1. 混成
頭がいい人にはゲームをしていようと頭がいい人がいる。
「……先生」
「何だ、光太?」
「先生のキャラさ、前向いてんのに後ろ向きに攻撃しなかった?」
「ははは、普通だろう」
「あと、俺の小技がキャンセルされてんだけど気のせい?」
「気のせいだったら僕の側の体力が減っているさ。バグなど起きていないよ」
「うん。……あのさ」
「さっきからなんだ。気になることがあれば直接聞け」
「わかった。言う」
――画面を見ず、俺の手元を凝視しながらコントローラを操る美女に言う。
「何で画面見ねーんだよ!?」
車椅子に乗った美女:
「対人戦は相手の操作を見たほうが早い。挙動から技を読むより、何のボタンを押しているのか、指の筋肉はどうなっているのかを確認すれば一目瞭然だよ」
「道理で勝てないと思ったら何してんだこの天才」
画面の中で、俺の操作キャラが先生操るガチムキキャラにKOされる。
これまでの俺の戦績は7戦中7負けだ。
「……要は、俺の側の動きを把握しきっていて、攻撃タイミングまで全部予測していると」
頭痛を錯覚しそうになる頭をさすりつつ、翰川緋叛こと先生に言う。
彼女はこくんと頷き、どことなく自慢げに言う。
「あまりに友人に勝てなさ過ぎて編み出した技だ」
「編み出すなよ。……いや、待てよ? 実は画面を見てたら逆に下手とか?」
「? いいぞ。次は普通に画面を見て戦おうか」
「あ、やっぱ無理。焦りのなさに余裕が透けて無理」
心の底から拒否をすると、先生は『むう』といって押し黙った。
「苦手なゲームってないの? パーティゲームとかは?」
「それこそ乱数調整の際たるものだよ」
「ゲーム自体が全体的にダメそうだな……」
「だ、ダメじゃないっ! 僕にだって苦手なゲームはあるぞ!」
「……例えば?」
「オープンワールドなゾンビゲーとか……」
「対人じゃないし、それこそ自分一人で戦うの多いんだから苦手も何も」
「一般人まで撃ち殺してしまう。クエストが熟せない」
「退廃的な世界観で、よくぞバーサークするもんだ」
いじけてぶつぶつ呟く先生を無視し、ゲームタイトルに戻してから電源を落とす。
数学を教えてもらっていたはずが、いつの間にやらゲーム大会になってしまっていた。
「先生、朝ごはん残り物でいい?」
「ああ」
「どうも。アップルパイ、一切れだけなら残ってるよ」
「!」
彼女は嬉しそうに自らの乗る車椅子を回転させている。やたら器用だ。
「……マットずれるからタイヤ跡つかないようにしてくださいね」
「僕の神秘を持ってすれば、床に伝わる重さと摩擦を適度に誤魔化すことなど造作もない!」
「わー、凄いですねー。すごーい」
相変わらずの神秘っぷりと天才っぷりに棒読みで褒めておく。
台所に移動して冷蔵庫を開ける。昨日のサラダと五目御飯が残っていた。あとはおかず。
「先生、焼き鮭と銀ガレイ、どっちがいい?」
「捨てがたい……」
「両方ってのはナシね」
なぜならば貴重な食糧だから。焼き魚はちまちま食べると豪華な気持ちになれるのだ。
「わかっている。鮭で頼む」
「ういっす」
冷凍室からラップ包みの切り身を引っ張り出す。レンジに入れ、解凍ボタンを押し込んだ。
先生は俺がテーブルに置いた食器をそれぞれの席に移動させてくれる。
文字通りの瞬間移動で。
「おーさーかーなー♪」
先生めっちゃ可愛い。
300歳近い人外の大学教授さんなのにやたらに可愛い。
「そんなに好き?」
「うん。北海道に来て良かったことの一つは、海鮮の美味しさだからな!」
「じゃあ刺身も好きなの?」
「苦手だから、買ったら焼くつもりでいた」
「…………」
俺の微妙な目に気付いたようで、先生が聞いてもいない言い訳を始める。
「新鮮な刺身に火を通す背徳は良いものだぞ。なんせ刺身にできるほどに新鮮な魚なのだからな……!」
「その理論はわかるけどさ……なんか勿体ない気もするんだよなあ」
北海道に来たならばと、先生を回転寿司にでも誘おうかと思っていたのに。
「回転寿司は好きだ。火が通ったメニューなら食べられるしデザートもおいしい」
「相変わらず心読むね」
俺の心はそんなにさくさく読めるのか。立ち読み雑誌か。
「キミは楽しくて優しいからわかるよ。しかし、回転寿司といえど、学生には重いお値段だろう。ご馳走しようか?」
「申し訳ないっすよ」
ただでさえ一対一の家庭教師なんてことをしてもらっているのだから。加えて高級品を奢ってもらうなど甘え過ぎというものだ。
駄弁っていると、レンジが解凍終了を報せた。
出した切り身をグリルに放り込み、スイッチを入れる。
「すぐあがるから、座ってて」
「了解した」
神秘、つまりはアーカイブを使った調理器具は、魔法のように、すぐさま理想の焼き上がりにしてくれる。
まさしく魔法が使われているのだとか。
お皿に盛りつけて、先生の前にことりと置く。
自分の椅子の前にも置いて、席に着いた。
「「いただきます」」
先生の箸使いは下手な日本人より綺麗だ。鮭の骨を危なげなく外して残った小骨を取り、身を切り分けながら口に運ぶ。やはり器用である。
食事も終わり、食器を洗い終えたところで、先生が俺を手招きする。
「?」
「ん。予定を話しておこうと思ってな」
「あ、はい」
いろいろと謎の多い翰川先生。
東京にある寛光大学の物理学科にて教鞭をとる教授であり、札幌には講演のために来たのだそうだ。講演は初日に終わってしまったそうで、現在は縁あって俺の家庭教師を引き受けてくれている。
「何か予定できたの?」
「うむ。こうして長らく札幌に居ることになったから、こちらでの仕事も受けようと」
「へえ。講演?」
動画サイトで先生の講演を見たが、あれはほぼ別人であった。
教授らしく威厳を持ち、明確な論理で聴衆に語り掛け、傍聴の専門家や学生からの質問には淀みなく答え――最後には万雷の拍手で幕を閉じた。
目の前のアホな人と同一人物だとは信じがたい。
「講演というのはすぐに依頼されてすぐ行うものではないよ」
「そりゃそうだろうけど」
「今回は知り合いから相談を受けたんだ。前のリーネアの車みたいに」
楽しそうに笑う先生だが、俺としては恐怖が蘇って仕方ない。達成感はあったものの、『もう一度やれ』と言われたら全力で首を横に振る所存だ。
先生はコーヒーを飲みながらスプーンをくるんと回す。
「彼女は僕の研究室出身で、札幌の大学で職員として勤めているんだ」
「優秀な人なんだ」
「僕やもう一方の教授の補佐をしていたこともある。在学時代からしっかりものだったぞ」
「もう一方?」
「僕の研究室は、もう1人の教授と共同研究をすることが多くてな。相方と僕とでほとんど合同のようなものだ」
「そんな研究室もあるんすね」
「そうだな。なぜか『翰川先生を1人にするな』と周りから言われて、その教授が引き受けてくれた。失礼だと思う」
「妥当だと思う」
率直な感想である。
先生はめげずに話を続ける。……ポジティブだなあ。
「それでだな。彼女の話を聞くに、長くかかるかもしれないから、ここを留守にする。彼女が自宅に泊めてくれることになった」
「おー。いいんじゃないすか。積もる話もあるでしょ」
教え方は明るくわかりやすくとも、習得するまでは厳しい鬼教師が居なくなるのは、少しありがたい。
「ってか先生、旦那さんいるんならやっぱり心配されてるんじゃないの?」
「電話しなければ大丈夫」
「してあげて?」
「ミズリはな。僕が不法侵入するたびに怒る。説教が長い」
ミズリさんとやら、かなりの苦労をされているとお見受けする。
「……まあ、先生が居ないってんならしばらく自習してるよ」
「居ない間の家庭教師はリーネアに頼んだ。安心しろ」
「何で頼んじゃうの!?」
俺の気になる女子:三崎さんの保護者であるリーネアさんは、彼女に近づく男を全員殺したいとすら零していた人間兵器だ。
あの人と一対一になって五体満足でいられる自信がない。
「一度引き受けると言ったからには、約束を違えるつもりはない。リーネアにはキミから僕が受け取る分だった給金を渡しておいた。気にせず勉強に励め、光太」
「だからなんだって普段発揮しない常識をここで……‼」
「リーネアもキミに用があるそうだ。ついでに済ませられそうだな。良かった」
頼むから話を聞いてほしい。俺を生徒だと言うのなら、猛獣のいる檻に放りこんで鍵をかけるような追い打ちをしないでほしい。
用ってなんだ。海に沈めるのか、俺を。
「何もよくねーよ……」
沈痛な面持ちで言うと、先生がきょとんとした。
「どうした、光太。元気がなさそうだ」
「どの口が言ってんですかね?」
やはりこの人の見えている現実は、常人とずれている気がする。
「む。駄目か?」
「駄目とかそういうんじゃなくて、こう、危機感が……」
彼女には危機管理能力が足りない。
警戒心はあるようだが、自分の内側に入った人が相手では作動しなくなるらしく、人物評価がやたらに甘いのだ。
「彼はとても頭がいい人なんだぞ。天才肌ながら、人にものを教えるのが上手い」
「はあ……」
以前、リーネアさんは重要な説明において順序をすっとばしたことがある。
大丈夫なのだろうか。
「なんといっても、暗号化された数列を見て生成数式がわかるほど直感的でありながら、その手順を言語化できるのだから」
「けっこう意味わかんないっす」
「? ……ああ! そうか。キミはネットに疎かったな」
「ん……?」
「とりあえず天才だと思っておけばいいよ」
硝煙の香り漂う暴力性にばかり目についていたが、先生の友達だというのならば一門の技能を持った天才のはず。
まさしくこの人が天才なのだ。類は友を呼ぶのことわざ通りならば、変人な天才も集まりやすかろう。
……『そんなに居てたまるか』とも思うが。
「わかりましたよ。でも、あの人と一対一ってなったら殺される気がするんだよ。どうしたら――」
「京も一緒だぞ?」
「…………」
三崎京。
俺も通う平沢北高校3の2にて、学年トップの成績を維持する才女。
もう一度、繰り返して正確に言うと――ふんわりとしたボブカットと、きらきらと輝く大きな瞳が可愛い美少女であり、俺の気になる女の子だ。
しかし、ここで安心するのはまだ早い。
「……前回みたいなことにはならないんですよね?」
幽霊にまつわる異世界に飛び込まされた時、翰川先生は『京とのデートは楽しかったか?』と聞いてきた。
あのときは確かに三崎さんと一緒だったが、あれはデートではなかった。デートなど生まれてこの方したことのない俺でも、断じて違うとわかる。
先生の認識は盛大にずれているのだ。
「もちろんだ。なんといっても危険がない」
「リーネアさんが居る時点で暴力の危険があるんですが」
彼は三崎さんに『戦争が服を着て歩いている』と評価されている。
「こちらが攻撃しなければ攻撃してこない。相手のテリトリーを把握し、適度な距離感で、誠意をもって接することが大事なんだ」
「野生動物か何か?」
昨日見たアフリカの動物保護ドキュメンタリーを思い出す。
「ん……まあ、それに近いな」
「……初めてまともに認識したね……」
「? 僕はいつだって現実を見ているぞ」
「うーん」
「ふふ。心配いらないよ、光太。キミは僕の可愛い生徒だ。死ぬような目になんて決して遭わせない」
「ほかの場面で言ってくれたら感動したんですけど……」
俺の命は現在進行形でかなりの危険にさらされている。
「ということで、リラックスして気楽にな」
「…………。うん。そうするね。がんばるよー」
「その意気だ」
超棒読みな俺のセリフに気付いているか否か。『気づいていても真意は伝わっていないんだろうなあ』と思う。
「……なんだってこう、先生は。っていうか、どんな生活してたらあんな戦争の擬人化みたいな人と出会えるんだ?」
「彼との出会いを聞きたいか?」
「物騒っぽいから嫌っす」
「むう」
なんかもう、先生の可愛い表情を眺めるご褒美タイムと思うしかなくなってきた。旦那さんはこれを普段見ているのか。羨ましい。
……こんな美人が俺みたいな得体のしれない若造の家にいては心配だろうから、連絡してあげてほしい。
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