ウラガワ進行中

 目覚めた紫織は遅い夕食をとっている。ピーマンを避けていたので追加した。

「みゃっ!?」

「口答えをするごとに足します」

「……」

 涙目でハムエッグを頬張っていても可哀そうだとは特に思わない。

 裕福な家庭に生まれたというのに好き嫌いがやたら多いし……豊かな食材を食べる機会があったのならありがたく食べろ。食べられる量しか出していない。

 虚弱体質はスペルの副作用のせいもあるが、その多くは運動不足と栄養不足のせいでもある。

「紫織。……口に合わんか?」

 料理を作った俺の娘:ルピネが眉をひそめて問う。

「あっ、いえ……その。野菜、苦手で……」

「そうか……済まない。私にもっと料理の腕があれば良かったのだが」

「ち、違っ……食べます。私がわがまましてるだけで……美味しいです。凄く、美味しいです。ほんとうに……」

 ルピネと俺とでリアクションが違うのが腹立たしい。

「……父上。苦手である事情も聞かずして恐怖政治はどうかと思う」

「3本食べているのなら、絶対に食べられないという訳でもないのでしょう?」

 紫織が肩を跳ねさせた。わかりやすい。

「安全な食糧を食べられるのは幸せなことです。生きていることの証明ですから」

 俺が元居た世界での戦時下を思えばこちらの世界は恵まれている。良いことだ。

「……」

「紫織。その皿に載っている分だけ頑張ってみないか」

「…………。はい」

 8年ぶりに動かす体がすぐに馴染むわけはないが、行使した魔術によって歪んでいた波長は元に戻ってきている。

 このまま平時に戻してやらなければならない。

「……」


 食べ終えた紫織は風呂に行っている。

 手のひらの上の現代機器に目を落とす。

 ひぞれの生徒の方は大丈夫だろうか。森山光太の勘があまりに鈍いから、あの子もやきもきしている。

 物置の壁に半分埋まった悪霊の方が問題だろうに、なぜ気づかないのか。

 問題なく暮らしているからには、ひぞれとリーネアはそれを見なかったことにして伝えていないだろう。

 一応指摘してやろうと思ったことはないでもないが、少し話しただけで『心を読まれる』と騒がしいし……何もなしに心が読めるのは魔眼の持ち主かそういう種族だけだ。

 プライバシーだとか煩いこちらの世界では、アーカイブについて習い出せばすぐ教わる。

 あの境遇なら仕方なくもある。

 森山光太はいろいろと匙加減が難しい子どもだ。

「ルピネ」

 紫織を風呂に送ってきた娘に視線を向ける。

「はい」

「明日、ひぞれの生徒のところに行ってほしい」

「わかりました。……お隣少女に進展でも?」

「予想通りに行方不明だ」

「…………。先に言っておいてあげればよかったのではないかな」

「いきなり言っても伝わらないだろう。口を出すなら助けの手も出すべきだ」

「少なくとも、行方不明にはならなかったろうに」

「あれくらいでなければどうにもならない。戻ったところでいつか終わるだけ」

 『お隣少女』が背負う“物語”はシンプルだ。日本に伝わる寓話の1つ。

 背負いきれていないから行方不明なのだが。

「ああいうのは、当事者がすべきことだろう」

「手助けはするんだな」

「俺が相手だとやたらとうるさいんだ」

「父上、緊張するのはわかるが……」

「いちいち黙らせるのも面倒なので、ルピネの方が話が速いと思う」

「初対面の若者相手に、普段の調子で喋るからそうなるのでは」

「うるさい。……頼む」

「もちろん」

 頷いてくれる優しさが嬉しい。

「苦労を掛ける」

「いいえ。光栄です」




  ――*――

 もう動けない。

 動いたら、戻れなくなる気がする。

 あたしは藍沢佳奈子。

 藍沢佳奈子のはず。

 ――そのはずだったもの。

「っ……コウ」

 返信が来た。

 でも空メールだ。

「……」

 スマホの充電がゆっくりと減り始めている。



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