土下座されるほど価値はないし、土下座するほど安くない
「こんにちは」
「……こんにちは」
何日かぶりに見るシュレミアさんは変わらず綺麗なままだった。誉め言葉というより、あまりに美貌が完成していて恐ろしい。生物感がないのだ。
これで8児の父親とは信じがたい。
「正座していてもらっていいですか?」
「あんた心読めてるだろ!?」
「正直に肯定してくださってありがとうございます。膝をついて手を頭の後ろで組みなさい。一撃で終わらせてあげますので」
手のひらの上で見るも鋭そうな光の刃が躍っているのを見て、俺は瞬時に床に体を投げ出し土下座した。
「ごめんなさい‼」
刃を消したシュレミアさんは俺の頭を見下ろし、静かに問う。
「誠意も伴わぬ土下座に何の価値が?」
「……」
見苦しいからやめなさいとだけ言って、彼は袖を打ち払って踵を返す。
「紫織は奥に居ます。来なさい」
「…………はい」
ここは、シュレミアさんが紫織ちゃんのために借りたというマンションの一室である。
以前に説明された。
紫織ちゃんの家は、いわゆる名家であったそうで。
しかし、体の弱い彼女は家からの扱いが良くもなく……シュレミアさんたちローザライマ家が教導役として引き取ったとのこと。
道理でずっと1人で図書室にいたわけだ。
「広いですね」
紫織ちゃんの家から援助でもあったのだろうか。
「こちらで払っていますよ。一銭も出したがりませんでしたので」
「……え」
「全体的に失脚させようかと思いましたが、紫織に止められました。優しい娘さんですよね」
苛立ちのままに社会人を失脚させるなんて。異種族なのに社会に食い込んでいるとでもいうのか、冗談に聞こえないところがかなり恐ろしい。
「まあ、これから地獄を見る人々のことなどどうでもいいことでしょう」
「どうでもよくない……っていうか、」
「魔術の世界において幅を利かせて発展してきたのですから。才能も見抜けぬ間抜けであると公言するようなものです。俺が何かするまでもありません」
なるほど。親御さん側も魔術の世界に所属しているからか。
「紫織ちゃん、才能あるんですか?」
「とても。だからこそあなたはああなったのです」
「…………」
「……言葉が過ぎました」
彼は淡々としたまま口を動かしている。
「若者を助けるのは大人の義務です。アーカイブは俺たち異種族が持ち込んでしまったものなので、負の側面については申し訳ない気持ちもあります」
「……意外と常識的なんですね」
目つぶしが入った。
「おおおぉ……!?」
「あなたの取り扱いはひぞれが適任なのですね。道理で淡白なはずのリーネアが『あいつ殺したい』と零すわけだと……」
リーネアさん、率直過ぎませんか。
「目……目が潰れる……」
「瞬きを狙いました。大したダメージでもないでしょう?」
確かにそうなのだが、攻撃の予備動作が一切なかったので怖かった。
躊躇いのない害意は背筋も凍る悪寒を与えてくれる。
「? 躊躇っても良いことはありません。相手からの攻撃を未然に防ぐのですから、攻撃は最大の防御です」
「あんた頭おかしいんですか?」
「はい。人間ではありませんので」
「…………え」
「俺などどうでもよいことです」
『紫織』と達筆な筆字が彫り込まれた木のネームプレート。
……端が擦れているからには、これは彼女が昔から使っていたものだろう。
「リビングで待っています。ノックをして入るように」
会釈すると、会釈が返った。
シュレミアさんは一瞬で姿を消す。
女の子の部屋に入るのは……実は初めてだ。18歳にもなって、初めてが、この時とは……!
「……う」
しかし、女性を待たせるのはどうかと思うので、意を決してドアをノックする。
『光太くん?』
扉越しにかすかな声。
「っあ、うん!」
『あ……ごめんね。まだ起き上がれなくて……』
「入って大丈夫かな?」
『う、うん』
「…………開けるよ」
扉を開ける。
ベッドの上で紫織ちゃんが体を起こしていた。
「光太、くん」
「……や、紫織ちゃん」
「……」
彼女は泣きそうに顔を歪めたが、振り払って俺に向き直る。
「わたしね。光太くんのこと、好きだった」
「……うん。ありがとう」
「……ごめんなさい」
顔を覆いながらも勇気を出して言ってくれた言葉には、まだ応えられない。
「許す……って言った方がいいのかもだけど、いまは、ちょっと」
「…………。はい」
「俺さ、あの体質のこと、ずっと病気だと思ってきたんだ。……それが実は呪いで、わざとじゃないとはいえ紫織ちゃんがかけたもので。でも、俺のこと好きだったからそうなったって知って……なんとも。複雑な気持ちなんだ。だから、ゆっくりでいいかな?」
「先生から、聞いたよ。時間がかかるものだし、わたしが急かしていいものじゃないって。光太くんの答えがどっちでも、謝って償いなさいって」
「……」
「いいの。わたしは答えを待つ資格もない。……でも、また会いに来てくれたら嬉しい、です」
「……うん。来るよ。今度は、友達連れてくる」
「え」
「駄目かな。……その。ずっと眠ってたなら、新しく友達作るのも、楽しく遊べるんじゃないかって思うんだけど」
いろいろ喋ると紫織ちゃんはわたわたして可愛かった。
去り際、お土産として彼女が好きだという抹茶ムースを渡し、俺は紫織ちゃんの部屋を後にした。
その瞬間に廊下すっ飛ばしてリビングに踏み込んでおり、椅子で紅茶を飲むシュレミアさんと目が合った。
「……魔法、使いました?」
「確認しなければわからないほど頭が悪いのですか?」
この人はデフォルトで口が悪いらしい。
文句を言う代わりに、聞きたかったことを問いかける。
「……何で、全部わかってたのに……佳奈子のこと放置したんですか?」
「俺が出張ってはただの蹂躙です」
彼は何気ない口調で答える。
「俺は本当の意味で人間ではありません。ひぞれとリーネアの方がまだヒトに近いのです。種族特性もかなり特異。……座敷童は人々の何気ない日々によりそう妖怪です。繊細な魔するものを相手に、化け物である俺が何をできるでしょう」
「でも、もっと早く……」
「あなたたちにはあなたたちの日常があって、容易く踏み込んでいいものではありません」
カップをテーブルのソーサーに置き、彼は静かに続ける。
「あなたたちが選ばなければどうにもならないことです。……どうしても無理なようなら割り込みますが。ひぞれの難題をクリアしたのなら問題ないと判断しました」
「……名誉か不名誉かもわからんですが……」
「名誉ですよ。我らがアーカイブ代表の姫に気に入られているのです」
『胸を張りなさい』と楽しそうに笑う。
「それは、ジョーク?」
「いいえ。……詳細を教えるには複雑なので、またいつか」
彼は立ち上がって、俺の真正面に立つ。
「許すも許さないもあなたの自由ですが、せめて謝罪の機会だけでもと思い、こうしてご足労願いました。受験生だというのに無理を言って申し訳ありません」
しっかりと俺に頭を下げた。
「やっぱり常識人なんですね」
「二の轍を踏むのが趣味なのですか?」
「おぐふっ!?」
目にもとまらぬ速度とキレのある腹パンが入った。魔法使いのくせに直接攻撃は反則じゃないか!?
「俺の種族名も知らずに油断するのはどうかと思いますよ」
「あんた、なんなんですか……」
「善良な一般市民です」
嘘つけ。
彼はスマホを持って、俺にメールを突きつけた。
「それより、さっさと佳奈子のところに行きなさい」
「……はい……」
思わず駆け出してしまいそうになる内容だった。
シュレミアさんに紫織ちゃんへの挨拶を頼んで、マンションから飛び出した。
――*――
紫織は赤い顔でお菓子の箱を捧げ持っていた。
「…………。食べてはどうでしょう?」
「た、食べます。食べますけど、もったいなくて……」
「……夕食のデザートにでもしましょう」
目覚めて現実を認識した紫織は、『光太くんかっこいいままでした』とはしゃいでうるさかった。……光太との面会をリハビリの意欲の餌に出来るかもしれない。
「あの。私……友達、居なくて。どうしたら……」
光太が言っていた友達は、リーネアの弟子と佳奈子だ。
相性は悪くない。アーカイブの面でも、人間性の面でも。
「……居なかったから感情がままならなかったのでしょう? 別に誰とでも仲良くしろというのではないのですから、会えると思ったらそうしなさい」
「…………。先生は、お友達いますか?」
「います」
「……裏切られたきぶん……」
イラついたから、今日の夕食は野菜たっぷりにしてやろう。
ルピネに頼んでおこう。
――*――
「ひぞれさー。光太んちの物置のあれ、どう思う?」
「あれとは……ああ、悪霊おばさんか?」
「そー。霊障ぶち撒いててもおかしくねえよな」
「うーん……しかし……一番に影響が出そうな光太が平然と暮らしているんだが」
「あいつ感覚狂ってんのかな」
「キミが躊躇いなく殺そうとしたくらいだし、かなり危険なものだと思う。……なぜか彼は『あっつかったらここ籠ればいいんですよ!』とポジティブに答えるよ」
「頭大丈夫なのか?」
「彼は僕らに対していつも思っているだろうが、そういうところはお互い様なんだよな……」
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