第18話 「勇者がおったとな...」

「これはこれはヴィラフィールド家の皆様よくぞお越しくださいました。ささ、どうぞおあがり下さいませ」


歴史館に到着すると、黒いローブを身に纏い、片眼鏡をかけた初老の館長が迎えてくれた。右胸に張り付いていたネームプレートを確認すると、


館長:ベイ・フォラトリックサ


の文字が見えた。


ベイは俺たちを歴史館の裏通路へと招いた。表から入ると一般客と出会ってしまうからだろう。


歴史館は外から見ると、ただの大きな岩にしか見えなかったのだが実際に入ってみると内装はシンプルだが整っていた。


コンクリートのような灰色の壁に包まれ、間接照明のごとく淡い魔法の光が宙に規則正しく漂っている。


照明を太陽のごとく上から放射していないので、とても雰囲気は出るが館内は若干暗かった。どちらかというと歴史館というより内装は水族館寄りかもしれない。


特に床を歩くとその衝撃を感知し、床が自動で光りだすのはプロジェクションマッピングの技術を彷彿させる。こういうのは水族館でたまに見かけた気がした。


「ロイくんまた来てくれましたね。私は嬉しいですよ 歴史に興味を持ってくれるのは 今日はお父様までいらっしゃいますからね....緊張しますよ」


少しこの館長は若干俺にビビっている感じだが、ロイに対してはまるで親戚の子供が遊びに来た時のように優しく接してくれている。どうやらロイは何度もこの歴史館に来ているようだ。それで顔見知りになったのかな?


薄暗い廊下を抜けると、間接照明で照らされた武具の展示場に入った。


「さあロイくん、では問題です。あの剣の名前はわかるかな?」


「ええっと...あれは魔剣『グラム』ですっ!」


「よーく正解しましたっ! さすがロイくん じゃああれはわかるかな?」


「....ん.....わからない....」


「正解は『オリジン』です。あれは魔剣の元となった歴史学的には非常に貴重な剣なんだよ」


「そうなんだーー でも次は間違えないっ」


俺はこの平和な光景を見ていて心が温かくなっていたが、少しここで引っかかる単語があったことに気づいた。


魔剣『グラム』。


これは岸庄助の世界の北欧神話に登場した剣の名前だ。たまにアニメや本の中でも出てくる有名な剣であったはず...。


どうしてこの異世界にあるのだ?


確かに言語や口語はこの世界に来てから自然と自動で変換されるから気にすることはなかった。名前などは偶然前の世界と似ることだってあるかもしれない。

だが、剣にたまたま同じ名前がついたのは果たして偶然なんだろうか?


「ベイさん その魔剣『グラム』は誰が名前を付けたのかな?」


俺はどうしても気になってしまったので、館長に聞いてみた。


「それは勿論勇者様ですよ」


...勇者だと? この世界に来てからそのような存在がいた感じは全く無かったのだが...


「パパそれは常識だよ... さすがに僕でも分かるもん」


「ああ そうだな... 勿論だ。だが、時には当たり前だと思っていたことが違ったということもあるのだぞ?」


「へー そうなの?」


「ああ」


勇者の話が気になる。だがこの世界では常識の話だとしたら迂闊にストンとしては聞けない。


まだまだ聞きたいことがあったが、一行は次の展示場に向かう流れになったので、この件は後回しだ。


「ロイくんは歴史に興味あるかい?」


館長が次の展示場に行く道中そんなことを言ってきた。


「うーん 好き」


「いいことだね... 将来は何になりたいとかあるのかな? 歴史関係とか?」


やけに歴史に寄せてくる館長だな。そんなに一緒に働きたいのか?


「それもいいけど、冒険者になりたいな!」


「おお! 冒険者とな それはまた勇敢な職業を」


冒険者か....なんか異世界ぽいが今まで見たことないぞ。それに息子が冒険者にはなって欲しくない.... いつ間にかストンの気持ちになっていたが。


「53ブロックには冒険者ギルドもありますからな.... それで興味を?」


「いや違うよ 歴史を学んでいたら僕も勇者様みたいに戦ってみたくなったからさ」


「なるほど...確かに勇者様は最強で誰もが憧れますものな.... ですがロイくん、戦いはそんなにいいものではないですよ 死人も沢山でますし」


「うーん それは嫌 じゃあ勇者様に会いたい!」


「それは難しいです 何故なら勇者様は長い眠りについておりますから」


勇者は死んだのか....。内心俺も会ってみたかったが、それは儚くも叶わぬ夢のようだ。


「えええー でも<長尺睡眠コールドスリープ>の魔法で寝ているだけでしょ? いつか目を覚ますじゃん!」


「よくぞ ご存知で! 確かに目を覚ます可能性はありますが、いつになることやら... 言いにくいんですがねロイくん 勇者様は目覚めない方がいいんですよ」


なんで!?


「なんで!?」


俺はロイと同じことを考えていたようだ。少し嬉しい。


「勇者様が魔王との大激戦に勝利した後、何故だかわかりませんが歴史が消えてしまったのですよ.... そのためこの歴史館で調査を続行しておりますが、なかなか昔の人間と亜人の生き様を確認することができない。あるのは残された武具や少量の巻物など。そして、当の本人の勇者様もまたこの世界に災厄が訪れたら戻ってくるとだけ言い残し、眠りについてしまったのです」


なんか物語みたいだな...。


「えーじゃあ勇者様はピンチのとき以外出てこないの?」


「おそらく。ですのでピンチが来ない方がいいでしょ?そうなると勇者様には会えない方がいいのです」


なるほどな...。まあこの世界が平和なのはそのお陰なのかもしれない。だいたい異世界に来たら戦闘が始まるもんだとか思い込んでいたが、今まで一度も危ない目には遭っていないのだから。


まあ 今は周りでコサイン達が護衛をしてくれるからなのだが...。


「さあ 次の展示場に到着しましたよ 噂をすればの『勇者展』ですっ!」


こいつ営業上手いだろうな。


武具の展示場と同様に薄暗い室内だったが、壁には勇者が装着していたと思われる武具やマント、そして数々の資料が貼られている。


そしてこの空間の中央には勇者の立派な銅像が置かれてあった。


「勇者様の物がこんなにあるなんて.... 私でも初めてみるものばかりだわ」


ロイの後ろを歩くレイも興味津々で展示品を一緒に見て回っている。


「レイもロイと同様に勇者には憧れるのか?」


「勿論ですよ このバベルタワーにいる者達は全員が勇者様に救われた者達の末裔ばかりですからね...」


「そうなのか」


「あっ! 愛してるのはダーリンの方ですけどねっ!」


「おう ありがとう」


気の利いた言葉も言えなかった。レイは俺がヤキモチでも焼いてると思ったのだろうか。岸庄助では適当な事も言えない。


だが、これほどの人数を救った勇者はやはり勇者と呼ばれるべき人物なのだろう。異世界から来た俺としてはそんなことできるわけがない。あの平和な日本で暮らしていればいきなり戦闘に参加しろと言われても無理な話だ。


俺はその勇者に少し興味が湧き、部屋の中央に設置された勇者像に近寄って観察してみた。


思ったよりも若いな。岸庄助の俺とあまり年齢変わらないじゃないか?


なんだか、顔に親近感が湧く。目鼻立ちが日本人ぽい。


異世界でも東洋系西洋系アフリカ系の雰囲気をした人たちは何度も見ているので、この勇者像が日本人ぽくても不思議ではないのだが


俺は勇者像の下に飾られていた金色のネームプレートを見た途端、思考が停止してしまった。


見慣れた文字がそこには書かれていたからである。


『魔王からこの世界を救った勇者:ナオト・イシダ』


勇者は日本人!?


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