第25話 「岸庄助の作戦会議」

バベルタワー、31ブロック。


このブロックにレッドサーカス団の事務所兼楽屋...まあ他にも倉庫などあるのだが...事務所と団員達が呼ぶので事務所ということにしておこう....がある。


今、ここに舞台でパフォーマンスをする全団員、65名に加えヴィンセントがいる技術担当スタッフの代表10名、ジムススがいるスタイリスト代表の4名、運営スタッフ代表6名の計85名が集まっていた。


内装に見覚えがあるなと思ったが、ここは俺が初めてこちらの世界に意識が移った時にいたあの貴賓室のような楽屋がある場所だった。


事務所の会議室にあたる部屋も楽屋に負けず豪華な造りをしており、85名ものスタッフが座れるほどの長テーブルが置かれていて、天井にはダイヤのシャンデリアがある。まるで会社の重役会議のようだ。


会議の進行は勿論、司会のアークティックだ。


彼がいることで85名ものスタッフがいても会議が泥沼化することなく、スムーズに進行ができている。


テーブルの上座に座っている俺はこの様子を見て、流石の腕前と賞賛したいところなのだが...


何しろそのアークティック自身に熱が入ってしまっているのだ。


今回の議題は


『劇団マインドセッションについて』


故に先日のマインドセッション楽屋訪問の件からアークティックは怒り心頭だ。


「ですから...我々はマインドセッションに観客を取られてしまわないように新たな策を練らねばならないのです!新参者には負けられません」


「確かにアークティックさんの意見には共感できる。だが、感情論では何事も解決しない。何かいい案でもあるのですか?レッドサーカス団がサーカス以外の事に手を出すと?」


アークティックに意見をしたのは運営代表の一人....えーっと名前が...。


俺は視界の左上に表示されていたアイコンを見た。


『運営スタッフ:ドルケン 男 マルチセンス』


運営スタッフ代表のドルケンという男の亜人らしい。見た目はただのメガネをかけた真面目なサラリーマンにしか見えないのだが、マルチセンスという種族の亜人みたいだ。人狼のユニティのように普段は人間の姿をしているが、ある条件を満たすとその姿を変えることができる類の種族とも聞いている。


なぜ俺がこんなにも情報を知っているのか それは以前ヴィンセントから貰った名簿表と事務所においてあったスタッフ詳細書を拝借し、アイマスクのメモ欄に情報をインプットしておいたのだ。


このアイマスクはかなり便利だ。念じるだけで機能をいじることができる。『マジックアイテム』の類なのか魔法が使われているのは確実だろう。


「それを今ここで皆さんと議論しているのです。このままのパフォーマンスを続けるべきか、それとも新しいことをするかということを」


「私は新しいことを今からやるのには反対です。我々のパフォーマンスはお客様には支持されておりますし、それを変えてしまうとがっかりして折角掴んだファンがいなくなってしまう恐れがあります」


『パフォーマー:エリア 女 キャットマンと人間のハーフ』


「エリアの意見に私は賛成するわ 急にパフォーマンスを変えるのには時間がかかるし...誇りを失いたくない」


『パフォーマー:アメロン 女 エルフ』


「うむ...アメロンの意見も分かる。だが、娯楽解放令が施行されたのだ。悠長にしている場合ではないじゃろ。少しずつパフォーマンスの内容を変化させていくのじゃ。そのアウレリアンが言ってたという観客に飽きられないためにな...」


『運営スタッフ:ジャナス・ヨルド 男 人間』


「ジャナスさん! 敵の肩を持つのですか! 我々は同じ事をやり続ければ良いのです 客はそれを我らに求めているっ!」


『パフォーマー:ヴォジキ 男 鬼』


「ヴォジキ、儂はそのようなことは言っておらん!世界は絶えず変化していくものだということだ」


「それでも不変のものは必要ですっ!」


徐々に会議が混乱し始めてきたな...。


ほとんどの者達が新しい事をやるのに抵抗があるようだ。それもわからなくはないのだが、サーカスという変わった仕事をやっているというのに安定を求めるとは意外だ。リスクはあるが挑戦はするべきだと思う。相手は既に挑戦し始めているのだから。だが、その前には準備が必要。


ここにはピエロのような予測不能な人物が必要か...。


赤の道化師。


「皆さん、落ち着いて 整理しましょう」


「それはアークティックの方だろう」


「ええ! そうですとも! 皆さんの所為でね」


「なんだと!?」


「ヴォジキさん少し黙って-------」


アークティックが話すのを止めると、その異変に気付いた全スタッフの目線がアークティックが見る先へと辿った。


そう、手を挙げている俺の元へと。


「ストン様。...どうぞ」


混乱し始めていた会議の場に静寂が走り、85名の視線が俺に集中した。


なんか緊張するではないか。俺も皆んなと同じく意見を言おうとしただけなのに...。


社長が会議中に意見をする時ってこんな感じなのか? 社長も楽ではないな。


「ええ....今皆んなの意見を聞いていると、レッドサーカス団が新しいことに挑戦するのには反対という意見が多かった。異論は?」


反論がない。


「なら多数決でこのままという流れになるが...それで本当にいいのか? 何故我々が今ここに集まっているのか...皆に多少なりとも不安があるからだろう。新たな娯楽提供組織の登場に」


俯きだした者や喉を鳴らした者、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる者など様々いるが、皆どこかしらに共感をしているのか罰の悪そうな顔をしている。


「そんな不安を抱えたまま観客に我らのパフォーマンスをするのか? はっきり言ってそんな奴らのパフォーマンスなど見ても感動しない...そこで俺の意見を言おう。観客の数はありがたいことに多い。その誰もが喜ぶものを提供するということは独占では無くなった今、不可能な話だ。」


アークティックを見ると静かに頷いてくれていた。本当に頼りになる。俺一人で暴走してしまっても止める者などいないだろうからこういった存在がいると俺も安心できる。


「今までのレッドサーカス団のパフォーマンスを求める者もいる。そして長年娯楽の世界で活躍していたレッドサーカス団に新たな娯楽の可能性を見出して欲しいと思う者も出てくるだろう。なぜなら新参者にもできるのだから、本家はどうなんだと感じるからだ。そんな両方の観客達を満足させるには、今までの事、そして新しい事をやらないといけない。」


「ストン様。新しい事と言われましても...今だに案が出ておりません。なんの脈絡もなく始めるのには難があるかと...」


運営スタッフのドルケンだった。団長の俺に意見をするとは素晴らしいではないか。


岸庄助なら社長に意見など言えるはずもない。ただ上の命令に従うだけだ。だが、自分の意見を上司に臆する事なく言える存在は貴重だ。


「ドルケン それは正しい。確かに我々だけで新しい事を考えても空振りに終わる可能性も捨てきれない。リスクがあるな新しい事をやるには... 皆、心の中では幾つか案があることだろう。それが批判され、責任を取られたくないから言わない...それも結構だ。現に俺も幾つか案があるが発表をしていないしな そこでだ。まず案を出す前に市場調査を行う!」


「市場調査ですか...?」


会議室にいるスタッフ達に困惑の表情が浮かんでいる。知らないのか...市場調査を。


まあ俺も専門外なので詳しくない。人のこと言えた義理でもないな。


「ああ...実際に観客がパフォーマンス、いや娯楽に何を求め、何を欲しているのか、具体的な事は観客もわからないだろう。だが、それを調べるのだ。観客自身も何が欲しいのかわからない場合は観客の趣味趣向、興味がある事。そして常識などを調べ上げる。それらの情報を基にして我々しか提供のできない観客の想像を超えるパフォーマンスを提供する。そうすれば必ずや観客の琴線に触れるものを提供できるだろうよ」


「...なっ なるほど...」


「ウィトリック! あんた分かったのかい?」


「ああ なんとなくだが...ストン様のお考えを覗けた気がする」


「あらま...ほんと?」


「ストン様。観客の常識を調べるのは何故でしょう?我々は常識の上をいかねばならないのでは?」


さすがはドルケン。見た目に負けず、敏腕サラリーマンだな。


「常識を知らない者が常識を超えられるのか?」


「...そっ その通りであります」


一連の話を聞いたアークティックが司会として話を纏め始める。


「それではストン様。市場調査を今後の第一の優先事項といたしますか?」


「ああ...そうだな...俺としてはそう行きたいが...異論はあるか? 皆の意見を聞きたい」


静かだ。本当に賛成してくれているのか少々不安になってくるぞ!


「では異論がないようなので、市場調査を行いましょう」


「その件なのだが...これからの公演はしばらくの間、今まで通りのパフォーマンスを行おう。それでも観客の反応が変わらなければ万々歳だ。それを続ければいい。新しい事は様子を見計らってでな。だが、今まで通りのパフォーマンスを継続する間は市場調査を行う。よって市場調査に回る人員を選別しておいて欲しい。パフォーマーは舞台に出る必要があるが、パフォーマーにもやってもらおう。現場の生の声を聞くのは大切だ」


「承知致しました。直ちに準備致しますっ!」


ん。今回は岸庄助として出しゃばり過ぎてしまったかもしれない。


大丈夫だったかな?


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