5-1
「ちょっ、マジキモ過ぎ。ぶっちゃけ吐きそうなんですけど……」
HSCO日本支部からヘリコプターに乗り、自分たちの定位置へと着いたアヴァンチュルズの
「大丈夫かい、美波?」
その美波を静かに、そして優しく抱きとめる銀次郎。美波はその行為に甘え銀次郎の胸へ顔を埋める。
遥登はそんな浮かれた二人など眼中になかった。彼の眼はいつもより厳しく、ただ、黒々と犇めくモノたちの咎を糾弾するように、猛々しく睨みつけている。徐々に激しくなる呼吸は、彼の心象風景を表していた。怪人を抹殺し悪を断罪し正義を実行する。彼は復讐の獣と化していた。
先に進もうと前進した遥登だったが、少し遅れて二人がついて来ていないことに気付く。二人の元まで戻ると遥登は息巻いて言った。
「おい! イチャついてないでさっさとぶっ殺しに行くぞ! 他のヒーローに先を越されるかもしれん!」
「先越されるって……、別に誰がやっちゃおーが関係なくない? なくなくない?」
「その通りだよ、遥登君。君の気持ちも分かるけれど、怪人を倒したからって何か貰えるわけでもない——当然報酬のためにやっているわけではないけれど——急ぐことで周囲への気配りが疎かになり、怪人からの不意打ちを喰らってしまうかもしれないんだ。ここは慎重に行動した方が良いだろうね」
銀次郎は美波の意見に全面的に乗っかる。しかし、銀次郎自身もそう思っていたのだろう、盲目的に意見を肯定しているわけでもなかった。
むしろ盲目的なのは遥登の方だった。
「だが、俺が怪人をぶち殺さねえと気が済まねえんだよ! 自分の不甲斐なさで仲間に傷を負わせちまった! 一矢報いてやらなきゃなんねえだろうが!!」
「うわぁ、きっしょ……」
遥登は有らん限りの力で吠える。その言動とテンションに美波が奇怪な存在を見るかのような目で睨み、自分にしか聞こえない声で呟く。
彼からはすでに自制という箍が外れてしまっている。もしここに冠や深雪がいたのならば、徳ある言で彼を宥めることが出来たかもしれない。だが、片ややる気などなく、片や遥登に同情こそすれ、しかし彼女の意見に全肯定する以外に考えがない、そんな二人だ。宝石のように固くなった決意を解きほぐすことは出来もしなかった——美波に関してはしようともしていなかったが。
「分かった。僕たちもヒーローだ、仕事をしなきゃいけない。これ以上被害が広がる前に問題を終息させなければならないからね。美波、僕たちも行こう」
銀次郎は美波の頭を撫でると、爽やかなハニカミを見せて彼女へ出発を促した。
「まっ、しゃあないっしょ。ハルちんも色々大変みたいだしねー。あっ、でもぉ、汗かくのとかあーしマジ無理だから。ガンダ禁止ね」
気だるげな美波は了解の意を示すものの両手の人差し指で小さくバツ印を作る。
「は? ガンダ? 何だそれは!?」
「ガンダッシュの略称だよ。意味合い的には猛ダッシュと同じだね。要約すると、独断専行で先走らないでくれってことさ」
遥登が美波の発する若者言葉に首をかしげていると、銀次郎が懇切丁寧に解説する。それを聞き納得した遥登は「あぁ、なるべくそちらのペースに合わせる!」と首肯をして美波の意見に合意した。
そして三人は足並みをそろえて前進する。百メートル、五十メートル、二十メートルと闇蟲の群衆たちとの距離が徐々に狭まっていく。
「さて、ここからだね。どうするべきだと思う?」
銀次郎が二人に訊ねる。闇蟲たちとの距離はもう十メートル弱。心なしか奴らの動きが活発になったように思える。もしかすると近づいてきた人間に警戒しているのかもしれない。
「能力を使って突っ込めばいい! 俺たちに出来ることはそれだけだろう!?」
遥登は相変わらずの大音声で声高々に叫ぶ。しかしここまで近づくと、闇蟲たちの動く音が常時どよめいており、遥登の声でも大して痛いとは感じなくなっていた。
「それな」
今度は美波が遥登に同意する。
「よし、じゃあそれで行こう。遥登君、君が先頭、次に美波、最後が僕だ。この小さな敵を一網打尽に出来るのは美波くらいだ。美波を守るのが最優先、分ったかい?」
銀次郎は指揮を執る。テキパキと指示する様は頼りになるリーダーそのものだ。だが、彼の心中は常に美波のためにである。彼の言っていることはつまるところ、美波のために身を粉にして——犠牲にして守れと命令しているのだ。
そんな命令、ヒーローだとしてもまっぴらごめんだろう。しかし彼は豪快に笑う。
「がっはっはっは! 任せろ! 守るだけなら俺以外に適任者はいねえ!」
「ふぅー! ハルちん頼りになるーぅ!」
豪胆な物言いに美波が御輿を担ぐ。そうだろう、と遥登は快く大笑している。
「……ふっ、その通り、君は守っているだけでいいんだ。僕は美波を守りつつ、害為すものを僕の剣で滅してみせるよ」
銀次郎があからさまにやっかみを滲ませて、高慢にも鼻高々に豪語する。だが、「ぎんぎんマジカッコいい! マジイケ騎士」と黄色い声援を上げる美波と、「あぁ! 頼んだぞ!」と銀次郎の挑発を意にも介さない遥登の声により、銀次郎に冷静さが戻ってくる。己の猜疑心に恥を感じて、銀次郎は口を閉ざした。
「よっしゃ! いっちょやるか!」
遥登は区切りを付けるようにそう声高に宣言する。両足を肩幅程度に軽く開くと、専ら武道家が挨拶に用いる『押忍』のように両腕を腰へと構えた。そして——
「変身!!!!」
——まるで世界中に轟き渡ったかと思われる程、その声で人が何人か殺せそうな程大声疾呼する。爆発にも似たその破壊的な音波は、しかしあながち比喩とも言い難かった。
彼の身体が末端から全身にかけてブクブクと膨れ上がる。それこそ体内で爆発が起き血管が破裂しているのではないかと思われるくらいだ。だがその膨れ上がった肉はそれだけには止まらず急速に硬化する。まるで石——否、宝石のような角ばった皮膚へと変質していき、血色の良い薄橙な肌の色は透明度を増し服もろとも七色に彩られていく。それはあらゆる宝石を溶かし混ぜ込んだような神秘的な様相だった。全身が膨れ上がり玉虫色へと変色を遂げると、膨張したそれが今度は凝縮し始める。硬質的なそれはぎちぎちと体内へと戻ろうとする。混ざるように、溶け込むように、重なるように宝石さながらである煌びやかな身体が収縮を遂げ、そして元の遥登と同じ大きさへと戻りきった。
それは巨大な一個の宝石を、人を模して彫り刻んだような造形だった。宝石を身に纏っているのではなく、彼が宝石そのものだった。
「よし、さあ行くぞ」
遥登は彼らしからぬ冷静さを思わせる口ぶりで二人に告げた。今まで威勢のみで生きているような男とは到底思えない、物静かな様がそこにはあった——それもそのはずだ、彼はもはや
しかし、遥登と違うのは姿とその語調だけだ。
「僕らはまだ準備出来ていないんだ、もう少し待ってくれよ」
銀次郎が一足先に進もうとするケラティオンを止める。自己中心的で性急な考えは何も変わっていないように見えた。
「だったら、早くしろ」
情緒だけで会話をしていたような遥登と違い、ケラティオンの声色に感情というものは希薄にしか残っていない。そのため実に冷徹な物言いに感じ取れてしまう。
どちらが良いかと問われれば、美波なら真ん中と第三の選択を起案するだろうが、真面目な銀次郎は遥登の激情的なあの物言いの方が気が楽だと感じていた。
「分かったよ」
一言だけ無愛想に銀次郎は呟く。
彼の足元から黒い粒子が舞った。それは勢いよく円を描いて動き出すと、その黒い靄を次第に増やしつつ銀次郎の全身を覆っていく。勢い強く旋風を巻き起こすその靄は、銀次郎の全身を隈なく隠した。時間にして僅か五秒程、黒い粒子はその密度を薄くし瞬く間に雲散霧消する。
そこには気品溢れる騎士が立っていた。中世の騎士を思わせる銀色のフルプレートアーマーに、爽やかさと清潔さを連想させる群青色のマント。黒い靄が晴れた衝撃で翻ったそのマントには、金色の精巧な刺繍が成されていた。美しい輝きを放つ銀色の鎧を更に隠すよう羽織られているのが空色のサーコートだ。空と雲のコントラストを想起させるデザインは、日の暮れたこの時間ですら清々しさを思わせる。そんな彼の右手には上半身を隠して余りある程大きな盾が握られており、左手には研ぎ澄まされた長剣が収められている。
「さぁ美波、君も準備を」
一歩踏み出し、わざとらしくその甲冑を鳴らすと、最愛の女性へ同じように戦闘態勢へと移行するよう促した。
「オッケー」
状況の割りに非常に軽薄な態度でそう返事をした美波は、目を閉じると両手を胸の前で合わせて握り、祈りを捧げているような体勢になる。
まるでその祈りが通じたかのように、美波の周りに現実離れした苛烈な風が吹き荒れた。しかし美波の様子に変化はない——それこそ服も髪も、無風の空間にいる静けさを表していた。どうやら美波を目として台風の如く風が渦巻いているらしい。路上にある小さな砂の粒子や小指程度の石ころが風に乗り美波の周りを飛び交い始める。
そこで初めて美波自身に変化があった。彼女の動きやすそうなスニーカーが糸のように解け、くるりと宙を舞うと空気に溶け込むように消え失せる。スニーカーの代わりに彼女の足を纏っているのは、淫靡な光沢を放つ黒いハイヒールだ。そして素肌が見えるであろう箇所は、これまた黒く艶やかに光を反射するラバーが見える。更にその現象は止まらない。ジワリと水が紙を濡らしていくように、美波の褐色な健脚がラバーに覆われていく。ショートパンツも靴と同様に解れていき、黒々と輝き美波の身体にぴったりと貼り付いたスーツが露わになる。
腰、腹、胸、首と腕。頭部を残して全身が覆われると、そこで美波は手を解いた。そうして全てを受け入れるように腕を下ろし手のひらを前方へ向ける。逆巻く風があるべき場所へ帰るかの如く、美波の胸へと吸い込まれた。艶のある真っ黒なキャットスーツだったが、ジワリと翡翠色の線が滲み浮かんだ。その線は美波の身体の凹凸を強調するように全身へと駆け巡る。
緑色の線が一度だけ強い輝きを放つと、美波は目を開けた。
「魔法少女ウィンドミル、参上って感じ?」
美波は左手を腰に当てVサインを作った右手は顔の横へ持っていく。開いた指を顔側に向けウィンクをしてポーズを決めた。
その扇情的な体躯を見た銀次郎は、嘆息を漏らしてから愉悦に満ちた表情で言う。
「素敵だよ、ウィンドミル」
「ぎんぎんも、ハグすると硬いこと以外は、控えめに言ってサイコーって感じ——あっ! 今の下ネタじゃないから」
ウィンドミルがそうカラカラ笑う。そうして彼女は、首から腹部にかけてついているファスナーを大胆にもすべて下ろす。
「——! みな——ウィンドミル! はしたないよ。それにこれから戦闘なんだ。しっかり守っておかなくちゃ」
スターチスが慌ててウィンドミルをその大盾で隠す。勿論、ケラティオンにその姿を晒させないようにだ。
「だってぇ暑いんだもんこれぇ。それにー、ぎんぎんがあーしを守ってくれるんしょ?」
「当然僕が守るけれど、君も自衛してもらわないと。それに——ほら、彼だって男性なんだ。君の身体を邪な気持ちで見るかもしれないだろう?」
スターチスはこそこそと、ウィンドミルの耳元で囁くようにして注意を促す。
「いっやーん。もぅエッチぢゃーん」
「ふざけてないで、陣形をとれ」
二人の男女がベタベタと乳繰り合っているのを見止めたケラティオンは、叫ぶことなく冷淡に注意する。彼は既に臨戦態勢に入っていた。
ケラティオンの腕と脚が一回り二回り大きくなっており、四か所とも同じ形をしていた。円柱状に膨れ上がり鎚のように見えるその両手両足は、何かを潰すには最適な形だ。その代わり胸部や腹部が細くなっており、非常に不格好この上ない。当の本人もその姿にあまり納得はしていない様子だった。
「腕はいらなかったか……?」
「ハルちんのその身体って何度見てもキモいわ。何伸縮自在になってんの」
ファスナーを胸の辺りまで上げ、配置——ケラティオンの後ろ——についたウィンドミルは、カリスマモデルとしても活躍する紺碧に匹敵する程スリムになったケラティオンの腰を叩いて、小馬鹿にしたよう嘲笑って言う。
「こら、ウィンドミル。僕らはチームだ。そんなこと言っちゃいけないよ。それにもう敵は目の前、気を引き締めていかないと」
スターチスはウィンドミルの背後につき、盾を構え警戒しながら彼女に告げる。
相も変わらず能天気なウィンドミルは「もー、ぎんぎんは固いんだからぁ——あっ! 今の下ネタじゃないから」と減らない軽口をたたく。
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