第15話 「家族水入らず」

俺は両手でロイを抱えたまま迷子になっていた。


うーーん。ロイの居場所はこのアイマスクでなんとかわかったが、寝室の場所がわからない。まあ本人が自分の寝室を忘れるわけはないのでアイマスクのアイコン上にメモなどあるわけはないのはわかっているのだが....


どうしよう。


先程、ロイと鬼ごっこをしていた時、不気味な隠し部屋でロイがメイド長のユニティに眠らされていた。なんか色々聞きたかったのだが、ストンが知らないわけもないので聞けなかったのだ。そのかわりと言ってはなんだが、ちょっとカッコつけてロイを引き取るとか言って颯爽とあの部屋から俺一人で出てきてしまった。


とりあえずこの馬鹿でかい廊下を歩いていれば誰かに会うかな?


俺は歩いた。


結構歩いた。


だが、この廊下に人影はなく、依然として誰にも会えずに一人でロイを抱えたまま歩いている。


いい加減腕も辛くなってきたな....。


仕方がない。最終手段を使おう。


寝室まで案内してくれるガイドメイドの姿も近くには見られなかったので俺は最終手段としてとっておいたロイを召喚することにした...ロイが起きるのを待つことにした。


俺は廊下に座り、胡坐をかくとその上にロイを乗せる。胡座では寝ごごちが悪いと思うだろうが、俺はそれを利用してるのだ。


そう、早く起きてほしいから。


だが、思ったよりもロイはかなり熟睡してしまったようで中々起きない。こちらから合図して起こすのも可哀想だが、かと言ってこのまま明日の朝まで寝られたら俺がキツイ。


痺れてきた足をゆっくりと片足ずつ伸ばしながら、ちょっとロイを揺すってみた。


すると、


「..........ん?......」


おお!!


「....あれ? パパ?」


起きたーー! 俺の勝利だ


「起きたか...ロイ」


「ん? ここは...どこ?」


ロイは廊下に貼られた大きなステンドグラスの窓から差し込む光から目を守るように手を翳し、自分がいる場所を確認し始めた。


「ああ...ここな....廊下だよ お前と鬼ごっこしていたら途中で眠ってしまったのでな。かなり長いこと寝ていたぞ」


「そうなの? こんなところ来た記憶ないけど...」


俺は一応ロイには先ほどの隠し部屋のことは隠しておいた。なんかユニティの対応を見るにこれが正解な気がしたからだ。


「そうか? だが事実ここにいるのだ。来たんだよ」


ちょっと子供相手にこの言い方は無かったかな....


「フーン パパがそう言うならそうだねっ! でもなんでこんな誰も使わない予備来客室沿いの廊下に来たのかな.... 僕誰もいないところ行きたくないのに...」


やけに勘が鋭いなロイは...父親として自分の息子が鈍感よりは鋭い方が嬉しいのかもしれないが、俺と話すときにその鋭さを発揮しないでもらいたい。


と言うか予備来客室ってなんだよ! だから誰もいないのかここは。


「まあ 楽しかったから良かったではないか... 部屋に帰るか?」


理論よりも感情! 子供はそのくらいでいいのだ。 そして早くこの場所から抜けるべくロイが部屋の場所を知っていることに賭ける。


「んーー なんかわかんないけどいいやっ! 帰ろうーー!」


「あー ロイ どの部屋に帰ろうとしている?」


ここで確認をしなくてはならない重要事項がある。もしロイが子供部屋で一人で寝ている場合はロイの後をついて行った後、俺は行き場を無くしてしまうのだ。


恥ずかしながらこの家の自分の居場所をまだ把握できていないので...。


もしロイが俺と寝ているのなら最高なんだが...。


「え? 僕の部屋に決まってんじゃん?」


あー やっぱそっちか...。


内心がっかりが止まらない。だがここで諦める岸庄助ではないぞ。


「悲しいな... 今日は俺と一緒に寝ないか?」


「.....」


変な顔をされたらどうしようとも思ったが、パアッとロイの顔に笑顔が溢れかえった。


天使かよ。


「行く!! パパと寝る!!」


よし! では案内してもらうぞ! パパの寝室をパパに教えてくれ!


「そうか! じゃあパパの寝室まで一緒に行こう 案内してくださいっ ロイ先生!」


「りょうかいしました! ついてきてくださいっ!」


ありがとうロイ!


ん? パパの寝室と言ったが、もしかしてレイもいるんじゃないか?だとしたら今の言い方は不味かったかもしれない。まあいいっか。






しばらく、俺はロイに連れられ廊下を歩き、階段を登り、また廊下を歩きを繰り返すと高級な素材で装飾された派手な扉が見えてきた。


あれが寝室の扉かな?


その予想は当たっていたようで、ロイは一直線にその扉に向かっていった。ここが俺の寝室か。忘れないようにしなくては。何度もロイに送ってもらうわけにはいかないし。


そして、俺とロイが仲良くその扉を開けようとした時、突如一体の生き物が現れた。


なんだこれは?


俺とロイの目の前に現れたのは人間の形をした亜人だった....。どちらかというとクマの着ぐるみと言った方が適切かもしれない。この世界に着ぐるみがいるかわからないので、もしかしたらこういう形をした亜人なのかもしれないが、


よくわからん生き物の登場に俺はアイマスクに表示されているアイコンを見てみた。


『チャイルドキーパー:モクモク 性別なし 不明』


おいおい なんだよ! 不明って。


ストンですら特定のできない生き物なのか? 職業のチャイルドキーパーという文字が気になる。


「あっ! モクモクだっ! また出てきたの? 今日はパパの許可をとってるよ」


なんだ?こいつは寝室の警護をしているメイドなのか?ロイは顔見知りらしい。当然と言えば当然なのだが...。


「ロイくん久しぶり! それは本当かな? じゃあパパさんに聞いてみるね!....

パパさん今ロイくんが言ってたことは本当ですか?」


甲高い声が胡散臭いがこいつもう本物の着ぐるみじゃないかと思ってしまう。寝室は俺が許可しないと息子のロイでさえも入れないのだろうか。全く窮屈な家だ。


「モクモクよ 大丈夫だ 俺が許可した」


俺が許可した旨を伝えると、モクモクが俺に急接近してきた。そして俺の耳元で小さな声で耳打ちをする。まるでロイには聞かれないようにするために。


「ご主人様、いいのですか? 今寝室ではレイ様が臨戦体制を整えておりますぞ」


臨戦態勢だと? 何を言っているのだこの着ぐるみは こんな100人以上のメイドがいる巨大宮殿なんかに危険があるようには思えないのだが...なぜレイは武装しているのだろう。


「臨戦態勢? どういう意味だ? 危険が迫っているのか?」


「はいっ! そうではないですか 今ここに危険は迫ってきておりますでしょう!」


先ほどの甲高い声が嘘だったかのようにこのモクモクの声が低くなっている。着ぐるみあるあるは満たしているから良しとしよう。


「すまんなモクモク。今日は記憶が曖昧であまり覚えていないのだ。はっきり意味を教えてくれ」


「わかりました。....ロイくん! ロイくんのためにピカピカキャンディーを突き当たりの部屋に用意してあるから取ってきてくれるかい?」


「うん! わかった!!」


元気よく返事をしたロイがスキップをしてモクモクが指定した部屋へと入っていった。


あの甲高い声はロイ用だったか...。


ロイが消えたのを確認したモクモクが再び俺に振り返り、ゆっくりと話し始めた。その内容は独身、彼女なしの岸庄助にとってはいささか刺激的な内容であった。着ぐるみがそんなことを言うかね普通?


「レイ様は今、勝負下着を着用していて、いつでもご主人様を迎えられるご準備を整えておりますっ!という意味です」


「!?」


心臓の鼓動が早くなり、口がいつも以上に乾く。そして何度も喉を鳴らしてしまった。恥ずかしい。


あっ! チャイルドキーパーってそういう意味かっ! やっとわかった気がする。自分は鈍感系ではないという自信が一挙に崩れ落ちた瞬間だった。


「あーー なんだ....そのーー 今日は家族水入らずロイと三人で普通に寝ようかと思ってな.... そのなんだ...レイには悪いが...」

「承知致しました。ではロイくんが帰ってくるまでの間にレイ様に伝えて参ります」


物分かりのいい着ぐるみである。この仕事に関しては間違いなくプロなのだろう。モクモクはその無駄にデカイ図体にも関わらず、一瞬で寝室の中に消えた。


そして、しばらしくしてモクモクが扉から出てきた。


「レイ様もご納得頂けたようです。また、今お着替え中なので、もう少し待ってから入ってきて欲しいとのことです。」


「...わかった」


「出すぎた真似かもしれませんが、ご主人様。明日には埋め合わせをした方が良いかと具申致します」


「おお...明日...か」


プロだな。だが明日はキツイ。まだ心の準備ができないよ!


ちょうどその頃、ピカピカキャンディーを手に掴んだロイが帰ってきた。完璧なタイミングである。モクモクを馬鹿にはできないな。


「パパ! モクモクのピカピカキャンディーおいしいよ! 歯が光ってカッコいいし!」


「見せてごらん... おお! カッコいいな だが寝る前には歯を磨くんだぞ?」


「なんかパパ ママみたいっ」


そんな和やかな会話を俺は楽しんでいるとコンコンと扉の内側から音が聞こえた。


「ではご主人様、ロイ様、家族水入らずの時間をお楽しみ下さいませ」


ぺこりと俺たちに挨拶をした着ぐるみの姿はプロそのものだった。


「おう ありがとう モクモク」


俺とロイはレイが待つ寝室へと入って行った。モクモクに感謝をしながら。

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