第11話 「帰路へ」
俺は王城での一件の後、ジムススとともにサーカス団の拠点には寄らず、俺の家に直接帰ることにした。
俺の家の場所など知るはずもないので、ジムススが操るアトロスというトカゲのような頭をした大きな翼が特徴のモンスターに乗り、ビル群の上を飛びながら帰路についている。まず目指すべき目標はエレベーターが先なのだが... どうやら俺の家は最上ブロックではなく38ブロックのようだ。
もちろんアトロスは王城より借り受けたもので、放っておくと元の居場所に自分で帰還してくれるらしい。
なんと便利なタクシーだ。
俺の前でアトロスを操るジムススが不安げに前を向いたままの姿勢で俺に話しかけてきた。
「ストン様... 先ほどの王のお話は... 皆に伝えますか?」
別に隠す必要もにないだろう。もうじきライバルがでる可能性があるだけだ。もちろんレイについてはジムススも知らないので言う気はないが。
「ああ 伝えてくれ」
「畏まりました... これから我々のサーカス団はどうなってしまうのでしょうか?」
知らないよ...
「ああ そうだな... 俺らの他にライバル組織がでるのだろう 住民にとっては娯楽の選択肢が増えていいことではないか」
「はい... そうですね やはりストン様の目線は私なんかより遥か上をいってらっしゃる。観客が第一という考え...私は危うく自分の保身の所為で忘れるところでした... 申し訳ございません!」
いや... 本当は俺が一番自分のことしか考えていないのだが...
「そんなことはないぞ ジムスス! お前はいつも皆を気にしてくれているではないか だが、やはり娯楽の選択肢が増えることは不安か?」
先ほどの王城でジムススは体が僅かだが震えていた。俺は当初、嬉しさによるものだと思っていたがそうではないようだ。今まで安定していた仕事が揺らぎ始めたという不安にかられているのだ。その気持ちはわからなくはない。俺もやっとのことで就職できた会社が買収されそうになったときは毎日が憂鬱だった。
「はい... 正直不安です...」
「そうか... では今日の観客の声援は嘘だったと?」
「いや それはないと思いますっ!」
「だろう? 確かにライバルは心の重りかもしれん。しかし、今日の観客の声援は本物だ。今、確実に言えるのは我々はあの声援を引き出せる能力を持った集団であるということだ。これはまだ登場していない天才と呼ばれるライバルですら持っていないものだぞ」
俺はなんか偉そうに喋ってしまったが、これは本音だった。なかなか人から評価を得ることは極めて難しい。俺なんか今まで何も評価をされていなかったのだから。だからこそ、大勢の観客を虜にしているレッドサーカス団には尊敬しかないし、例え今が独占状態だとしてもその積み上げられた評価を蔑ろにして自信を失って欲しくなかった。
「そうですね... いやそうですっ! ご心配をおかけしまして申し訳ございませんでした。ストン様のお陰で悩みも消し飛ばされてしまいましたよ 全く主人に助けられるとは執事失格だ...」
「確かジムススはスタイリストのはずでは?」
「さあ行きますよ! つかまってくださいっ!」
「うおっ!」
ジムススがアトロスに繋がってる手綱を強く引いた所為でアトロスが急加速をした。肌を流れる空気の圧が凄い。
ん?
加速と同時に前方から水が飛んできたかのように感じたが気のせいか? 特に雨も降っていない。
スピードを上げたアトロスは予想していた時間よりも早く、バベルタワーのエレベーターエリアへと到着した。
元の居場所に帰っていくアトロスを見届けた俺とジムススはエレベーターエリアからバベルタワーの38ブロックまで降りる。ここのエレベーターエリアは今日最上ブロックに上がってきた時に使用したレッドサーカス団専用のエレベーターではなく、民間のエレベーターのようだっだ。エレベーターエリアにはガラス張りの塔が数百近く立っており、遠くからみるとまるで巨大な美術館だ。透明な物は光を反射するためその美しさを際立たせる。
民間のエレベーターエリアだったためか、目的のエレベーターに乗るまでの間かなりの通りすがりの人に顔をさされた。
「おいおいヴィラフィールドだぞ!」
「きゃーヴィラフィールド様ーーー」
「嘘だろ?」
「ちょっと俺も見たいっ」
「本物だあ」
「握手してくださいっ!」
「私ファンなんですっ」
「奥さんはいないんですか...」
「.......」
「この子がヴィラフィールドさんが大好きで... ほらっ!泣かないの!すみません...」
「あっジムススさんだ 私も服とか結構好きなんですよ」
「今度内の店に来たらマジックアイテムをお安くしまっせ!」
「サインくださいっ 私はフィーと言います」
はあーー。 疲れた。
なんか舞台並みに疲れたが、なんとか目的のエレベーターについてから38ブロックまでは割とすぐ到着した。
最初38ブロックと聞いたときはストンってあまりいい家に住んでいないのかなとも疑った。大体、地位や名誉を得た者や金持ちは上に住んでいるだろうと思っていたからだ。だが、エレベーターエリアに貼ってあったバベルタワーの見取り図を見てみたところ、ここではブロック数や高さは特に意味を成していないようだった。ただ最上ブロックだけは例外のようで王城があるからだろう。
パソコンの起動音のような音がし、38ブロックにつくとエレベーターが自動で扉を開く。
そして俺は、38ブロックへと足を踏み出した。俺の家があるらしいブロックへと。
そこには広大な整備された草原が広がっており、所々にポツンポツンと施設が立っている。ここは本当にバベルタワーの中なのだろうか?最上ブロックでは最上なのだから空が見えていても別に不思議には思わなかったが、ここは38ブロック。中間地点にあるはずのブロックであるのに天井には空が広がっていた。
さすがは魔法だな...。
「さあストン様、馬車に乗りましょう。私も久しぶりですよ。ストン様の邸宅へお邪魔するのは。間違わないように行かねばですね」
俺に微笑んできたジムススはもう早速38ブロックのエレベーターエリアの近くに停めてあった馬車の御者台に跨っていた。俺は後ろの客室に乗るべきなのか?
「忘れてしまったか?」
「いえいえストン様の邸宅までの道のりは完璧に覚えておりますとも」
なんだ冗談かよ
「ですが、邸宅の中の道のりがうる覚えです... 申し訳ございません... ですが心配はいりませんよ!」
ん? 邸宅の中の道のり? 廊下のこと? でも廊下など一瞬で覚えられるだろう。
よくジムススの言っていることが理解できなかったが、特に言及する気もなかったので適当に相槌を済まし、俺の家までの道のりを馬車内から眺めていた。もし、一人で家で帰る時に分からなくなっては非常に不味いからだ。
大人にもなって自分の家に帰れないとは....な?
先程から草原を走る馬車だが、一向に家が現れない。あるのはバッキンガム宮殿のような大きな施設と....まあそんなのがちらほらあるだけだった。
ここは市役所か何かか?
「この辺にはあまり家がないな...」
「ご冗談を... 今のところ家しか見えておりませんよ? と言うか38ブロックは住宅しかありませんからね」
ご冗談を...
だが、ジムススの話はご冗談では無かった。後に俺は馬鹿でかい豪邸を建てたストン・ヴィラフィールドを恨むようになっていたからだ。そんな贅沢な人間がいてたまるかよと... そしてありがとうと。
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