”本質”を理解しよう2
あたしのスマホ。
死んでから……ううん、死ぬ前からずっと、ポケットに入っていた。
充電はずっと68%から動かなかった。
「……」
なのに、いまはぐんぐん減っている。もう30%を切った。
ばちが当たったのかな。
おばあちゃんを……いや、藍沢ミドリさんをずっとだましていたから。騙してまでこの世界にしがみついたから、ばちが当たった。
あたしはコウの隣に住んでることになっているけど、それはミドリさんの息子さん夫婦が暮らすはずだったところに、あたしが居座っただけ。
あの中には家具なんて1つもない。だからコウを部屋にあげたこともない。
あたしはコウと一緒の学校に通ってるけど、居るようで居ないようなもの。
目指した座敷童の通りになっていることを嬉しく思っても、いつしかそれは疎外感や非現実感に変わっていって。居心地のいいコウとばかり遊んでいた。あの白頭巾も怖い。
彼にかかった呪いさえ都合よく利用していた身としては、もう、どうにもならないくらいに卑怯者で、後ろめたくなる。
「…………」
うずくまっていたパイプの遊具から、そろりそろりと這い出て周囲を確認する。
「……太鼓が聞こえない……?」
ここは、昔、コウがあたしを誘おうとした公園。だと思う。
あの頃は白頭巾が怖くて行けなかったから、申し訳ない気持ちになる。
いきなり現れたあたしにびっくりしてる小学生がいるけど気にしない。むしろ存分に見なさい。そのくらいで折れてたまるもんですか。
小学生が『ママぁあ!』と泣き叫んで逃げていく。
充電がちょっと伸びた。やっぱり、これがあたしの生命線ね。
感謝するわ、名もなき小学生!
……ちょっと空しいけど。
――*――
普段俺が通らない道は、夕暮れが始まる空もあいまって、見知らぬ世界に迷い込んだようだった。
玄武さんは『俺が通った場所以外踏むな』とだけ言って道を先導していく。
「思うんだが、佳奈子って女の子は気が強そうだな」
「強いっすよ。そこらの男子に負けないくらいでした」
「あー。そっか。言い方悪かったな」
彼は苦笑したような声音で付け足す。
「こう、精神的にしっかりと芯があるんだろうなあって」
「?」
「あの子さ、けっこう長い間、浮遊霊になってたみたいだから……我を保てる幽霊って、そうは居ねえんだ」
「……」
それもそうだ。
幽霊と言うのは死んだ身で、生きている人間とは違う。観測者が居なければ存在を保つのが難しかったり、そもそも認識してもらえなかったりする。
たぶん――俺なら心が居れる。
「……幽霊ってのは、『世界への参加資格が小さい』みたいなたとえされるくらいあやふやなんだ。生きている間は問題なく認識されていたのにどうして……だとか。幽霊として存在してるうちに心のバランスが崩れちまう」
存在を存続していることそのものが偉業となる存在。不安定でか弱い魂がさまよっているのが幽霊。
「だからな。佳奈子ってのは強い奴だ。そう簡単に消えやしねえさ」
「……玄武さんが斬ったやつは、佳奈子に関わるやつですか?」
「ああ。彷徨える魂のお迎え役って雰囲気じゃなかったし、さっくりと切だ、……穏やかな話し合いでお帰り願ったんだ」
この人修正下手だなあ。
それ以上つつくつもりはないので、話を変えようと玄武さんの手元を見やる。
彼が宿るという、長い刀だ。
「それって、玄武さんそのものなんですか?」
「んー……実はだな。俺が宿ってんのは刀の方じゃない。柄についた紐の方だ」
『これぞ“ヒモ”ってな』と玄武さんが笑う。
「紐?」
よく見ると、俺が柄の模様だと思っていた赤は、細く巻きつけられた編み紐である。
「前に言った通り、俺は生まれてすぐにこの刀に心臓を貫かれた。しかしながら、俺がそうされるより前から……こいつには女性の魂が宿っててなあ」
玄武さんは愛おしむように、鞘に包まれた刀を撫でる。
「貫いたのはその人じゃあないんだが、この刀ぁ使って、赤んぼ生贄にする奴らをばっさばっさと成敗ってわけよ」
生贄というワードを小説やゲームで見たことはあっても、直に聞いたことはなかったので面喰う。
魔法の世界側の彼が言うのならば、それは俺のイメージする生贄そのものなのだろう。
「俺を包んでたおくるみには、飾り紐がついてて。女性がそれを柄に結び付けて俺が宿った。女性は消えちまったらしい」
「……大変だったんですね」
「っはは。面白い反応だな。……性根の真っ直ぐな奴だ」
「ちなみに、紐を解いたらどうなるんですか?」
玄武さんが大いに笑って答える。
「ほどけた時は俺が死ぬ時だよ」
「……すみません」
「いや。こんな話聞いたら、誰だって聞きたくなるわなあ」
気を悪くした様子もなく、昔話を披露してくれた。
「ルピネ姉さんは8人兄弟の4番目で、兄さん姉さん方がいるんだが……そのうちの1人が紐ほどこうとしてな」
「えっ」
「その兄さん、かあなり剛力な怪物なんだが……ほどけなかった」
「…………」
「実質、俺を殺そうとしたのと同じだから、シェルさんが滅多打ちにしてたよ。紐が解かれそうになったことより、無言の激怒の方が怖くて……その日は大泣きしたなあ」
「その人サイコパスなんですか?」
「……好奇心が抑えられないタイプの人で……滅茶苦茶泣きながら謝ってきたから、仲直りしてるよ。悪い人じゃあないんだ」
玄武さんは出会ってきた中で過去最大級に心が広い人のようだ。
俺には見えない糸を手繰って、夕焼けを先導していく。
「1つ言い忘れてたんだがよ」
「なんですか?」
「縁の糸は絡まりながらあちこち繋がってるんだ。その中の1本を手繰るってなりゃあ、絡んだほかの糸にも気ぃ遣うだろ?」
「意外と……物理的なんですね」
「はは、かもな。姉さんがじっくり説明してたのは、俺が糸を手繰れるようにするまでの時間稼ぎ。焦らせて悪ぃな」
「いえ……」
自分のアホさ加減や、鈍感さが身に染みた。
「大切な時間でした」
「そか」
それでも不安なものは不安だが、信じて進む。
軽く振り向いた彼が苦笑する。
「たくさん絡まってるんだから、そう簡単に千切れやしねえ。……大丈夫だよ。隠れ場所を見つけりゃあすぐ戻るさ」
「……ありがとうございます」
いつの間にか、道々を渡り歩いていたはずの風景は、どこか懐かしい街並みに変わっていた。
俺が通っていた小学校の傍。
小学校時代の友達の家もここらに多くて、学校帰りにはよく遊んだあたりだ。
「…………」
感傷に浸りかけた俺を引き戻したのは玄武さんの一言である。
「さて。道案内はここまでだな」
「!? み、見捨てないでくれますよね! 玄武さんは俺を放置して笑って置いてったりしないですよね‼」
逃してなるものかと彼の持つ刀にすがりつく。
「あー……光太? 刀持ってる奴に飛びつくの、危ねえぞ。鞘抜けて刺さるかもしれねえってのに」
「わ、わかってますけど! わかってるんですが!」
そもそも、通ってきた道順すら奇妙なのだ。けっこうぐるぐる回っていたのに、俺の家から割と直線距離なこの公園に辿り着くはずがない。
明らかに異世界だ。
「だって、リーネアさん、前に車で俺を置いてけぼりにして……滅茶苦茶怖かったんですよ‼」
「けっこうな不憫具合で」
玄武さんはため息をついて、刀の柄で公園を指し示す。
「絡んでた糸とか太鼓頭巾に配慮して少し“外れた”道を通ってただけ。ここは現実世界の通常領域だよ。もう通った道以外踏むな……なあんてしち面倒くさいことは言わないさ」
「……そうなんですか?」
「疑り深いな」
「人外の人たちからの説明が足りなくて勘違いしたことが多いんです」
「知り合いが非常識でごめんな……」
同情してくれている気配が伝わってきた。なんて優しいんだろう。
やがて、彼は表情を真剣なものにして俺と向き合う。
「あのな。幽霊だ妖怪だと小難しく言ったが、これはただの家出なんだよ」
「へ……?」
ぽりぽりと頬をかきながら、言い辛そうに。
「……『誰も自分を必要としていない』って拗ねてんだか『もういられない』って思い込んでるんだか知らねえが。『家を離れても自分は平気』だってのを確かめようとした。これが家出じゃなくてなんなんだ?」
「そんな……子どもみたいなことで?」
ばあちゃんがどれだけ心配してると思ってんだ。
「子どもじみてたとしても。本人にとっては重大な動機だった。佳奈子ってのは確かに幽霊で座敷童かもだが……それ以前に1人の女の子だろ」
「…………」
「考えたり悩んだりはいいことだ。でも、考えるべきことは間違えるなよ」
今回の事件は……なんだか、自分の単細胞っぷりが炙り出されるようで、関わってくれる皆様に対して非常にお恥ずかしい限りだ。
「お前が連れ戻そうとしてるのは誰だ? 座敷童か?」
「……幼馴染の佳奈子です」
俺に負けじと思い込みの強い、腐れ縁の幼馴染だ。
「自分で、探します。……わがまま言ってすみませんでした」
「子どもはわがまま言うもんだろ」
軽く挙げられた玄武さんの手に、自分の手を合わせて叩く。
「頑張ります」
「おう。頑張ってきな」
玄武さんが踵を返し――姿を消した。
「……」
まさに一瞬だ。
翰川先生のものとは理屈が違うのだろうが、やはり見慣れることはない。
「アーカイブって凄えなー……」
――*――
お祭りの太鼓は鳴らない。
でも、自分で言うのもなんだけど、私はかなりご機嫌だった。明日の花火大会がとても楽しみなのだ。
不安は1つだけ。
「先生。人ごみ大丈夫なんですか?」
パーソナルスペースの衝突に敏感なリーネア先生の振る舞いのみ。
「……こっちこそ、注意散漫なお前が心配だよ」
面倒くさそうに本を読んでいる。
「だって、銃乱射事件とか……」
「あんなの敵味方の区別のつかねえクソがやることだろ。どっから狙われんのかわかんねえ状況で、反撃とられるような真似するかよ」
さすが先生、着眼点が常人と違う。
「……ただ、人ごみは嫌いだから……ちょっと遠くから見晴らし良く見ようと思う。それでいいか?」
「はい」
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