第5話 「緊張の開幕です」
『皆様! 心の準備は整いましたでしょうかっ! これよりバベルタワー最上ブロックにおいてレッドサーカス団の公演を開催いたします。』
司会の挨拶が終わると観客達が騒めきだす。
「ヴィラフィールド!」
「ヴィラフィールド!」
「ヴィラフィールド!」
「ヴィラフィールド!」
「ヴィラフィールド!」
「ヴィラフィールド!」
「ヴィラフィールド!」
ヴィラフィールド? ボムカスに念のため確認をとったが、最初の出番は俺のはずだぞ?なんだこの掛け声は? ストンならまだ分かるが...
サーカスでは何人もの団員達が出番を組んで舞台に登場する。これはレッドサーカス団でも同様のようだった。ではトップバッターは誰が務めるのか?
それは勿論、団長であるストンだ。それにも関わらず観客席側からの鳴り止まないこの掛け声、所々に黄色い歓声もある はヴィラフィールドと言っている。
俺の他にトップバッターを務めるような団員がいるということなのだろうか?それならば、その大役は任せたい。このサーカス団のことを何も知らない俺は様子を見てから舞台に出たかったが、やはり団長という事でトップバッターになってしまった。これでは困るのだが...
それに、観客はヴィラフィールドという人物の名前を呼んでいるのだ。ここでストンの俺が出て行ってしまえば、多少興奮が冷めてしまうかもしれない。
それは、嫌だな。俺だってトップバッターは嫌なのに。
そんな俺の感情が伝わったのか、俺を背中に乗せたファルカは首を俺の方に向け、クゥイーン と鳴いた。まあ電子音なのだが。
「ああ そうだな よろしく頼むぞファルカ! 乗り越えよう!」
そしてファルカに励まされた俺は覚悟を決め、舞台へと上がるべくファルカに指示をする。突撃だっ!と
俺の指示を受け取ったファルカがその宅配便のトラックほどの大きさのある巨体を動かし、太い四本足に思いっきり力を入れたのが伝わってきた。すると俺を乗せたファルカが徐々に速度を上げ、暗い舞台裏を全速力で駆けた。舞台裏で控えていた他の団員が驚くような表情をしていたのが、一瞬だが俺の目に映った。
え? もしかして舞台裏は走っちゃダメな感じだった!?
やばいかも...
後で団員達にする言い訳を考えようかとしていると、トップスピードに達したファルカはもう舞台へと出るところだった。そして俺は前方を見る。
!?
壁じゃん!
確かにファルカと俺は舞台のすぐ近くまで来ていたのだが、ファルカはあろうことか、舞台への出入り口に走ったのではなく、壁に突進している。
「ファルカ!? 何をしている! 出入り口は横だぞ!」
ファルカの触角を強く握り、俺の意思を全力で伝えたのだが、
クゥイーン クゥイーン ピピピピっ!
ファルカの電子音が応えた。
「任せろだと!? どうする気だ!」
俺の必死の応答がファルカに届く前に俺とファルカは壁へと突っ込んだ。
ドカーーーーン!!!!!
という爆音と共に舞台と舞台裏を隔てていた壁が破壊され、俺とファルカが大勢の観客が待つ舞台へと飛び出した。
すまん 俺はストンだ。ヴィラフィールドではない....
変な登場をした挙句、ヴィラフィールドでもない俺が登場したことに観客は引くだろうと思った。
それは凡人の岸庄助の考えだ。予想は大いに外れた。
「うをおおおおおおおおお!!!!!ヴィラフィールドとファルカちゃんだああ!!!」
「キャー ヴィラフィールド様!! カッコいいっ!!」
「最高の登場だぜえええ!!! 流石は赤の道化師!!!」
「やべーよ! やべーよ! なんじゃこれ!! やべーよ!」
「ファルカちゃーーーん!!」
俺とファルカが壁を突き破り、舞台に登場した瞬間、数秒の沈黙が観客席側に流れ、失敗したと思ったのも束の間、一斉に観客のボルテージが最高潮に達したのだ。
あれ!?
よく見たら、観客の量が尋常じゃなかった。サーカスだと思っていたから多くても精々数百人だろうと思っていた。それでも緊張はする。何せ新人社会人の頃は二十人の前でプレゼンするのも緊張して失敗してしまったほどだ。
だが、見たことかこの観客の量はサッカーのW杯や海外アーティストのコンサート会場に匹敵するほどの観客達がそこにはいた。
そしてほぼ全員が立ち上がり、拳を上げ、ジャンプをし、黄色い歓声が飛び交い、まるで決勝戦で決め手のゴールが入ったかのごとく興奮している。
よくわからんが....なんか気持ちがいいな...
内心ニヤニヤが止まらない俺はファルカと共に舞台を周り、観客席側に手を振った。それに反応するように
「キャー ストン様ーー! こっちも見て!!」
「あなた馴れ馴れしいわよっ! ヴィラフィールド様!! ファルカちゃん!!」
「最高だぜ ヴィラフィールド!!」
「ヒュー ヒュー!」
最高だ。
いや最高過ぎる。
今までの人生で受けた俺への評価数が一瞬で超えた。
正直気持ちがいい。シンクロをしているファルカに感謝をしなくては。
ファルカは俺の意思を感じ取ったようで、電子音で俺に応える。
よし! ではファルカ! 観客を傷つけない程度でお前の力を見せてやれ!
クゥイーン ピピピピっ!
観客の歓声を全身で感じ、俺とファルカは舞台の中央へと向かった。
そして、ファルカが自身のお腹にグッと力を込めたのが俺に伝わってきた。
獰猛な魔獣としての力を見せてくれるようだ。
クゥイーーーーーーーーーーーン!!!
ファルカの長尺の電子音が響き渡る。観客と同じように何が起こるのかと俺も耳を傾けた。その電子音はまるでレーザーガンをチャージしているようにも聞こえる。
チャージが終わったファルカが口を開き、天井を見上げる。
ボワーーというガスバーナーを解放したかのような爆音と共にファルカの口から青い炎が天井へと放射された。
背中に乗っている俺にも熱気が伝わってくるが、火傷をすることはなかった。
ただ、目の前で放射される青い炎の力強さに圧倒され、つい見入ってしまった。
それは、俺だけでなく、観客達も同じようで先ほどまで騒いでいた歓声が嘘のように止まり、皆がファルカが吐き出す炎を見上げていた。
しばらくして、ファルカの放射が終わると観客席に再び興奮の波が押し寄せた。それにつられて俺も我に返る。
「よく やったぞ ファルカ!」
電子音が鳴る。
そして終わり時は今しかないと感じ、俺はファルカの背中の上に立ち、観客席側に深々とお礼をする。これで俺達の出番は終わりですよという意味を込めて。
「ヴィラフィールド!!!」
「ヴィラフィールド!!!」
「ヴィラフィールド!!!」
「ヴィラフィールド!!!」
「ヴィラフィールド!!!」
「ヴィラフィールド!!!」
「ヴィラフィールド!!!」
「ヴィラフィールド!!!」
「ヴィラフィールド!!!」
あっ!? ヴィラフィールドってもしかして俺の苗字かっ!
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