第22話 「敵情視察」

俺は技術担当のヴィンセント、司会進行のアークティック、パフォーマーで人間のウィトリック、人間の格好をした護衛隊長のコサインと副隊長のサークルを引き連れ、バベルタワー最上ブロックの劇団マインドセッションの公演に来ている。


要約すると、レッドサーカス団の偵察である。


多角的にライバルの演出を観察するために選ばれたメンバーだ。万が一のときのため護衛部隊のツートップであるコサインとサークルを連れて来ている。


この中で一番の素人は間違いなく俺だ。専門的な知識などないが、お客様に提供をする仕事に少しは関わっていたからこの世界でも多少は役に立てるはずだ。


少しでもいいからストンとしてではなく、岸庄助として貢献したい。


「団長殿、ここの建物の方は見た感じ普通の劇場でしたな...特に目立った仕掛けなどはないようで...」


「やはりな...見た目はいたって普通か。であるならば、演劇に相当自信があるのかもしれん。舞台にどんな仕掛けがあるか分かったら教えてくれヴィンセント」


「もちろんでございます」


劇場の観客席に座りヴィンセントと話していると、前に座った客が俺の声に気づいたのかゆっくりと振り返り、


「...あっ! これはヴィラフィールドさん! それに司会の方まで!! いつも拝見させて頂いておりますっ! 握手してもいいですかっ!」


気づいてしまった。興奮しているようなので落ち着かせなくては。まあ良い印象を持ってくれている人のようで良かったか。


「ありがとうございます」


俺はコサインに大丈夫だと伝えると、前の客と握手を交わした。この世界に来て何回握手しただろうか。早くも慣れ始めていることに自分でもびっくりする。


すると、握手をした人の隣に座っていた人も俺たちに気付きだし、握手を求めてきた。


まあ前と斜めならいいか。断って印象を悪くしたくないし。


「ありがとうございます」


握手をする。


「ヴィラフィールドさん私もいいですか?」


俺の後ろの席からの声だった。


「後ろの方でしたか...ありがとうございます」


握手をする。


「私もファンです!」


「ああどうも...ありがとうございます」


握手をする。


この様子をどこから見ていたのだろう。わざわざ俺がいる観客席の列を通ってくる人影が見えた。


「すみません ヴィラフィールドさんですよね! 私今までずっと好きでした!

握手してくれませんか?」


「わざわざすみません...ありがとうございます」


握手をした。


なあ、みんなファンならなんでマインドセッションの公演を初演から見に来てんの?


聞きたくなるのを我慢し、俺は来る者拒まずの姿勢で握手を繰り返した。


公演開始のブザーが鳴り、フラついていた観客達が各々の席へと帰るとやっと自分の席につけた。


全く疲れるな。


「ストン様、ご苦労様です」


俺が席に着くと心配したアークティックが労ってくれた。そこまで大変ではないんだがな...。


「おう」


そういえば、アークティックは俺が騎士団と共に王城に行く際に真っ先に間に入ってきてくれていたな。雪男みたいな見た目だが、心は優しい奴だ。


席にはコサイン、アークティック、俺、ヴィンセント、ウィトリック、サークルの順で座った。横目でコサインの方を見てみると頭を抱えている。どうやら配置を間違えたと反省しているようだ。おそらくだが、俺を前後左右でレッドサーカス団のメンバーか護衛で固めたかったのだろう。だが、今回はあくまでも一観客。他人の土俵で絶対防御をするわけにもいかない。少しは観客達とも交流をしないとな。


『お待たせ致しました。まもなく劇団マインドセッションによる舞台『勇者の羽』が始まります。娯楽解放令が出て最初の公演となります。皆様どうぞよろしくお願い致します。』


「おお!!」

「楽しみにしているぞーー」

「マインドセッション!!」

「初演万歳!!」


観客達がアナウンスが終わると騒ぎだした。


サーカスならそのような声援や野次が飛んでも雰囲気的にはいいが、演劇でそれはどうかと岸庄助は思う。この世界では初めての演劇だからまだルールが確立されていないのだろう。


俺ぐらいか...演劇が何かを知っているのは...。


ん? 俺しか知らない?


岸庄助は別に演劇マニアでもヘビーウォッチャーでも無い。だから演劇がなんであるかは語れるほど知識もないが。


この世界の住人より俺は娯楽を体験したことがある!


この世界は楽しい。何故なら金持ちになって楽しみまくっているからだ。しかし、教育機関である遊園地とレッドサーカス団、そしてこのマインドセッションの演劇を除けばこの世界に娯楽のようなものはない。みな仕事し生活しているだけだ。俺にとってはどれも新鮮だがここの人々にとっては日常なのである。


岸庄助の世界には沢山の数え切れないほどの娯楽で溢れかえっていた。


映画、ゲーム、テレビ、小説、演劇、ギャンブル、音楽、スポーツ観戦...などなど。


娯楽と遊びの違いは曖昧だが、まあ娯楽は受動的なものとしてもかなり種類がある。


この世界の住人が知らない楽しみを俺は知っているのだ。これは俺の唯一のアドバンテージなのではないだろうか?


何か俺は重要な事に気づいてしまった気がした。


「ストン様、はじまります」


アークティックの声で我に返った。


「おお 楽しみだな...この世界の演劇はどんなものか見てみるとしよう」


「お手並み拝見ですな」




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