第29話 「俺の軍隊」

巨大な大木のような人間、タイタンのベロキファラオスの前で腕を組んだまま仁王立ちしたまままの俺はただ呆然と目の前に軍勢が形成されるのをただ見ていることしか出来なかった。


巨大なアリ塚から出てきた亜人の群れ、マグマ地帯からやってきたゴブリンの群れ、地面の割れ目から湧き出てきたモンスターの群れ。その全てがベロキファラオスのように俺に忠誠のポーズ?をとっているのだ。


「ストン様、参上するのが遅れてしまい申し訳ございません。私はマスターガードリーダーを任せられました炎人のサフォイアスと申します。マスターガードを代表して御身に忠誠を誓います」


俺の前に整列した軍勢で最初に名を名乗ったのは左端にいた部隊だった。その部隊はこの軍勢の中では少数しかいないが、オーラが違う。最初に発言をしたあたりから最も格が高い部隊なのかもしれない。


マスターガード。


以前メイドからも緊急時には呼ぶようにと言っていた気がする。


全身青色の鎧を着ており、白銀のマントが目立つ。頭にはカブトムシの角に似た兜を装着している。兜の隙間から垣間見える顔を見ると、日に焼けたような茶色の肌をしていた。人間のきれいな男の顔立ちだが、彼らは炎人という亜人のようだ。体格は人間より一回り大きいな。2メートル以上はあるだろう。


「終わったかい? お偉いさんや.... おう 終わったのか じゃあ次は俺の部隊から行きまっせ! タンク部隊の隊長、そしてオークであるボラウスだ タンク代表としてストン様に忠誠を誓うぞ!! お前らいいか!?」


「「「おおおおお!!」」」


次は威勢のいい部隊だな...。


隊長と部隊の掛け合いがいいな。俺は体育会系ではなかったので少し憧れる。


オークか...。


この部隊は数が多い。パッと見1000以上、タンクの役目を果たすには十分過ぎる人数だ。ってなんで家に軍隊らしい部隊がいるのかと早く聞きたいのだが今はそれどころではない。


緑色の皮膚に鋭い牙を持ち、豚のような鼻をした亜人。鉄のような灰色の鎧を装着し、片手には斧を持っている。体格は炎人よりも多少大きいな。


この中にいると人間の中では高身長なストンの俺でさえ、チビになってしまう。


普通オークって敵にいる奴じゃないのか?


「全く相変わらずボラウスは無礼だ....失礼致しましたストン様。私はアサシン部隊隊長、ビヌと申します。私も他の部隊同様、隊を代表してストン様に忠誠を誓います」


この部隊はアサシン...らしい。


目元までフードを被り、口と鼻を布で覆っているため素顔は見えないので彼らが人間か亜人であるかも確認できなかった。


暗殺専門部隊ということではないか! 情報収拾などもするかもしれないが、間違いなく殺しをする部隊だ。


決定だ。


やはり他のタンク部隊もそうだが、俺の前にいるのは殺しを行う集団だ。


俺の生易しい感情は彼らが殺しの集団でないということに希望を抱いていた。確かに武器や兵隊はカッコいい。俺の前にいる集団も見た目は男心を擽るカッコいい衣装を着ている。


しかし、それは映画やゲーム、アニメなどの娯楽の中での話に過ぎない。実際に殺しを行う組織が身近にいるとどうだろう? 恐怖だけで済むだろうか? しかも俺はなんとなく察したがこの組織のリーダー的存在ぽいのだ。他人の死に責任など取れるはずがなかろう!


ストン・ヴィラフィールド。ただの亜人サーカスを成功に導いた人間だと思っていたが、先日の王城での妻を賭けた件といい地下の軍勢といい一体何者なのだろうか?


今も目の前で次々と部隊が俺に忠誠を誓うために名乗っているが、一番知りたいのは俺、岸庄助が乗り移った『俺』の存在だ。それは『俺』以外に語ってくれるはずがない。


どうしたものか...。


心臓から食道を通り、込み上げてきそうになった不安、恐怖を無理やり飲み込む。


うっ...。


「僕は執行人のエグゼキューターです。おっ...御身に忠誠を誓います」


自信なさげに自己紹介をしたのは身長これまた2メートル越えの屈強な男であり、全身革製のローブを着ていた。フードを被った顔を見ると、


顔が無かった。


正確には口以外が無いのだ。目と鼻にあたる部分には上から別の皮膚で縫われたような形跡が見受けられる。


執行人とは死刑執行人のことのようだ。片手に握られた自身の身長の半分ほどはあるサイズのギロチン包丁が俺の恐怖心を煽った。


「ヨウス。今の流れ聞いてなかったのか? 名前も名乗れよ」


「あっ! ごめん メイズホーン」


「ヨウス。それはストン様に言うべきだと思うがね...まあいい。ストン様。私は拷問官を任せられましたミノタウロスのメイズホーンと申します。ストン様に永遠の忠誠を誓います」


牛の頭をした巨人。タイタンよりは流石に小さいがそれでも6メートルほどのある巨体は軍勢の中でも破格の大きさを誇っている。


拷問官...。


しんどっ。


「それでは次は私ね。射撃部隊隊長、ダークエルフのクゥビャと申します。私もストン様に隊を代表して忠誠を誓いますわ」


真っ白な髪に茶色の肌、そして特徴的な尖った耳の持ち主であるダークエルフ。隊のリーダーはここでは珍しく女性が務めていた。レッドサーカス団でもパフォーマーのエルフ達は全員が女性だった。


エルフは女性の方が社会的に強い地位を築いているのかな?


「鍛冶代表ゴブリンのアアアア...。御身に忠誠を誓う」


ん?なんて言った?ゴブリン達は何を喋っているのか聞き取りにくいな。


「アアアア。あんたはもう少し言葉を勉強するべきだと思うわ。鍛冶といってもマグマのところで鉄を打ってるだけじゃない」


「クゥビャ。お前の...名前の方が言いにくい。黙れ」


「ゴブリンのくせに生意気よ」


「ババアが....言ってろ」


「撃ち抜いてあげようか?」


「やってみろ....ゴブリンの盾を...貫けるならな」


クゥビャとアアアアは些細なことでいい争い始めた。


ゴブリンは頭があまりよろしくないみたいだな...。


クゥビャはまあ発音しにくいのも事実だ。


「お前らストン様の御前だぞ 慎め!」


ミノタウロスのメイズホーンの一喝でなんとかその場が静まった。


これで亜人部隊の隊長の名前は一通り把握したな。俺はアイコン上でのメモを忘れずに記しておいた。特徴的な種族が多いから顔は忘れないだろう。だが、名前というのはどうも一回で覚えられるものではない。関係を築きあげなければただの教科書に出てくる偉人の名前を覚える作業と変わらない。


「ストン様。これで忠誠を誓う各部隊代表の紹介は終わりました。後ろにいるモンスター達は喋ることができないので、参上した事実を忠誠とお受け取り下さいませ」


炎人のサフォイアスだった。


確かにモンスターは仕方がないな。


ただクジラに足が生えたようなモンスターや恐竜のティラノサウルスに似たモンスターは特に気になる。


今度機会があったらモンスターについて調べてみよう。


それより今は喉まで出かかっていた最大の疑問を今は解消すべきだ。このまま水に流せるほどの案件でも無いし。モヤモヤしたまま異世界ライフを満喫できない。


俺は一度、肺に溜まっていた空気を全て吐き出してから新鮮な空気を一気に取り込んだ後、意を決して聞いてみることにした。


「了解した。お前達の忠誠を受け取ろう。....そこでだ。俺とお前達の間での感覚の差を埋めるために問いたい。お前達は何をする者達だ?」


サフォイアスを初めとし、軍勢に多少のざわめきが起こった。忠誠を誓った主人に存在意義を聞かれたら当然の反応なのかもしれない。


「我々はストン様の盾であり、剣でもあります。どんなご命令でも実行する軍隊であります」


「殺しもか?」


「当然です」


即答だ。むしろ殺しが本業という感じがするが...。


「なるほど...だが俺はしばらく殺しはする気がない。それでもお前達は忠誠を誓うか?」


「勿論でございます」


「殺し以外に存在意義はあると言って良いのだな?」


「はい ストン様のご命令のままに」


少し安心した。殺し以外に我々には出来ることがないので忠誠を捧げることはできませんとか言われたらやばい者を敵に回すことになっていた。異世界に俺はいるとしても使える魔法などないのでただの人間だ。今は周りのみんながいるから特に俺がすることはないのだがいずれ魔法を俺が使わなくてなならない局面が来るかもしれない。


その時までにこっそり魔法を使えるようにしておかないとな...。


「了解した。それでは俺はこれからやることがあるので戻るとしよう。異論は?」


「ございません」


「そうか ではまたな ベロキファラオス頼めるか?」


「勿論です」


タイタンの手に乗った俺は地下の軍勢を後にし、とりあえず上に戻ることにした。


ちょっと考えさせてくれ。頭の整理がつかん!


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