辛い境遇で優しくされると感動するアレ

 起きたら、枕元に黒い刀のようなものがあった。


「……」

 柄、鍔、鞘。

 全体的に黒で統一され、ところどころが赤に彩られたそれは、シンプルでありながら力強い美しさがある。

 刀身は時代劇で見る刀よりも長い……気がする。

「…………」

 そうっと、鞘と柄を両手でそれぞれ抱え、鞘から刀を少しだけ引き抜く。

 ――素人でも切れ味の分かる輝きが見えた。

「……なるほど」

 再び、そうっと刀を差しこみ戻し、元々置いてあった台に慎重に置き直す。

 そして、スマホを掴んで電話をかけた。

 つながらない。

 かけ直す。

 つながらない。

「……」

 俺は番号を翰川先生に切り替えて、通話ボタンをタップした。

 今度は2コールほどで相手が出る。

『もしもし?』

「翰川先生。なんか、俺の枕元にね。刀があるんだけど」

『刀? 色と形状は?』

 彼女は驚きもせず問い返してきた。

 嫌な予感が当たって気分が沈む。

「……鞘とかは全体的に黒で、ところどころ赤い。あと、なんか長い気がする」

『なんだ、玄武か』

「玄武?」

『その刀の名前だよ。……シェルだな。キミの相談を受けて置いていったんだろう。対応が早い』

「どういう発想で一般人の家に刀を放置するんだよ」

『彼は恥ずかしがり屋でな。何も言わずにさりげない気遣いをするんだ』

「さりげなさはどこに? つかこれどうしたらいいの? なんか許可証とか持ってないと、家に置いてても銃刀法違反になるんじゃなかったっけ!?」

『リーネアを知っているのに、いまさら気にするのか?』

「あの人証拠何もないじゃんかよ俺はいまも丸出しなんだよ‼」

 リーネアさんはパターンなる能力で武器を虚空に隠しこめるが、常人の俺にそんな便利な機能はない。

 電話口で喚いていると、翰川先生がため息をつく気配がした。誰のせいだと思ってんだ。あんたの友達だろ。

『僕にじゃなくてシェルに電話すればいいだろうにな』

「電話繋がらなかったんだよ!」

『そうか。電波が悪いところにでもいるんだろう』

「神秘満ち満ちて圏外が消えたとさえ言われるこの地球上で、どこに電波が悪いところがあるのか教えてもらえませんか?」

『じゃあ電源を切っているか着信拒否かな?』

「この状況で着拒とか悪魔?」

 俺が何をしたって言うんだ。

 刀好きなマニアならば垂涎ものかもしれないが、俺はそういった趣味もなく、むしろ家に凶器になりうる刃物があることで恐怖している。

 そもそも、魔法が専門だと言うシュレミアさんが置いていく刀など恐ろしい。

 ひとりでに飛び上がって人を切る妖刀。刀から声が聞こえていつの間にか魅入られ操られる、人斬りの魂が宿った呪われし刀。

 空想は枚挙にいとまがない。

『彼は恥ずかしがり屋さんだからなあ』

「恥ずかしがり屋って言ってれば許されると思ってませんか……?」

 追及しても、どうせ俺がツッコミに回るだけだ。情報を得るために、刀についての質問を重ねる。

「……あの、この刀知ってるんだよな。どんな? 妖刀?」

『ん? 見ればわかるだろう。日本刀だよ』

「日本語って難しいなあ! 妖しい刀の方だよ‼」

 洋刀とはサーベルのことである。洋剣といった方がわかりやすいかもしれない。

 思わずつっこんだが、ボケでなく『西洋刀』と勘違いしたということは、彼女はこれを妖刀とはみなしていないということに気づいて安堵する。

『ははは、そちらの妖刀とは対極に位置する刀だぞ? 退魔……災いを祓うものだ。玄武の名を冠しているのだからな』

 玄武とは吉兆を顕す神の名前だ。

 ……そう思えば、確かに妖刀にふさわしい名ではない。

「縁起物ってこと?」

『さすがのシェルも、素人の家に呪いの物品は置かないよ。信頼しろ』

「信頼した結果がこれなんですけども、それについてはどうお考えでしょうか」

『それはだな……ん。アオイ、そこは状態の方じゃなくて……済まない、光太。またあとでかけ直す』

 ぶちっ。

「見捨てないで先生‼」

 教え子さんといちゃいちゃするのもいいが、冤罪の危機に瀕している俺にも助けをくれ。

「……」

 俺の眠る布団の枕元に、サンタクロースからのプレゼントのように置かれた刀。

 そのままにしていても怖いので、慎重に持ち上げて物置へと運んだ。

 夏だというのに涼しいこの部屋なら、よく知らんが暑さで刀が痛むこともないだろう!

「ふー……」

 冷房要らずだ。しばし涼む。

 ……佳奈子からのメールは途切れた。電話をかけてみても不発。

「どこいるんだよ……」

 ばあちゃんの容体は病院から知らされたが、あまり良くないらしい。

 俺が貧血だと思っていた症状は、詳しく検査してみれば、元々持っていた病気のサインであると。それは再発と寛解を繰り返しながら一生の付き合いを強いられるもので、完治するような病気ではないのだと言われた。

 聞いたこともなかった。

 14年もの付き合いがあったのに。

「…………」

 その理由もわかっている。

 軽く治療法を説明してくれたときに、アーカイブという言葉が入っていたからだ。昔の俺ならば昏倒していただろう。

 だが、こうも思ってしまう。

(俺は、肝心な時に蚊帳の外なんだよなあ……)

 卑屈だと分かっていても考えてしまう。

 こんなんだから、俺はいつまでも――


 ぴーん、ぽーん……


 ささやかな電子音が鳴り、思考の世界から現実に引き戻される。

「誰だ……?」

 まさか翰川先生?

「…………」

 物置の立て付けの悪い引き戸を開けて、インターホンを見に行く。

 応答ボタンを押す前にモニターを覗くと――緑がかった銀髪の美女が紙袋を手提げにして立っていた。

 青すぎて不安になる瞳と生物感のない美貌からして、シュレミアさんと血縁なのは明白である。

「おう……?」

 ボタンを押す。

「あの、何か御用ですか?」

『シュレミアから言われてここに来た。……謝罪もしたい』

「……」

 異種族の人は、全員が全員非常識なのかと思っていた。

 それが、インターホンをきちんと押して謝罪をするとは!

 あまりの感動で涙が出てくる。よくよく考えたら小学生でも出来ることだけど、凄い嬉しい!

「っく……い、今開けますね!」

 玄関に駆けだし、サンダルをつっかけてドアを開ける。

 暑い中待たせてしまったというのに、女性は気分を害した様子もなく――というか汗一つかかずに――優美に笑って会釈した。

「ルピネ・ローザライマという。初めまして」

 雰囲気は、なんというか……武士のようだ。

 翰川先生よりも口調が固く、さらに淡々として喋っている。

「……初めまして。森山光太です」

 年頃は20代前半に見えるが、異種族であるならば実年齢は違うかもしれない。

「不躾な訪問を快く迎え入れて下さり、感謝する」

「あ、はい……」

 彼女はぴしりと頭を下げてから、ふっと上げる。

 芯の通ったお辞儀だった。

「あなたが与えられたであろう恐怖には、到底釣り合わないかもしれないが……せめてものお詫びとしてこちらを」

「どうも。……おお、どら焼きだ」

 差し出された紙袋の中には、有名和菓子店のどら焼きが入っている。

「もし苦手ならば、洋菓子も用意できるが」

「いえいえ! 俺、あんこ大好きなんで。嬉しいですよ」

「それは良かった」

「あの、それでですね。……刀、持って行ってもらえたらなと」

「そのつもりで来た。上がらせて頂いても?」

「! ……はい」

 これまでの人外は、全員が全員、許しなく家に入り込んできた面子ばかりだ。

 感動に打ち震えつつ、ルピネさんを家に招き入れる。

「ちょっと散らかってますけど……座布団どうぞ」

 勉強道具を軽くまとめて端に寄せ、せんべいになっていない座布団を勧める。

「お気遣いに感謝する」

「いまお茶出します。麦茶でもいいですか?」

「ありがたい」

 作り置きしている麦茶をグラスに入れ、氷を投入。

 どら焼きとともに盆に載せて持っていくと、ルピネさんが会釈する。

「ひとり暮らしをなされていると聞いたが……こうして家に入れて頂くとあなたの努力がよく見える」

「そ、そうすかね……」

「若者が謙遜をするな。私の弟妹にも見習わせたいくらいだ」

「ていまい……ああ、弟と妹。ご兄弟が居るんですか」

 改めて彼女の顔を見ると、シュレミアさんにどことなく似ている。

「ええと……ってことは、シュレミアさんの……お姉さん? ローザライマって名前もおんなじですよね」

 彼女は目を見開いてから、淡く苦笑する。


「…………。シュレミアは私の父だ」

「  」


 傍から見れば、俺は埴輪のような顔をしていたに違いない。

「ちなみに私は8人兄弟でもある」

「……ほげ?」

 え?

 あの見た目で、8児の父?

 処理落ちした俺の前で、ルピネさんは夏用コートの袖を軽く打ち払って立ち上がる。その仕草はまさしくシュレミアさんとそっくりだった。

「しかしまあ、こうしていても仕方のないことだ。あなたの言う刀を回収しよう」

「ええ、ええええ……」

 ルピネさんは足音もなくフローリングを歩いていく。

 歩きなれた俺でも、歩くとキシキシいうのだが……

「……いま魔法使ってます?」

「? 人様の家で許可もなしに隠蔽魔法など使わないよ」

「…………ルピネさんってめっちゃいい人ですね」

「……なんだか、お前からは可哀そうな人の気配がするな……」

 何やら言いながら、刀の置いてある物置の扉を開けた。


 袴姿の青年があぐらをかいてこちらを見ている。


 ガララ、バンっ!

 咄嗟に引き戸を勢いよく閉めた。

「おや」

 鷹揚に頷いたルピネさんが俺に微笑みかける。

「ああいうのを見たことは?」

「あるわけ‼」

「だろうな。……父が済まない」

 青年の傍らには昨夜の刀が転がっていた。刀の化身というわけではないらしい。

「間違い探ししろって言っても難しいよなあ」

 扉が開き、青年が口を開く。

「喋った!? 扉開けた!?」

「そりゃあ、手足も口もついてんだから…………って、おい待てまじか。説明ゼロで俺を放置したのかあの人」

 刀の人は刀の人で困っているようで、頭を抱えていた。

 対し、ルピネさんは平然としたまま刀の人に話しかける。

「らしい。玄武も済まないな」

「……シェルさんは?」

 青年はこきりと首を鳴らして、ルピネさんに視線を返す。

「教導役として教え子にかかりきりだ。手っ取り早くお前に頼んだのだと思う」

「手っ取り早いがよ……当事者の混乱とか考え……いや、混乱込みで動きわかってるんだったっけ?」

「今回の件で不満を訴えたとて、『その方が速いでしょう?』と不思議そうに返してくることだろうな」

「……」

 俺は頭を抱えていたが、2人の会話は続く。

「して、何か気づいたことはあったか?」

「ああ。……しっかし、そこのガキんちょに教えていいもんかねえ?」

「教えねば、お前がここに置かれた役目はどうなる」

「はいはい」

 頭を抱えて身を屈めていたところからすっくと立ちあがり、俺の元に音もなく歩み寄る。

 気付いたら目の前にいた。

「うぉっ!?」

「そんなに驚くなよ」

「武道に慣れぬ少年をからかうな、玄武」

「わかってるよ。癖だ、癖」

 ひらひらと手を振る仕草もどことなく風流だ。

「悪いが、茶の間使わせてくれねえか? あの部屋は涼しくていいが、ちょいとなあ」

「あー、すんません。座布団もないですしね」

「…………。うん、そうだな!」

 微妙な沈黙は気になったが、佳奈子捜索の手だてをくれるというのなら、2人とも大切な客人である。

「じゃあ、茶の間戻りましょう」

「ああ」

 やはり2人とも足音がない。頑張って足音を消そうとしたら無理だった。

 そこはかとなく恥ずかしくなりつつ、座布団をテーブル周りに置きなおし、2人に着席を促した。

 刀の人は座布団にどっかとあぐらをかいた。粗雑な動作に見えても、舞台の一幕を飾れそうな気品がある。

 役者さん?

「自己紹介が遅れて悪ぃな。俺は玄武」

「刀の名前とおんなじなんですね」

「まあな。神様の真似事が出来るってんで、お前の家に放置された刀に宿ってるあやかしだよ」

「……あやかし……?」

「んー。生まれてすぐに心の臓貫かれて、刀と魂が同化しただけの半人半妖ってなあ。だから、本物の神様じゃねえんだわ」

「……」

「祀られたことはあったが、退屈でいけねえや」

 想像以上の肩書だった。

「気軽に聞いてすみません……」

「はっは、気軽に答えちまった俺もどうよってか。気にしないでいいぜ」

 俺の背を叩いて笑う青年は、江戸っ子のような気質をしているらしい。

「……森山光太です。初めまして」

「初めまして」

 挨拶を終えたところで、本題に入る。

「本題を告げるのと順番にやるのとでは、お前の経験において大きな違いがある」

「……はあ……」

 俺の経験云々より、早くしてほしいと思ってしまう。

「まあ、必要なことだよ。焦っても事態が改善するわけではない」

 ルピネさんが言うと、玄武さんが口を開く。

「順序を大切にするんなら、俺からだな。……いいか?」

「へ?」

「お前さんの幼馴染は今すぐ消えるわけじゃない。そこは保証する。でも、お前は考えるべきだ」

「…………」

 人外の人たちは、それを俺にいつも促してくる。

「……お願いします」

 2人が頷いた。


 今度こそ本題に入る。

「俺は、人の縁ってやつが見える」

「縁結びとかの」

「そうそう。そいつだ。赤に黒に白に……まあいろんな色して見えやがる。何も縁ってのは人と人だけじゃあねえ。人と異種族、人と動物……人とモノってのもあるんだ」

 なかなかカラフルな光景だ。

「俺はそれの扱いに特化してると思ってくれ」

「はあ……」

「シェルさんもそういったもんが見えなくもないんだが。あの人は気質のせいか鈍くてなあ。代わりに俺が置いてかれたってわけよ」

「……」

 気質というより、人外だからでは?

「お前さんがお友達探してほしいって言うもんだから、その縁の糸を俺がたどれば見つかるんじゃないかとな」

「ほんとに、見つかりますか?」

「気が早ぇ」

 玄武さんは、かんらかんらと豪放磊落に笑う。

「色の意味は多すぎて教えてらんねえから省くぜ? ……お前さんの糸はちょいと奇妙だ。色に関わらず、お前さん側に結ばれた方は強いのに、相手さん側に結ばれる方は頼りねえ」

「……よくわからないなりに傷つきました」

 先ほど蚊帳の外の気分を味わったばかりだからか、物凄く傷ついた。

「悪い悪い。わざと言ってるんじゃあねえんだ。ひーちゃん……ひぞれから聞いたがよ。お前さん、妙な呪い背負ってたろ?」

 ひーちゃんって呼び名可愛いなあ。

「そのせいで、神秘の極致ともいえる、縁なんて曖昧なもんが薄まってんだ。別段お前さんの情が薄いとか、周りの奴らが遠巻きにしてるとかでもないさ」

「そ……そうなんですか?」

「おうよ。これからきちんと人付き合いしていけば治るから、なーんにも心配いらないぜ」

「……っう、うぇっ……」

「⁉ ど、どうした! 何いきなり泣いてるんだよ!」

 玄武さんが心配そうに俺を見てくるが、さらに感極まってしまう。

 人外の皆様と言えば、口を開けば正論による暴力をふるうし塩対応をしてくるし着信拒否をするしと散々な扱いだったのに、ルピネさんと玄武さんは俺を普通に気遣ってくれる。

「違うんです……異種族の人に優しい対応してもらったことなくて……なんか、よくわかんないけど泣けてきました……」

 涙が止まらない。

「……知り合った面子のせいか?」

「私でも渦中にはご遠慮願いたいな」

 そのうちの1人、あなたのお父さんなんですが。


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