少年は天才と神秘の夢を見られるか? 2

金田ミヤキ

プロローグ

少年の幼馴染

 藍沢佳奈子という女は何をしても極端な奴だ。

 洗い物1つできないくせに、故障した食洗器の修理は出来る。

 複雑な数式をたやすく解き明かしていくのに、自分の名前も漢字で書けない。

 足が遅い一方、新体操部も顔負けのバランス感覚を持つ。

 身長144の小柄な体躯で――誰より気が強い。



「あっ、コウ反則! いまの反則!」

「なんだよ、バグ使ってないぞ!」

 カナの操る女の子キャラ――俺のメイン操作キャラなのに奪い取られた――が、俺の操るガチムキ巨漢にKOされる。

「あたしに勝つのが反則」

「女王様かよ」

 基本コンボしか使ってない。『あんた散々このゲームやってるんでしょ! 手加減してよ!』ってお前に言われたから、かなり抑えてるんだぞ。

「もー……コウ、強いぃ……」

「連勝してるからなっ」

 父さん母さんが居ない日は、近所の奴らをこっそり呼んでゲーム大会をしている。わいわいと楽しいレースゲームやすごろくゲームなどもやっているが、格闘ゲームだけは俺が一番強いのだ。

 ばあちゃんは『お父さんお母さんには秘密ね』と言って、お菓子を差し入れしてくれる味方だ。

「次すごろく!」

「……カナ、やたら強いんだよなあ」

 サイコロやカードで頑張るタイプのゲームでカナに勝てたことがない。

 大体、こういうのは4人プレイだから盛り上がるのであって……

「ゲーム大会来いよ。楽しいぞ?」

 何度誘ってもカナの答えは決まっている。

「嫌」

「そういうの、うちべんけーって言うんだぞ」

「あんたなに外国語喋ってんの?」

「日本語だよ」

 国語辞典にちゃんとのってた。

 カナは国語と社会と英語が苦手で、算数と理科が得意だ。俺と真逆。

 性格もけっこう真逆。

 でも、4歳で出会ってからずっと遊んでいる幼馴染だ。



 小学5年の秋のある日。

「……コウ、どしたの?」

「…………。なんでもない」

 心配してくれているカナから目を逸らし、家の中に飛び込む。

「コウ⁉」

 鍵をかけ、カナと自分の間を扉で遮る。

「……」

 共働きの父さんと母さんはいない。2人とも出張に出ているから、帰って来られないと言われた。

 自分の部屋に飛び込んで、布団にうずくまる。

 ここ最近、俺はずっと気絶するみたいに眠っている。学校でも眠ってしまうせいで、先生たちからは『病院に行こう』と言われてあちこち回った。

 その途中でも寝てしまって、検査もできない。

 怖い。

 したいことも行きたいところも、たくさんあったのに。夏に習ったばかりの地下鉄にも乗れない。

 こうしている今も眠ってしまうかもしれない。

「…………」

 自分の部屋のテレビをつけた。



「コウ……コウ‼」

「……ふ、ぉ……?」

 目が覚めると、白い天井と――泣きじゃくるカナの顔が見えた。

「…………カナ?」

 ちっちゃくて可愛い顔をぐしゃぐしゃにして、カナが部屋の外に向かって叫ぶ。

「っうぅ、おばあちゃぁあん……!」

「コウちゃん、起きたの!?」

 ばあちゃんも飛び込んできて、俺を見て涙を浮かべる。

「コウちゃん……良かった……‼」

 慌てて窓を見ると、夜だったはずの外は朝になっている。

 そして、おそらくここは病院。

「…………」

 また眠ったのか。

 俺自身には何にもわからないまま――

「と、とにかく。先生呼んでくるからね! 佳奈子ちゃん、コウちゃんのこと見ててね!」

「うん……‼」

 ばあちゃんは再び病室の外へ出て、俺とカナが取り残される。

 ベッドから抜けようとするとカナが押しとどめる。

「だめ。お医者さんが診察するまでだめ」

「……なんともないよ」

「だめなのぉ……」

「…………泣くなよ、カナ」

 俺もなんとなく泣きそうだったけど、カナを見たら留まれた。

「なんともないからさ。どこも痛くないよ」

「っひぐ……人の頭蓋内での病症には自覚症状がないことが多いの。本人や周りの人が小さな違和感を見逃すことによって、発見時には最悪の状態になっていることだってあるんだから、侮っちゃダメ」

「お、おおう……?」

 こいつ普段何の本読んでるんだろ?

 ぽつぽつと『睡眠障害や記憶障害は頭部の強打などによる外傷以外に(わからないので以下略)』だとか言うカナを宥める。

 やがて落ち着いてきたカナは、涙を残した顔できっと俺を見据え、壁際にあった新聞を手に取った。

 見ているのは裏面のテレビ欄だ。

「コウ、いつ寝たかって覚えてる?」

「テレビ、つけてから……」

「……何時くらい?」

「帰ってすぐ」

「じゃあ7時かそれくらいなのね」

 それから、カナは俺が眠ってしまった(と思しき)状況を確認していき――俺の病気の原因を突き止めたのだ。

 魔法みたいで嬉しかった。

 ――たとえ、俺が永遠に魔法を知ることができないという宣告だとしても。



 中学生にもなると、『みんな仲良くしようね』が通じていたお子様たちにも、右に倣えをしがたい自我やらなんやら出てくるわけで。

 だが、俺はその程度で砕けるほど繊細な心を持っていない。『森山が来ると好きな話も出来ない』と陰口を叩かれようと、俺は意地で学校に通い続けているし、部活も継続している。

 幸いにも部活では――少し距離は感じるが――俺の事情に配慮してくれる奴が多くて救われている。陸上部の雰囲気までああだったら、俺はとっくに不登校だ。

 少なくとも、気の合う友人がいてよかった。

「あっ、くそっ! あんたたまには負けなさいよねっ」

 ……部屋で、ごちゃごちゃ言いながらゲームに付き合ってくれるこいつも。

 未だにかなりの手加減をしているんだが、彼女はいつになったら俺から勝ち星をあげるんだろう。『他は可愛くないから嫌』と俺のメイン操作キャラは奪い取られたままだし。

「佳奈子」

「カナって呼んでよ」

「最近、“子”ってつけて呼んだ方が可愛いって気づいた」

 カナを字で書くと佳奈だが、やはり子まで続けて書く方が可愛らしい響きだ。

 名前を書けない佳奈子に代筆を頼まれ、何度も名前を書いているうちに気付いた。小さいこいつだからこそ思う。

「…………」

 佳奈子がついっとそっぽを向く。

「ふ、ふうん。……許可してあげる」

「だから女王様かよって……はいはいごめん」

 途中で頬をつねられたので降参する。

「もう休憩。休憩ね。これは負けそうだからって訳じゃないわ」

「はいそうですね、佳奈子さん」

 佳奈子のキャラの体力は真っ赤に染まり、まさに風前の灯火。

 俺の方は安全圏のグリーンだ。

「わかったんならさっさとポーズ押して。ポーズ」

「2Pでも押せるんですよ佳奈子さん」

「手が離せないのっ!」

「はいはい」

 指を主操作のボタン列からずらして、ポーズを押してやる。

 おお、数ドット残ってる……

「次は勝つ……」

「毎回言うけどなあ」

 この手の勝負は『あたしが勝ったらハンバーガー奢りね!』と言って始まる。

 しかし、毎回俺が勝つのに、毎回俺が佳奈子に奢っている。不思議だ。

「……で。何の用」

「へ?」

「あたしの名前呼んだでしょ。用があるんなら聞きたい」

「ああ、そうだったっけ」

「あんた鳥頭かなんかなの?」

「佳奈子さん、3日前に『お金返すから』って買わされたクレープの分貰ってないっすよ」

 ひとまず、鳥頭でないことを証明してみる。

「永遠に忘れてて。……で、何の用なの?」

 都合いいなオイ。

 文句を言ってやろうと顔をあげる。

「コウ、元気ないんだもん。明るいのがコウのいいところなの。人に頼って解消できることならしてよね」

「…………」

「?」

 何でもないかのようないつもの調子のセリフだったが、なぜか俺の胸を強く衝いた。

「……佳奈子」

「なによ」

「ありがとな。お前と会えて幸せだわ」

「んむぎゅっ!?」

 奇声をあげた佳奈子の頭をぐしゃぐしゃかき乱す。

 佳奈子は真っ赤になって手をぶんぶん振った。あー、ちっちゃい。


 いつものように、くだらない話をして。ゲームをして。

 時間は過ぎていく。

 高校生へ。

 社会へ出る最後の準備期間へと近づいていく恐怖から、目を逸らして。



 そして俺は、高3の夏休みにあの人と出会った。

 いままで見たこともなかった鮮烈な天才。神秘を操る異種族。

 彼女は臆病者だった俺の手をぐいぐい引いて行った。

 同年代の、神秘:アーカイブの持ち主である女の子、その師匠さんである異種族。俺に“呪い”をかけた張本人と、彼女を引き取った魔法使い。普段なら嫉妬と気後れをして避けるような人たちと不可抗力で出会わされた。


 ついには、俺を神秘から遮っていた“呪い”まで解き明かしてしまったのだ。


 呪いが解けた俺は、家庭教師となってくれた彼女――翰川緋叛かんかわひぞれ先生の留守を見計らって、佳奈子に報告した。

 人見知りな佳奈子への配慮だ。

「……そ。良かったじゃない」

「おう。それでな、翰川先生面白い人で、」

「ごめん、パス。あたし補講あるから」

 佳奈子が苦笑する。

「あ……悪い」

「でも、あんたとのゲームならやる」


 びしっと俺を指さして告げた。

「あたしが勝ったらおやつ奢りね」



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