第17話 地雷発掘


「ねえ、貴方。ちょっと話があるのだけど」


 さっと分かれていく生徒達。その間を抜けた先にその人物はいた。群がる彼女達がいなくなったおかげで眼前はすっかり見晴らしが良い。


――どんな子だろう。初っ端から嫌われるわけにはいかないよな。


 出来る限り愛想よく、自身の中では最大とも言える笑顔を作った。いよいよ待ちに待ったご対面の瞬間である。


「時間を貰ってもいいかし――……」

「話とは珍しいな、森田」


――うん?


 それは男子生徒だった。透き通るような銀色の髪にスラっとした背格好、顔も整っている。

 女子じゃなかったのか。少しだけ意外だった。クラスで女子とばかり接していたから、無意識に今度も女子だと思っていたのだ。なんて安易な考えだろう。

 気を取り直して、僕は改めて相手の姿を眺めた。


じーっ


 なんだろう、この違和感。全体的にキラキラしているような。髪が銀色だからとか顔が良いからとか、そんな物理的な理由だけじゃなく。うーん。


「どうしたんだ?」


 当然だが不審がられた。お世辞にも優しい顔とは言えないこの僕が凝視しているんだ。睨んでいると思われても仕方ないだろう。でも気になるんだから仕方ない。


「まさか俺に惚れたワケでは無いだろ?」


――いやいや、違……はぁ!?


 突然、想定外の一言が男の口からもたらされた。


「は、い?」


 当然思考を中止した僕は、恐る恐る聞き直した。

 今、聞き間違いじゃなかったら「僕がコイツに惚れた」とか言わなかったか。えっ、なんでこの一瞬でその発想に至った? 何? 病気なの?


「遂に森田も俺の魅力を理解したようだな」

「は」


 きどったような頬杖。上目遣いの腹立つ笑い。コイツは駄目だ。たぶんろくな奴じゃない。直感だけど。どうする、とりあえず殴っておけばいいか?

 気を抜くとうっかり暴言を吐きそうだったので、慌てて口元を押さえた。


――で、コイツの正体は、っと。


【ヴァレッド ジョブ:学園の王子様】


――ほらな、やっぱりろくな奴じゃない。違和感の正体はこれだったんだろう。


 このゲームに悪気は無いが、学園の王子様をジョブとして掲げるゲームがどこにあるよ。悪役令嬢も大概だけど、学園の王子様って。

 久々にこの世界のシステムにツッコミを入れたくなった。


「何見てるんだ? 上?」


 僕がそんな事を考えているとは微塵も思わないであろうヴァレッドは、僕同様、顔を上に向けた。


――ま、何も見えないだろうけどね。


 その姿を黙って眺める。

 彼らこのゲームの住人からはステータス板が見えないようになっているらしい。こんなものが常に見えていたらプライバシーもクソもないからな。

 ヴァレッドは何も無いであろうその空間を見上げ、首を捻らせていた。


――安心しろ。これで何か見えるなら、僕らの同胞か、頭がおかしいかのどっちかだ。


「ふむ、分かったぞ」

「え」


――分かったの? 本当に? まさか僕達と同じ、別世界から来た……


「俺と目を合わせるのが恥ずかしいんだな」


――なるほど、頭のおかしいやつの方だったか。


 僕の心の扉がピタリと閉ざされた。


「心配するな、そんなお前も可愛いってことにしといてやる」


 うっっっっっっっっっっっっっっっっわ。

 こんなに寒気を感じたのは、小学四年生の頃に風邪で38℃の熱が出た時以来だ。今すぐ医者を呼べ。そして出来れば、僕よりもまず、この男の治療を急いでくれ。


「……」


 開いた口が塞がらないとはこんな状況を言うのだろう。適切な返しが浮かばない。気を抜いたらやっぱり純粋に暴言を吐きそうだ。


「相変わらず面白い女だ」


――何も面白くありませんが!?


 全身に鳥肌が立った。

 しかもあろうことか、奴の手がスッとこちらに向けられているではないか。それが僕の長い黒髪にゆっくりと……いや、待て何するつもりだ!


――うわああああああああ!


「いっ……」

「い?」

「いーやいやいやいや、ストップ、待て、待ちっ、待ちなさい……ですわ!」


 ぼさっとしてる場合じゃなかった。今、コイツに何をされようとした?


「なんだ森田。恥ずかしがることなんて無……」

「そうじゃなくて! そうじゃなくて、私が言いたいのは!」


 自分の髪を撫でつけ、触れられていなかったことを確認しながら、僕は近くにいたティーナの後ろに隠れた。


「次のテストの話ですけれどっ……!」

「ああなんだ、そのことか」


 ヴァレッドはポンと手を叩いた。

 反応があっさりとしている? やはり何か他の生徒達とは違いそうだ。


「次のテストで不正を……」

「テストで勝負するんだって? 馬鹿だな。何故結果が分かっているものを行うんだ? 俺達が一位になる、それは揺るがない事実のはずなのに」


――なんて自信だ。しかもこの言い草、不正推奨派か。

 

 ヴァレッドの自信に満ち溢れた顔。その疑いの無い様子に、自分の目は細くなっていた。


――だからって簡単に引き下がる訳にはいかないんだよね。


「今回だけ」


 僕は言った。


「今回だけ『テストを不正無し』にして貰えないかしら。学園一優秀で素敵な貴方を見込んでお願いするわ」


 我ながらなんて無茶苦茶なお世辞だろう。慣れない事はするもんじゃない。鳥肌が立っている。


「ふーん、そうか」


――お、無理した甲斐があったか。


 その言葉と共に、男の切れ長の目がすうっと細められていく。品定めするように僕を見つめながら、先ほどの軽快な会話とはうってかわって、ひやりとした冷たい声が僕に届いた。


「どう思う? ティーナ、ミラ」

「……」


 どうしてここで二人に尋ねる必要があるのだろう。

 男の問いに名前を呼ばれた二人は無言になった。そして。


「「その話には協力することが出来ないわ」」


 耳に馴染みすぎたお決まりの返事。


「だそうだ」


 面白そうに首を傾げ、心無い笑顔を僕に向けた。


――そういうことか。


 確かにコイツは『魅了』されてはいない。それは僕の『例の提案』に対し、別の返答をしてきたことからも分かる。

 そして、今のやり取りから想定されるのは。


――コイツが元凶か。分かりましたよ、由宇さっ……


「……っ」


 振り返った時、僕には無数の目が向けられていた。目、目、目。

 いつの間にか、ティーナ達だけではなくクラスメートの大半が不気味に僕を見つめていた。

 頭上には『魅了』の文字。


「変だと思ったよ」


 ヴァレッドの気取った甘ったるい声が耳に響く。


「お前が俺に関わってくるなんて」

「……」

「しかも用件が『テストの不正を無し』にするなんて」


 鼻で笑った男はそう言うとゆっくりと立ちあがった。


「さっきも言ったがなぜそんな事をする? 俺が一番を他人に譲るわけないだろ。もしそれを邪魔するなら――」

「……!」


「お前もこっち側に来るか?」


 パチンと指が弾かれた。

 響く合図。まるで操られたかのように、じわりじわりとクラスメートが動き出す。ゆっくりゆっくり、まるでゾンビ映画ように。本人達の意思だとは思えない。じわりじわりと彼女達が僕に近づいてくる。

 気持ち悪い。ぬるくなった牛乳のように不快な感覚。


――このままじゃ僕は。


「やめ……」


 逃げ出そうと伸ばした手は何も掴むことが出来ない。むなしく空をきっている。周りが人で覆われていく。思考がゆっくりと浸食されていく。


――あれ……僕は、何を……しようとした? ……何のための……テスト、だっけ……


「はいはーい、そろそろ授業始めますよ~?」


 響き渡ったのは、扉が開く音とおっとりした声だった。

 僕はようやく顔をあげた。


――シオン先生!


 ふわりとしたロングスカートをなびかせながらゆっくりと教壇に現れたのは、このクラスの担任教師の姿だった。

 何気ない登場。けれど今の僕にとっては、その登場に救われたような気がした。

 事実、いつの間にか、自分を取り囲んでいたクラスメート達の姿もない。


「じゃあリリェルさん、みんなに教材を配ってもらえるかしら」

「はい、先生」


 いつものように先生の手伝いを始めるリリェル。シオン先生の後ろから小動物のように現れた彼女は手に抱えたプリントを丁寧に配り始めた。


――助かった。


 その状況に安堵しつつ、どさくさに紛れ自分の席へ避難しようと僕はヴァレッドに背を向けた。


「ああそうだ、森田」

「!」


 背後の声に心臓が跳ね上がる。


「テストのことだけどな」


 今その話はしないでくれ。

 リリェルがプリントを持って僕らの方へと近づいてくる。あまり余計な話は聞かれたくない。


「宣戦布告とはいえ、リリェルの方はちゃんと立場をわきまえているぞ。なあ?」


――なんだって?


 目の前にやって来た彼女に向かい、ヴァレッドは涼しい顔で問いかけた。


「森田が『不正無しでテスト』をしたいんだそうだが、どう思う?」

「私は……」


――おい、やめろ。


 嫌な予感がする。とてもとても。嫌な。


「ごめんなさい。私はその話に協力することは出来ません」

「だそうだ」 


「…………」


 不敵な笑顔のヴァレッドを前に、僕は何も言い返すことが出来なかった。

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