第4話 「凡人と魔獣のシンクロです」

暗闇の中、どうやらレッドサーカス団の団長らしいストン、まあ俺と言っても良いだろう は相棒の背中に乗りながら人生で一番の緊張の場面を今まさに迎えていた。


...相棒。


そう相棒らしい。


相棒と言っても何のことだか分からないだろう。それもそのはず、俺ですら相棒という言葉が先ほどまでイマイチピンときていなかったのだから。


相棒の名前は『ファルカ』。説明が難しいが、一言で言えばモンスターである。


団員達と円陣を組み終わり、これから開催されるサーカスの準備をするはめになったのだが、俺は何しろこの世界に来てから数時間もまだ経っていないのでモタモタしていた。


しょうがないでしょう! だって赤ちゃんよりも俺はまだこの世界での経験がないのだから。


内心は新人社会人だった名残もあり、言い訳モードが絶賛発動中だったのだが、ボーッと阿呆みたいに団員達が忙しなくサーカスの準備をしているのを眺めていた俺の前にノソノソと歩いてきたのが俺の相棒らしいこのファルカだったのだ。


正直言って現段階の俺の救世主候補です。このファルカは。いやファルカ先輩は。


ファルカはモンスターだ。見た目はどちらかというとワイルド系だ。黒と白の縞模様が綺麗なフカフカな毛に全身覆われており、体は俺よりも遥かに大きく、宅配便のトラックほどはあるだろう。鋭い爪が俺に当たらないかちょっと気になるが、今は気にしないことにした。それよりも気になるのは閉じた口の上顎部分から突き出した牙だ。異世界に来たというのになんか既視感のあるこのモンスターだが、この既視感は見た目が虎に似ているからだろう。まあ巨大過ぎて虎というよりはサーベルタイガーの方が近いかもしれない。さすがのサーベルタイガーでもこのファルカには及ばないが。


ライオンの頭をした亜人がいたな...これはあまり考えたくない....


なぜこのファルカが俺の救世主候補になったのか?


それは簡単な質問だ。


俺の相手をしてくれたからだ。


団長として何もせずに突っ立ているのは不味い。だが、突然異世界に意識だけ連れてこられた俺は何をすればいいのか全くもってわからん。


誰かの手伝いにも行くかと悩んでいると、ファルカが俺の方に近寄ってきてくれたのだ。


これで俺のやることができた。


もちろん最初見たときは殺されるのではないかとマジで焦った。


しかし、ファルカは俺の予想を良くも悪くも破壊してくれた。


サーベルタイガーみたいな見た目をしているからてっきり獰猛な猛獣みたいな鳴き声をするのかと思ったが、実際は、


クゥイーン クゥイーン クゥイーン ピコピコピーピーピー!


誰もが聞いたことはあるであろう、まるでSF映画に登場するロボットのような電子音を発したのだ。


俺が唖然としていると、横にいたボムカスが何も知らない俺に説明をしてくれた。ボムカス自身はそのつもりはないだろうが、俺にとって些細な情報でも価値がある。


「おおー! 君がストン様のペットであるファルカちゃんか! 私が以前ストン様の公演を見た際にはあまり舞台側に出る事は少なかったけど、ファンの間ではかなり人気があるのですよ!!」


ファルカはボムカスの話している内容を理解しているのか定かではないが、相変わらずの見た目からかけ離れた電子音を鳴らし、フカフカの毛が生えた頭を俺の体に擦り付けてきた。


デカイな....。


一撫でで俺の体がファルカの毛の中に包まれていく。


口に入った細かな毛を手で払いのけ、俺はファルカを撫でた。


猫は好きだ。


ならば....まあ....可愛いな。


少し愛着が沸きつつあるファルカを優しく撫でてていると、機嫌を良くしたのか腹を見せ、床にゴロンと横たわった。


うーーん 猫だな。


「ストン様! 確かストン様のペット...いや相棒であるファルカちゃんは限られた人間と意思疎通ができる触角があると以前レイ様からお聞きしたのですが、もしかしてそのクネクネした青色の触角のことでしょうか?」


そんなの知らねえよ! 初耳だよ! と反射的に口が滑りそうになったが、俺はなんとか抑えることに成功した。


ボムカスの視線の先にはファルカの後頭部から生えた二本のクネクネと曲がった青色の触角があった。


とりあえず返す言葉が思いつかず、適当に


「ああ... そのことか... そうだ...な」


と曖昧に返事をしてみた。


すると、ボムカスが少年のように目をクリクリさせ、


「そうでしたか!! ではいつもその触角を触って自由に意思疎通をファルカちゃんと行っているのですね!! 流石です!! ストン様! 昔、冒険者ギルドで伝説と呼ばれていた魔獣を使いこなすとは!」


いくつか気になるセリフが聞こえたが、どうやら触角を触ればいいらしい。


ボムカスに俺が何も知らないという事を見破られないため、というよりも興味本位でファルカの触角を触ってみた。


すると、


手で触角を握った瞬間、ファルカの息遣い、体温、感覚などのファルカが感じている情報がドッと俺の脳内に流れてきた。


なんだ!? これは!?


今まで俺が感じ取れた五感の情報を遥かに凌駕する質と量の情報を俺の体が受け取った。


もし、俺がストンとしてではなく、岸庄助として受け取っていたら感覚が許容量を超え、完全に麻痺してしまったことだろう。肌が震え、身体中の毛穴が開きだす。


この瞬間、俺とファルカの思考と感覚がシンクロしたのだ。


そう、『俺』とだ。


ストンの中にいる岸庄助の意識とストンの体が感じる感覚が融合した『俺』とシンクロした。


シンクロをした瞬間、異変を察知したのかファルカが床から体を起こし、俺のアイマスクをした目を見つめてきた。


横で見ているボムカスからすれば主人とペットが見つめ合っているだけに見えるのだろう。


しかし、シンクロした『俺』とファルカの間にはボムカスが想像もしない現象が今起こっている。


シンクロしたことによって『俺』とファルカの意思が深層で繋がったのだ。そして『俺』はファルカの心を読み取った。









ボムカスが先ほども言っていた通り、ファルカはあまりサーカスの舞台には出ていないようだ。それはあまり、『人間』が好きではないかららしい。では何故このストンという人間とは意思疎通ができるのか?これについては読み取れなかった。このシンクロ現象は記憶を垣間見るのではく、現時点での意思を読み取れるみたいだ。



現時点での意思を読み取れるのだとしたら、ファルカも『俺』の意思を読み取ったはずだ。過去の記憶が読み取れなければ俺がストンではないことには気づかないだろう。異変を察知したファルカであったが、尚も動かないファルカはどうやらそこまでは気づいていないようだ。


だが、『俺』の現時点での意思は伝わる。


サーカス団で何をして良いのか分からず、不安な気持ちで押しつぶされそうになっている『俺』。もうじき始まるサーカスの公演で誰かに助けてもらいたいと思っている『俺』がだ。



クゥイーン ピーピーピーっ!



ファルカの電子音が鳴り響く。


シンクロするまで、意味がわからなかったこの電子音だが、今は分かる。


『一緒に今日を乗り越えよう』


俺にはそう聞こえた。






「ストン様! そろそろ出番です! 今日の公演を成功させましょう!」


ボムカスの声が聞こえ、俺は一旦触角から手を離した。


そうだ。もう始まってしまうのだ。よくわからない俺が団長であるサーカス団の公演が。俺も出なくてはならない。だが、どうすれば良いのか分からない。


そんなマイナスな感情もいまやただの感情でしかない。


今俺の目の前にはこの世界に来て初めての理解者であるファルカがいるのだ。


頼もしい存在がいるのは心が少し楽になる。


「わかった。しかし、突然ですまないが、今日は俺の相棒であるファルカを連れて行く。構わないな?」


尻尾を振ったボムカスが答える。


「はいっ!! ストン様が仰ることに反論などございません! 団員には私から伝えておきます」


「頼んだ。ではファルカ行くか!」


「クゥイーン クゥイーン」


現時点で唯一であり、強力な相棒を得た俺はファルカの背中に乗り、暗闇の方へと向かった。


大勢の観客が待ち構えているサーカスの舞台へと!






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る