火薬のお話
俺の思考をよそに、翰川先生はご友人への的外れなフォローを始める。
「リーネアは無害な部類の異種族なんだぞ」
武器が認識できないのかな?
「手榴弾って知ってる?」
「もちろん。世界各地で火薬が発明されてから戦場において用いられてきた手投げ爆弾。そこにダイナマイトの方式が加わったことにより、ピン1つで適度な爆発を起こす手榴弾となったという歴史は一般常識だ」
「先生が想像する一般層がどこなのか気になってます」
「なんだかラジオのお便りみたいな口調だな?」
しかし、爆弾の歴史は気になるのでご教授願う。
頼んでみると、翰川先生は嬉しそうに頷いて話し始めた。
パソコンを一気においじりなさると、テーブルに設置したプロジェクタ(蚊取り線香のぶたさんデザイン)から、壁にスライドを投影した。
……小物がいちいち可愛いんだよな。ペンもカワウソデザインだし。
「では話そう。気になるところがあれば気軽に質問しておくれ」
「りょーかいっす」
これが古式ゆかしい爆弾だ。見た目はボ〇バーマンのあれだな。
……ん、なに。『その例えはやめろ?』
まあいいじゃないか。うん。
着火しやすい黒色火薬に圧力をかけて土などで包み、球体状にしている。中心からは起爆させるための導火線が伸びる。
導火線は、燃え尽きながらも火薬の中心へと熱を伝えるのだな。
高い着火機能を持った粉末を、ぎゅっと圧力をかけて球状に。
球の中心に火が付いたら?
そう。破裂する。
中心の一粒が燃え上がり、その周りが……というふうに熱と衝撃が伝播する。
つまり、それが爆発だ。
『燃えると色がつく火薬』を適宜配置すれば花火になるよ。
しかしこの方式、結構危うい上に不便だ。単純という意味では便利かもしれないが。
持っていた兵士がすっころんだり、投げて『あれ? 爆発しないなあ』と確認しに行く事故が起こったりだの。性能が安定しないんだ。
手投げ弾は古来より使われていたし、爆発力を戦力に出来るのがお手軽なのは否定しないが――あと一歩の安全性が欲しい。
ならば事前準備をして発破に使うか、銃弾や大砲として放つか……
そんな大がかりな爆弾を、一定水準を超えた“武器”にしたのが、アルフレッド・ノーベルの発明したダイナマイトだ。
これならばキミも知っているだろう。世界史にも登場するからな。
ニトログリセリンを珪藻土に染み込ませ、保護層に包んで筒状に成形。雷管を差し込み、そこから着火信号用のコードを伸ばした。
ニトログリセリンとは、1846年に発見された有機化合物だ。これ自体が鋭敏に爆発する。
また、雷管とはわずかな熱や衝撃でも発火する火薬を詰めた筒を差す。実はこれもノーベルの発明だ。
仕組みを説明する。
1。爆発しやすいニトログリセリンを爆発しづらい珪藻土に染み込ませる。すると、着火の合図が来るまでは爆発しづらくなる。
2。制御がある程度簡単な雷管に着火を任せる。そうすれば、『持ち運びが安全で威力の高い爆弾』の出来上がりだな。
……うん。キミのいう“信管”は、雷管の進化系だぞ。
『着火後に即爆発』だった雷管から『着火して数秒後に爆発』の信管にすると、手榴弾の爆発のタイミングが調整できる。
ピンを抜いた直後に爆発したらただの自爆だろう?
そんなこんなで、爆弾というものは進化しているのだよ、光太。
すべての爆薬がニトログリセリンなわけでなく、ほかの物質も出てきている。珪藻土や保護層の役割を果たす物質は多種多様。成形の自由度が高いプラスチック爆薬なんてものもある。
用途に合わせて分化していくのだな。
どんな道具も、人に使われる限りは適応と進化を繰り返していくよ。
進化がわかりやすく目に映るかはわからないが、知った時には人々の努力に敬意を払って、思いを馳せてみてほしいな。
先生が一礼したところで拍手を送る。
照れくさそうに笑う彼女がレーザーポインタをしまい、俺に向き直る。
「以上だ」
「けっこう楽しかったっす。……普通の手持ち花火にも火薬が入ってるんすか?」
「解していくと、少ないながらも黒い土のようなものが出てくるよ。それが火薬」
「それが色鮮やかになるのって不思議ですよね」
「炎色反応だよ。リチウム:赤、カリウム:紫などなどだ」
「……あ。化学の教科書の」
我ながら察しの悪い生徒だが、先生は特に咎めることもない。
「うん。まあ、昨今の花火は魔術も使っているんだがな。キミが記憶できていなかったのはこれのせいかもだ」
「うっ……そ、そうですかね?」
楽しそうに笑っていた翰川先生が、ふと表情を真面目なものに変える。
「先ほど『火薬自体に爆発力はない』と言ったが、『燃えやすいだけの粉』と言うつもりはないぞ。危険なものだから、素人が軽い気持ちでいじってはいけない」
「わかってます。やりません」
「それでよし。あと、火薬は軍事用ばかりでなく、ダム建設やトンネル掘削のための発破だとか、先のような花火にも利用されている。使われる爆薬のタイプと用途を照らし合わせてみると、意外な事実が発見できるかもしれないな」
「調べてみます」
「ん」
先生がぶたさんプロジェクターを掴み、ペンギン手提げバッグに入れる。
明らかに質量保存を無視している光景だ。
「……で、何の話だったっけ?」
「リーネアが武器を所持しているから危険だという話だ」
「あー。そうだ。そうだった」
「彼は素手で人を締め落とせる。武器の所持は関係ないな」
「フォローが無に帰していく!」
先ほどのダイナマイトの話のように粘り強く安全性をアピールしてほしい。
そう思っていたら、翰川先生は困ったような顔をして俺に言う。
「そもそも、彼は僕より無害だぞ?」
「……?」
「僕は常に微弱な通信波を発している上、電波を受信することもできてしまう」
「お、おおう?」
そういえばこの人、“人工生命”であった。
「電波の発信もな。悪用すればネットワークを混乱させることも容易いし、コードのおかげで機械との相性は最高だ。セキュリティも何の関係もなしに操れるよ」
「…………。さっきの格ゲーも根っこを操ってたんですか?」
「? それはボタン操作しか使っていない」
「……………………」
『完膚なきまでに実力で負けた』と知り、テーブルに突っ伏す。
翰川先生がくすりと笑声を漏らした。
「キミのそういうところが好きだよ」
「負け犬なところ?」
「いいや。……人を無条件で信じるところだ」
「へ?」
「僕が悪用しないことを信じてくれた。救われるよ」
「……だって先生いい人だし、理由なきゃそんなんやらないだろ」
個人情報抜き取るわ、不法侵入するわで犯罪者だけど。そのすべては善意からの行いだった。
「あははは!」
顔を上げて視界に映ったのは、先生の屈託のない笑顔だった。
……心臓に悪いほど綺麗だ。
「うん。そうか。……すごく嬉しい」
「……よくわかんないけど、喜んでもらえたなら良かった」
「ありがとう、光太」
俺は姿勢を正して宣言する。
「頑張ってリーネアさんと向き合います」
「ん。頑張れ。……って、彼は優しいからそんな必要ないんだぞ!」
ぷんすかする先生。
確かにリーネアさんは優しいところもあるが、基本的に俺には至極塩辛い対応を取る人である。何度お伝えしても伝わらないのはなぜなのだろう。
「ソウデスネー……」
「まったく」
そのセリフは俺が言いたい。
「で、その用事とやらはいつなんですか?」
「ん。京の講習が終わってからだそうだ。明日以降でキミの予定が空いている日を教えてほしいと」
「明日でいいんなら明日でいいっすよ。心の準備は早い方がありがたいんで」
暴力を防ぐ手段の検索もしなければならない。
「? うん。良いことだ」
先生は首を傾げていたが、しばらくして『まあいいや』とペンギンバッグに向き直る。
どさどさと分厚い紙束がテーブルに置かれた。
ホチキス止めの冊子が多数重なっている。
「…………。これは?」
「キミのために作ったんだ。受けとってほしい」
「バレンタインだったら嬉しいセリフをありがとう。……分厚いね」
「寛光の過去問すべてを網羅した力作だ。リーネアに『何もなしじゃ教えにくい』と言われたので、用意してみた」
「……凄いなこれ」
打ち込むのも大変だったのでは……
「んー……ぶっちゃけ言ってしまうと、僕の記憶の中の問題をデータとしてプリンタに送信したから、労力もとくには」
「思考を送信って、改めて考えるとマジSFだなあ」
「! SF。僕は生けるSFか。光太はつくづく僕を嬉しくさせてくれるなっ」
「えええ……時間停止装置つくった人がなんか言ってる……」
実はこの翰川先生、現代社会に溢れるアーカイブを使った工業製品のほとんどに関わっているお方であり、『生けるSF』どころか『SF製造者』だ。
子どものようにはしゃぐ姿からは想像しがたいことだが。
「……先生はいつから仕事?」
「ん。今日の昼2時に現地で待ち合わせしている」
「テレポートしてくの?」
「さすがにそれは難しいな。タクシーで行くよ」
「そっか」
時計を見ると、まだ朝10時だった。
「勉強を再開しようか」
「……お願いします」
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