3. 包装

物静かな人が大人しいとは限らない

 ばあちゃんは救急車で運ばれて行った。

 救急隊員の人には対応を褒められ、『貧血のようですが、年齢を鑑み、大事をとって検査しましょう』と言われたが、不安なものは不安だ。

(……どこほっつき歩いてんだあいつ……)

 孫である佳奈子からは、やはり意味の分からないメールが届く。

 今度は本文すらもない空メール。

「ふざけてんのかよ佳奈子……!」

 苛立ちながら自分の部屋に入ると、電話が鳴った。

 非通知表示だ。

「?」

 ――と思っていたら画面の人型シルエットが歪み、『シュレミア』の文字が現れた。

「……」

 軽くホラーだったが、相手は本物の魔法使いだ。ツッコミを入れるだけ無駄な人外。彼は生けるホラーだと思う。

 諦めて通話ボタンを押す。

『こんばんは。シュレミア・ローザライマです』

「あ……こんばんは。森山光太です」

 機械を通しても、玲瓏な声音は変わらず響く。

 そんな名前だったのか。

『帰宅したころだと思ったのですが、時間はありますか?』

「まあ、はい」

 実はどこかから見ているのかと疑いたくなるタイミングの電話にぞっとしつつ、応対する。一応、俺の恩人ではあるわけだし。

『では手短に。紫織は目ざめはしましたが、起きては寝てを繰り返しています。本来ならばすぐにでもあなたに謝罪させるべきなのですが、体力が落ちていて難しいかと』

「そんなに急いでないですよ。元気になったらちゃんと会って話したいとは思いますけど」

『そうですか』

「いや、俺への謝罪云々より、紫織ちゃん自身の体は大丈夫なんですか? 8年もずっと寝っ放しって……体力どころか筋力も落ちてるんじゃ?」

 結果的には俺に呪いをかけた張本人であり、彼女は代償として眠り続けていた。

『魔術は代償に設定されたもの以外は代償にできません。あなたが神秘に触れられなくなることと、紫織の八年間は等価値とみなされたのだと推測しています』

「……」

 物言いはよくわからないが、あくまでも時間が代償であって、紫織ちゃん自身の体力や成長が奪われたわけではないということか? 時間が停まったようなもので、

『その解釈で概ね正しいですよ』

 新発見だ。彼は電話越しでも心が読める。

『起きていられないのは寝続けたせいで調子を取り戻せていないだけ。体力が落ちているのはあの子の運動不足がたたっているだけ、です。甘やかすつもりはありません』

「そ、そうなんだ……あ、もし調子がいい日があったら呼んでください。お見舞いに行きますから」

『ありがとう。紫織に伝えておきます』

 ばあちゃんと佳奈子の件もあって、先ほどからそれなりに心がささくれ立っていたが、紫織ちゃんの無事な目覚めを聞いて安心した。

 そして、シュレミアさんが魔法使いであるということから、警察に頼りたがらないばあちゃんの思いを汲み取れないかと思った。


 警察が駄目なら、魔法ならいいんじゃないか?


『異種族が巷に多い近年では、警察にも魔法使いは居ますよ』

「ちょっとごめんなさいマジで怖いんでしばらく話聞いててもらっていいですか」

『しかしですね、あの……あなたが言いたいことはおおよそわかっているので……聞く意味が』

 この場面で言い淀むってなんなんだ。常識の発動が遅すぎるだろう。ストッパー仕事しろ。

「…………どうぞ」

『あなたの隣に住む人物が行方不明になっていて、保護者にあたる人物はなぜか警察に頼りたがらない。ならば魔法による捜索ではどうかと考えた。……以上です』

「はいそうですねー。そう思います!」

 ヤケクソで返事。

 人外って皆こんなんなのか!?

『解消できるようにしますね』

「ん?」

 日本語が少し変だ。

『あと、あなたは勘が鈍いそうなので。配慮としてヒントを』

「え、あの。何?」

『以前に言った通り、幽霊はスペルを軸に構成されていますが、他にもスペルで構成されるものは存在します。また、それらの維持には、適度な観測手の存在も重要です』

「……あのー……」

『最後になりますが……あなたはとても幸運ですよね』

「ハイ?」

『それに気づいていないのが残念です』

 ぶつっ。……つー、つー。

「…………」

 かけなおそうかと思ったが、話が通じる気がしなかったので諦める。

 代わりに、人外の知り合いの中で唯一話せる人に電話をかけた。

 3コールで相手が出る。

「こんばんは、先生」

『おお。こんばんはだぞ、光太』

 あー。先生可愛い。

 1日会ってないだけなのに寂しくなりそう。

「いま時間大丈夫ですかね?」

『うむ。家主たるアオイはお風呂に入っている』

 アオイさんがかつての生徒さんだろう。

 俺は顛末を軽く説明し、翰川先生に愚痴る。

「ってことがあったんだけど、シュレミアさんって何者?」

 彼女は弾んだ声で答えた。

『凄い人だよ。たった1人で戦争が出来る天才だ』

「……先生とリーネアさんを足して2で割ったような性質か……?」

『リーネアはともかく、僕など彼の足元にも及ばない。いろんな意味で。僕は国を相手取れる気はしないしな! ……ちなみに、リーネアとはまた違う異世界からの出身だぞ』

「でしょうねー。種族は?」

『本人に聞け。電話じゃなくて、直に会った時にな』

「……はい」

 苦笑するような気配がにじんだのがわかり、反省する。

 しばらく化学の計算問題について質問しているうちに、ふと思い出して問う。

「あ……その。先生に聞いても仕方ないんだけど。俺の隣に佳奈子っていうやつがいて」

『佳奈子。ほう』

「そいつが帰ってこないんですよ。……心当たりなんてないですよね」

『ふむ。名字は?』

「へ? いや、藍沢っていって……管理人のばあちゃんとおんなじです」

 人当たりの良い先生は、俺の家に滞在することが決まったその日に挨拶しに行っていた。

『そうか。メールを送るよ』

「?」

 小さな電子音とともに、俺のスマホにメールが着信した。


『お騒がせ男3の5森山が、謎の美女と仲睦まじく同棲!?』なるタイトルの学内記事リンクを直貼りで。


「…………」

『僕の趣味は、あちこちのプライベートサーバを覗くことなんだが。その佳奈子とやらがいじった形跡の記事がそれだ。昨日の夕方更新かな?』

「んな趣味捨てろ犯罪者」

 画像は、さすがの先生も瞬間移動し続けるのは危ないと言うので、俺が先生の車椅子を押してスーパーに買い出しに行っている場面であった。

 確かに仲睦まじく見えないこともないし、見るからに血縁関係のない男女で買い物となれば、同棲という状況が想像されるかもしれない。

(っつーかあいつ、どこで何やってんだ!?)

 買い出しは3日前。佳奈子の姿は見ていない。

 明らかに隠し撮りだ。

 ……いや、先生は気付いてたかもしれないけど。

『写真を撮られていたらわかるよ』

「っ?」

『僕は、周囲の電子機器の動作を感知できる。絶対に気付く。……その写真は魔法のかかった物品で撮影されているようだな』

「これはあれか、読まれることを諦めた方がいい感じなのか……」

『? できないよ。シェルでもあるまいし』

「あの人やっぱり心読めんの?」

『心を読めるのは彼の姉だ』

 彼女のフォローはいつも斜め上だ。

『彼は会話の展開を読んでいるんだよ。緊張したらそうなってしまう』

「論理がおかしいなって思います」

『知能が高すぎてなあ……わざとではないんだが』

「先生より頭いいってこと?」

『うん』

「…………」

『ひとつ言っておくと、キミを見縊みくびってなどいないよ。むしろキミに敬意を払っている』

「意味わかんねーっす」

『……まあ、電話口で……しかもシェルの許可もなしに話すことではないな。また今度だ』

「……はい」

 年長者相手に愚痴ったままでもいられない。

 見えはしないだろうが姿勢を正す。

「先生はどうだった?」

『うむ。事件は解決だ! ……ということで、明日にはキミのところに戻る』

「早いなあ。楽しかったですか?」

『とても! アオイは新婚でな。夫が出張で寂しいのと、いないうちにはしゃぎたいという気持ちとで僕に依頼したらしい。可愛らしい教え子だ』

「おお、めでたいですね」

 アオイさんも可愛い人なんだなあ。

『ああ。もちろん、大学の安全のため、事件解決にかける想いも本物だったぞ』

「感情ってそういうもんすよね」

 どんな人でも、行動するからにはいろんな感情が入り混じるものだ。

『そうだな』

 先生は、大学に不法侵入しかけた話や、あちこち探検した話を嬉しそうに喋る。

(……やっぱ犯罪スレスレなんだな)

『仙人とも出会ったんだぞ!』

「へえ、仙人。異種族?」

『わからん。しかし、いち研究者としては燃える展開だ。彼が異種族なのか。それとも、波長を抑え込めるアーカイブ巧者なのか……』

 波長?

『あ、波長というのはだな。誰もが放っている意志の力の波だ。アーカイブを持つ持たないにかかわらず無意識に出ている』

「俺も?」

『キミからもかなり弱弱しい波長が出ているよ』

 どうリアクションしたらいいんだ。意志薄弱ということ?

『強いアーカイブの持ち主だと、その波形は特徴的なものとして感知できる。パスポート確認の際の本人判別などにも使われているぞ』

「……先生は感じ取れるの?」

『うん。……と言いたいんだが、僕は人工生命だから種族的な直感はないに等しいし……コードも感知能力が高いわけではない。よほど特徴的じゃないと難しいかな』

「万能ってわけでもないんすね」

『僕が万能など、過大評価もいいところだ』

 アホな生徒の発言に、淡く苦笑しているのが透けて見えてくる気がした。

 俺も照れくさくなって頬をかく。

「いやあ……いろいろ楽しそうですね。冒険」

『楽しいさ。キミも受験が終わったら冒険してみるといい』

「まだ考えられませんて」

 受験は2月の上旬だ。まだ半年くらいある。

『終わってみればあっという間だよ。時間なんてあるようでないものだ』

「……頑張ります」

 彼女のかつての境遇を思うとまさに金言だった。

 参考書でわからなかった箇所についてアドバイスをもらい、挨拶をしてから通話を切る。

 直後に佳奈子からのメールが着信する。

 慌てて開いたが、今度は空メールだった。

「…………」

 苛立ちを努めて抑えて返信する。

『いまどこだ? 言ってくれれば迎えに行くぞ』

 しばらく待ったが、それへの返信はなかった。

「……」

 電源を落として風呂場に向かう。

 なんか疲れたしシャワーでいいや。



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