第21話 「劇団マインドセッション」

バベルタワーの王、ジェーラ・マニ=スリー・ザイアスによって施行された娯楽解放令。


この多大な恩恵を受けることに成功した一人の人間がいた。


彼の名はアウレリアン・フィリップス。男性にしては若干細身の体に不健康そうな肌の色をした30歳そこそこのちょび髭が特徴的な男だ。


彼は元々バベルタワーでは遊園地の企画を考える仕事に就いていた。教育機関の一部として建設されることになった遊園地であったが、教育という名前に妥協したくなかったアウレリアンは子供から大人まで老若男女楽しめる施設を作り上げた。当初、娯楽に入るのではないかと危惧されていたがあまりの人気振りに王は教育機関としてアウレリアンが作った遊園地を認めた。


そして、遊園地の企画が大成功し、波に乗ってきた彼に大きなチャンスが訪れたのである。


新たに娯楽を解放し、娯楽を提供する仕事を許可すると。


この知らせはアウレリアンにとってとても嬉しい話だった。レッドサーカス団に憧れ、来る日も来る日も構想を練り続けていたが娯楽を提供できる機会に恵まれなかった。しかし、やっとのことで花が咲いた。


解放令の話を聞いたアウレリアンは直ちに顔見知りを集め、新たな娯楽の構想を練った。


どんなことをやろうかと。


サーカスはない。既にレッドサーカス団が人気を独占してしまっているからだ。


そこで、アウレリアンは長年構想を抱いていた劇団をやることにした。これならばレッドサーカス団とも被らないうえに自由に表現をすることができる。観客の気持ちを代弁することもできるだろう。


密かにオーディションを開催し、厳選に厳選を重ねて劇団員を選別した。アウレリアンは解放令が施行される前より準備をしていたので人が集まるかが不安の種であったが、予想以上に人が集まった。


皆、レッドサーカス団を見て憧れていた者達だったのだ。


いつか自分もあのステージに立ちたい。こんなチャンスを逃してたまるかと。


アウレリアンが解放令が施行される前に準備をしていたのには訳がある。それは解放令が施行されると、かなりのライバル達が出てくることが予想されたので同じタイミングで出ても効果が薄まると判断したためだ。そして、施行のタイミングに合わせて公演を行えば、新しいもの好きの客を集めることもできる。


ここまで完璧だった。


劇団員にも恵まれ、今日は初公演。


こんなにもドキドキしたことはない。自分の作品でお客に喜んで貰えるか不安だが、今ではこんな不安でさえも楽しめる。


レッドサーカス団同様に最上ブロックの施設を借りることに成功した劇団マインドセッション。


観客席の正面に舞台があるというシンプルな作りだが、現在観客席は満員だった。


純粋に嬉しい。こんなにも期待してもらえるとは。


アウレリアンが舞台裏でこれからの演技に集中をしている劇団員達の様子を観察していると、一緒にこの劇団を作り上げた同志であるメラ・クーガが話しかけてきた。彼もまた娯楽に憧れた一人の男だ。


「アウレリアン。ついにこの日が来たな」


「なんだメラか。言われなくても分かってる。一々俺を緊張させるな」


「ハハハ! すまんすまん 俺以上に緊張している奴がいないと心が安定しないのだよ」


「その気持ちは分からなくもない。お前がその役割をしろ」


「言ってくれるな.... まあこの日のためにかなり準備したから大丈夫だろ」


「そうだといいな。 お前、この間のレッドサーカス団のパフォーマンスを見たか?」


「...見た」


「やっぱりか... いつもと同じパフォーマンスかなとも思ったが...あの登場には驚かせられたぜ さすがは独占していただけはある。俺らはそんな奴らに喧嘩を売っているのだからな」


「アウレリアン。あまりそのことは言わんでくれ。仲良くいこうではないか。娯楽はみんなで作りあげるものだろ?」


「確かにな...だがそれは理想だ。現実は甘くない。観客が全てを掴んでいるのだ。相手は神ではない。理不尽な反応を取られても仕方ない」


「そんな観客を楽しませたかったんだろ?」


「...そうだな 俺もバカな野郎だ」


「お互いにな」


緊張を紛らわすために話し込んでいたこの劇団のツートップのところに慌てた様子で駆けつけてきたチケット販売担当のスタッフが現れた。


こんな舞台裏に何故チケット販売担当が現れたのか気になったが


「お話の最中、失礼致します。チケット販売担当のパラドーですっ!」


「チケット販売が何のようだ?」


緊張のせいか少しイライラしたアウレリアンがパラドーに尋ねた。あまり重要ではない内容ならブッ飛ばしそうな勢いで。


それでも怖気ないチケット販売はすぐさま応えた。これは流石だ。


「はっ! 先ほどレッドサーカス団の団長、ストン・ヴィラフィールドさんとそのスタッフと思わしき五人がチケットを買われました!」


「.....」

「.....」


アウレリアンとメラは二人して開いた口が塞がらなかった。ライバルであるレッドサーカス団が偵察に来たのだ。これは当然と言えば当然かも知れないが、二人はそんなレッドサーカス団に憧れてこの劇団を作った身だ。驚きと興奮、そして緊張で言葉が出なかった。


「...それは本当か?」


やっと反応したのはメラの方だった。


「はい 他のスタッフも確認しております」


「了解した。くれぐれもこれは内密にしろ。劇団員に伝わったらこの大事な初演を緊張で潰してしまうかもしれん。わかったな!?」


「はい!」


元気良く返事をしたチケット販売は舞台裏から姿を消した。そしてようやくアウレリアンも我を取り戻す。


「....ふーーう。マジか。ついに来たか。」


「そのようだな。アウレリアン。この公演が終わったら挨拶に行くべきだろう。行けるか?」


「ああ 行くとも」


「良かった.... あまり敵対心をむき出しにするなよ お前はすぐに心を露わにするからな」


「保証はできん...」


「お前は憧れてるのか、それとも嫌いなのか?はっきりせいっ!」


「...両方だ」


「めんどくさい野郎だぜ」


「そいつと組んでいるお前もな」


乾いた声で笑い合う二人の姿を遠くから劇団員達が不思議そうに眺めていた。


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