5-3
二人の準備は整っている。ウィンドミルによって張られた風のシールド、スターチスの大盾と長剣。そして二人の覚悟。
若干一名欠けてしまったが、元より彼らは二人組だった。敵地の中心だとしても臆する理由にはならない。
「相手はこちらを窺っているみたいだ。ウィンドミル、先制攻撃といこう」
「オッケー。あの距離じゃあ威力半減って感じ? まっ、やるだけやるっしょ!」
ウィンドミルはシールドに加え、更に異能力を行使する。
シールドの外側に乱気流が生まれる。それは地面から小さな砂の粒子や小石をかき集めると、空中のある一カ所をくの字を象りくるくると回り続ける。薄黒い粒子によって目視することが可能になったその風は、より強く速く勢いを増していった。
「そい!」
と、なんとも間の抜けた掛け声とともに、その風はすさまじい速度で
それはすでに刃物と化していた。人すら容易く吹き飛ばしてしまうであろう程の風速に、粒子の細かい砂や、ごつごつとした小石を混ぜ込むことによって、殺傷能力を持たせたのだ。
言うならば『ウィンドカッター』だろうか。
ウィンドカッターは闇蟲怪人に直撃した。怪人は衝撃に耐えられず、少しだけ後退する。当然浮遊しているため、勢いを殺すのは容易だ。
怪人の右胸には浅くだが一本の傷が出来ていた。血液があるのかは不明だが、その傷からは血は出ていなかった。硬い外殻を少し削っただけだったのだろう。
しかし、その情報は十分役に立つものだった。
「よし、効いているようだね。僕の剣でも戦えそうだ」
「じゃっ、あーしが援護ね。時々『ラブカッター〜小石を添えて〜』でも攻撃すっから、よろぴく」
手短に打ち合わせをすると、相手の反撃に身構える。
闇蟲怪人は攻撃された箇所を触った後、違和感を覚え真偽を確かめるために目視する。そして、二人へ向き直った。
カチカチと顎を強く打ち鳴らし威嚇をしている。ついに「ギシィャァアアアアア!」と声にならない叫びを上げると、急降下して二人に襲いかかった。
怪人に追従するように、曇天からは大量の闇蟲が降り注ぐ。
一直線に向かってくる闇蟲怪人は当然のように風のシールドを突破する。スターチスはそれを左手の盾で受けると、間髪入れずに右手の長剣を振り、攻撃へとつなげる。
当たった感触はしたが、怪人は素早く回避行動をとっていた。ウィンドミルのウィンドカッターと同程度な傷を作ることは出来たが、あれでは攻撃成功とは言い難い。
ウィンドミルはゲリラ豪雨を一滴足らず身体に浴びないよう、風の力で上手く捌いていた。また数カ所に闇蟲によって出来た竜巻がある。無論、その風から闇蟲が逃れることは叶わない。竜巻はゆっくりと動き、闇蟲を吸収して徐々に大きくなっていく。そして竜巻同士を——闇蟲同士をぶつけ合い駆除していた。
闇蟲怪人はまたも威嚇をすると、今度は稲妻形に近づいてくる。直線での接近は危険だと学習したのだろう。
実に学習能力が高い。つまりは大変危険な怪人であるということ。スターチスは、早く倒さなければこの怪人はより危険になる、と焦燥に駆られていた。
緩急をつけ、距離感を惑わしながら近づいてくる怪人の攻撃を何とか防ぐが、完全に対応出来ず身体がよろける。尚も繰り出す怪人の鋭い攻撃の二撃目を防ぐのは無理だった。
「とう!」
やはり間抜けな掛け声を発するウィンドミルからウィンドカッターが飛ぶ。
伸ばしかかった怪人の腕に直撃して大きく弾く。怪人の拳はスターチスの鎧を掠めて空を薙いだ。
「助かったよ、ありがとう!」
怪人から目を逸らさずにウィンドミルへお礼を言うと、今度はスターチスの方から近づいて攻撃に移った。
一撃目は当然剣——ではなく、シールドバッシュだった。刀身が細く腕の振りなどで軌道が読めてしまう剣よりも、面積が大きく、また軌道が読みづらい盾で相手の体勢を崩した方が得策だと考えたのだろう。
実際、怪人はよろめき、二撃目の長剣による攻撃を躱すことが出来なかった。
だが、剣を振るった右手が止まる。なぜなら、その長剣が怪人の腕によって防がれていたからだ。
「何!」
スターチスは軽やかな後ろ飛びを複数回繰り返し、怪人と距離をとる。
「どうした系?」
ウィンドミルが、スターチスの焦った様子に、何事かと訊ねる。
「剣が通らなかった。傷は付けられるけれど、あくまでそれだけ。両断にまで至らない」
「マジ? ヤバくない? どーする、ぎんぎん?」
「使うしかない、あの技を!」
「おっ! あれね……。近寄ってくるGはあらかた片付けたし。オッケー!」
そう言うと、ウィンドミルは目を閉じ集中し始める。彼女のキャットスーツに浮き出る翡翠色の線は、今までで最も強い輝きを放った。
だが、怪人はそれをただ黙ってみるわけもない。今度は上空へ飛翔し、そして真っ直ぐ真下——スターチス目がけ落下する。怪人が生み出す速度と重力とが合わさり、非常に重たい攻撃となる。
盾で防ぐことは危険だと判断したスターチスは、その盾を怪人目がけ投げる。すると、怪人の視界いっぱいに盾が迫り目隠しとなった。スターチスはその隙に横飛びで回避した。
けたたましい破壊音を立て、大盾とともに着地した闇蟲怪人は、むくりと起き上がると立て続けにスターチスへ迫る。
盾のない彼だ、攻撃を受けるにはその鎧か長剣しかない。
鎧も盾程ではないが強固な作りなため、怪人の攻撃を受けることは可能だろう。ただし完全に威力を殺せるわけではない。最悪どこかの骨が折れて戦いに支障が出る可能性もある。
であれば長剣で攻撃を受けるか。それもありだろうが、しかし真っ直ぐで硬い剣と、四方八方、縦横無尽に攻撃出来る徒手空拳では分が悪すぎる。更に相手の外殻はその長剣ですら断ち切れない硬さだ。
故に、スターチスのとった行動は——大盾で攻撃を受けることだった。
彼の左手にはいつの間にやら真新しい盾が装備されている。怪人が落下してきた箇所にある歪な盾は黒い靄が生じ、そして霧のように消え失せた。
鎧や盾、剣は彼の異能力によるもののため、彼が望めば自由に出し入れ可能だ。ただスターチスが持っていないと時間経過で消えてしまう特性があるため、複数出して戦うことは出来ない。
つまり、この姿そのものこそが、彼の異能力『騎士』なのである。
「ぎんぎん!! 準備オッケー! どうにかしてこっち来て! なる早で!」
ウィンドミルが叫ぶ。彼女の手には翡翠色に輝く光の玉がある。ふわりと浮遊するそれは、彼女の力を凝縮した純然たる異能力の塊だ。
「分かった!!」
叫び返すスターチスは、長剣を軽やかに操り乱撃を繰り出す。避けられたり防がれたりで致命的な攻撃にはならないが、ウィンドミルとの距離を離すことには成功した。
彼はウィンドミルのそばに駆け寄ると、怪人へ向き直り、右手の長剣を投擲した。
振るわれた速度と変わらぬ勢いで飛んでいく剣を、怪人は両腕を交差し、それを上へはじき飛ばすようにして防いだ。
それだけでも十分時間は稼げた。
ウィンドミルは、またもいつの間にやら出現しているスターチスの長剣へ、その翡翠色の玉を押し当てる。
「『ラブエンチャント!! 〜愛と勇気と憎しみと〜』」
ウィンドミルの掛け声とともに、その技は完成する。スターチスの持つ長剣の刀身が翡翠色に光り出す。するとその剣の周りに風が纏わり付いた。そよ風程度のものではない。強風程度のものでもない。暴風だなんてまだ甘い。
まるで台風だった。それも猛烈な台風。
小さくその剣の周りにのみ異常な程の旋風が巻き起こっている。
スターチスはその剣の切っ先を怪人へ向ける。
「さあ、終わりにしよう。僕たちは君に勝たなきゃいけない」
両者は走り出した。怪人は両手を鉤爪のように折り曲げて突貫してくる。スターチスは盾を捨て、両手で長剣を持ち刺突の構えをとった。
怪人は気がつかなかった。その剣の切れ味が現実離れしている程上がっていることに。そのため、切れない剣を防ぐ必要ないと判断してしまったのだろう。学習能力が高い故の過ちだった。
怪人の背中から翡翠の刃が突き出ていた。妙に黒々とした液体が付着している。
闇蟲怪人はスターチスの長剣によって貫かれていた。胸を一突きにされている。スターチスと比べて怪人の身の丈は小さいので、胸の位置もかなり低い。そのため、スターチスは片膝をついた体勢で、長剣を突き出していた。
これで怪人を討伐したかに思えたが、スターチスの肩に手がかかる。その手は小さく、そして邪悪に満ちていた。
怪人はゆっくりと前進している。死んでも敵を殺そうとするその執念に、スターチスは身震いした。
しかし、茫然自失としているわけにはいかない。彼はとどめを刺すべく、この技本来の力を発揮させる。
「安らかに眠れ! 『ラブ・ブラスト』!」
そう叫ぶと、スターチスは素早く剣を手放し怪人を蹴り飛ばす。そして大盾を出現させて身構えた。
剣はたちどころに消えた。すると、その剣を依り代としていた風は、宿るべき存在をなくし、果てには暴走する。
それは小さな爆発だった。溜まりに溜まり圧縮されにされた大気が元に戻らんと、勢いよく膨れあがったのだ。当然、貫かれていた怪人の内部から膨れあがったのだから、闇蟲怪人は内側から木っ端みじんに爆発四散した。
衝撃を喰らい、吹き飛ばされたスターチスは地面を二回転すると、さっと立ち上がる。
「ぎんぎん! いえーい!」
ウィンドミルはハイタッチを求める。無論、スターチスも陽気に応えた。
「ふぅー。あーし、マジ疲れちったんですけど。休憩したーい」
空気が抜けたようにその場にしゃがみ込むウィンドミルだが、スターチスが制する。
「休憩したいのは僕もだけれど、ここは憩いの場じゃなさそうだよ。何せ怪人を倒したんだ。獰猛な闇蟲がいたら襲われかねない。すぐ——ラブシールドを展開して、皆と合流しよう」
ウィンドミルは周囲を見回す。数多の闇蟲の死骸が転がっているが、確かに蠢く奴らが何匹かこちらに近づいているのが見えた。ただ闇雲に動いているだけなら良いのだが、もしテリトリーに入った敵を攻撃するという命令が残っていた場合、あのときのケラティオンのように襲われかねない。
その光景を思い出し身体をぶるりと震わせると、シールドを手早く展開させた。
「じゃあ、中央まで行ってみようか。皆そこに向かうと思うから。ケラティオン君もそこにいると良いんだけれど……。それと僕は怪人を討伐したことを無線で連絡するよ」
「ほーい。じゃっ出発しんこー」
二人はケラティオンが走って行った方向へと歩き出す。
スターチスは兜を外して手放した。地面へとぶつかる前に、黒い靄になって雲散霧消する。
「こちらサー・スターチス。たった今怪人を討伐しました。二人とも負傷はありません。ケラティオンは以前行方不明。これから中央へ向かいます。どうぞ」
「…………」
おかしい。一チームに一人オペレーターがついているはずだが、何故かつながらない。何か異常事態が? それとも無線が壊れてしまったのか。
「冠だ」
無線機の様子を確かめていると、イヤホンから指揮官の声が聞こえてきた。
「え? はい。サー・スターチスです。指揮官、何かありましたか? どうぞ」
スターチスは困惑するが、すぐさま予想外の出来事が起きているのだと判断し、努めて冷静になる。
「怪人討伐ご苦労だった。いったんこの回線を閉じ、全体回線にて次の作戦と現状を告げる。分かったか?」
「はい!」
スターチスは快く返事をすると、回線が強制的に閉じられた。
「ナニナニ、また何か事件? チョー面倒いんですけど。怪人はあーしたちがやったんだし、あーしたちはもう帰ってよくない?」
彼の口調から伝わる焦燥や不安を感じ取ったウィンドミルは、これからまた何かやらされるのだと思い、愚痴をこぼした。
「んじゃ、おつかれーっす」
「こらこら……。これから全体に通信が来るらしい。まずはそれを聞こう」
スッと敬礼をして帰宅しようとする彼女を何とか宥め、ゆっくりと前進する。
すると、話の通り、冠から今回の作戦に参加しているヒーロー全員への通信が入った。
「ヒーロー諸君。冠だ。単刀直入に言おう。我々が怪人だと思っていた存在は、黒幕ではない可能性が浮上した」
「「……は?」」
二人は声を揃えて疑問を口にする。
アヴァンチュルズは実に息の合ったチームだった。
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