを聞いて一安心といった風にため息を吐くと、通信を今度こそ切る。


「では、主ら。次の作戦が決まった。詳しくは移動しながら話すが、とにかく、中央へ向かうぞ」


 そう言う義虎丸の瞳には、再び赤い炎が灯っているように見える。


「「「はい!」」」


 その炎は、三人の瞳にも燃え移ったようだった。

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