第16話 「ポヨンポヨン」

ロイと一緒に無事寝室に入った俺は頰を膨らませて待っていたレイに事情を説明し、ロイと風呂に入ることにした。


風呂という単語は間違っているかもしれない。どうやらこの異世界に風呂という概念がないようなのだ。この部分は宮殿内において唯一改善すべき点かもしれない。


日本人の俺にとって浴槽に浸からないと完全に疲れを癒すことができない。そして今俺は結構疲れている。この異世界に意識が乗り移ってからあまり時間は経っていないのだが、カルチャーショックの上に俺は会社帰り早々にこっちに来たので精神がクタクタだ。


風呂はないと聞いた時はかなり辛かったが、こっちの世界にも風呂に似た体を綺麗にするシステムがあるようなので、ロイと共に向かったのだ。レイが付いてこなかったのはもう既に体を綺麗にしてしまったかららしい。


まあちょっと残念な気持ちがあったが仕方ない。


風呂に似たシステムの名はポヨンポヨンと言うらしい。ふざけてるのかとも思ったがレイが「寝る前にポヨンポヨンに入ってきなさい」と言うのでこっちの世界では風呂のことを指しているのだろう。


そのポヨンポヨンがあるのは寝室からすぐ隣の部屋だった。


そして何故ポヨンポヨンと呼ばれているのか俺は少し理解できた。


脱衣場のような空間で服を脱いだ俺は裸のままロイの後についていき、ポヨンポヨンがある部屋のスライド式だったドアを開けるとそこには、


薄緑色をした直方体のゼラチンのような半透明の塊があった。


なにがなんだかわからない俺だったが、ロイはそのままそのゼラチンみたいな塊に突っ込んで行ったのだ。


「おお!? ロイ!」


慌てる俺の様子に少し引いたのか、


「?どうしたの? パパも早くポヨンポヨンに入りなよ」


「そ...そうだな」


俺はロイに続いてそのポヨンポヨンの中に入った...のめり込んだ。


ゼラチンのような塊の中に入ったのだが、驚くことに息ができる。そして、若干だが浮力を感じた。直方体の塊の中でプカプカと浮くロイを見るとなんとも奇妙な光景だ。この塊の中に身体中を漬けることで、全身の汚れをくまなく除去し、綺麗にすることができるのだろう。


しばらく俺とロイはそのプカプカと浮かぶポヨンポヨンの中での浮遊を楽しみ、ポヨンポヨンタイムを終えた。


なんとも不思議な体験だった。もしかするとこの異世界に来て一番不思議な体験をしたのではないかと思いつつ、俺はロイと共に用意されていた寝巻きに着替え、寝室へと戻った。


風呂の浴槽に浸かった時ほどのスッキリ感は無かったが体が少し火照り、温かみを感じる。まあ気持ちが良い。


「あら 結構ポヨンポヨンは長かったわねロイ パパと一緒は楽しかった?」


「うん!」


寝室に入るとレイは手ぐしで髪を整えており、元気に反応したロイが母親のレイの元へと駆け寄って行った。


本当に子供は素直でいいな。


自分もこんな時期があったのだろうかと疑問に感じる。


「ダーリン」


「?」


「さあ寝ましょう 今日は久しぶりに家族川の字で寝ますか?」


「そうだな」


キングサイズのベッド以上に横幅の広いフカフカのベッドには既にレイの横でロイが眠りに入ろうとしていた。


先ほどのユニティの魔法のせいか、それとも子供は単に眠りに落ちるのが早いのかわからないが俺にとっては異常の速さだ。


俺は疲れた精神を癒すべく、念願の眠りに入ろうとベッドに腰をかける。


あっ! このアイマスク外さないとな。


ずっと目に貼り付いていたので気にしなくなっていたが、俺はポヨンポヨンの時でもつけたまま入ってしまった。さすがに寝るときはこれを外さないとな。


そういえばストンの素顔ってどんな顔をしているのだろう。


俺の心を今、好奇心が占領し始めていた。


自分の顔を見るのにドキドキしながら目に貼り付いているアイマスクを外す。


.....外す。


ん?


.....外れない?


.....外れない!?


なんだ? これどうなってんだ? 何度手に力を入れてもアイマスクが外れないのだ。引っ張ったり押したりしたがビクともしない。


....どういうこと?


繰り返し力を入れて引っ張る。だが外れない。


もしかしてこれって外れないのか?


ここはベッドでロイの頭を撫でているレイにそれとなく聞いてみなければ。


「レイ」


「どうしました?」


「あの...レイって俺がアイマスク外した姿を見たことある?」


「....急にどうしました? 変なことを聞きますね.... なんか今日は変ですよダーリン。いつもより人間味があるかと思えば、また不思議なことを....」


「あ...不思議なこと?」


「そうですよ... そのアイマスクは体の一部だと以前私に言っておりましたじゃないですか。私はそれを信じています。もしかして冗談なのです?」


「あ...そうだったな...そうだった。今日はちょっと変かもしれないな....寝るか...」


「大丈夫ですか? 悪化する前にドクターに診てもらった方がいいんじゃ....」


「大丈夫だ。心配ない」


「良かったです.... じゃあ今日のお預け分は明日に期待していいのですね?」


レイがウィンクをして俺に訴えてくる。


「....あ.....ああ」


アイマスクの件はどうやら体の一部のようだ。どうやっても外れなかったからそういうものなのだろう。だが、外そうと心で念じると視界中央に


『解除鍵を挿入』


という文字が浮かび上がってきた。これはどういう事だろう。レイも俺のアイマスクを外した顔を見た事がないとするとこのアイマスクはよっぽどの事がないと外れないのか、それともこの解除鍵がどこかにあるのか...。


わからない。だが、もうこのアイマスクのことを気にしなくなってきていたので今更わざわざ外そうとは思わない。特にメモ帳やレーダーとして便利だからな。


そんなことよりレイの言った事がさっきから頭の中を何度も駆け巡る所為でアイマスクのことなどどうでも良くなってきた。


ドキドキしながら明日に期待し、俺は異世界に意識が乗り移ってから最初の眠りについた。


「おやすみ」


「おやすみなさい」


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