第2話 「さあ始まりです」
真っ赤な髪に赤いフィルターのかかったアイマスクを装着し、どこかの男爵のような赤いコートを羽織った俺(ストンと言うらしい)は衣装ルームでの仕度が終わると、猫みたいな黒耳と細長い尻尾が特徴のメガネをかけた男に連れられ、一本道の広い廊下を歩いていた。
さきほどから角の生えた美女や尖った耳を持つスタイリストの老人などを見てきたが、今俺の目の前を歩いている男の姿も異形だ。
最初はコスプレだろうと思っていたが、近くで見れば見る程繋ぎ目のような線はなく、実際に体の一部であるかのように思えてくる。
「俺はこのままストンとして行動をするべきなのか....?」
つい心の中の考え事を声に出してしまった。
「どうされましたか?ストン様 さきほどレイ様からいつもと様子が違うと聞いておりましたが、やはりどこか雰囲気が違うような気がしますな....」
前の男が歩くのを止め、俺の方に振り返った。
また怪しまれてしまったな.... だが、ここで俺の中身は岸 庄助だぞと言っても信じてくれない気がするが....
一回言ってみて反応を窺ってみるか? 何もしないよりはマシだろう。もし理解してくれたらこの謎の現象も解明できるかもしれない。
「あのさ....実は俺の中身はきっ---------!」
「?」
実は俺の中身は岸 庄助という別人なんだと言おうとしたところ、肝心の「き」を発音した時点で声が出なくなった。
何度トライしてみても正体を打ち明けようと考えると声が出なくなる。
何かしらの制限が俺にかけられているようだ。
クッソ! どうやら正体は隠してストンとして行動する選択を選ぶべきらしい。
納得がいかないが仕方ない。
「すまん すまん。 実は今日調子が悪くてな.... 記憶も曖昧だ.... それで俺らはどこへ向かってるか教えてくれないか?」
「....ストン様 大丈夫ですか? 今日の公演は延期にされます?」
延期にできるのか! よくわからんものにいきなり参加しても無駄だ。延期ができるのならこの状況の情報を整理してから挑みたい。
「おお! 延期にできるのか! ではそうさせてもらおう」
「本当ですか!? あれほど昨日は今日の公演は何としてでもやらなくてはいけないんだと力説していたストン様が.... 本当に忘れてしまったのですね... これは緊急です! 至急、係の者をよび--------」
「待て待て! その必要はない....冗談だ ...行こう」
「なんだ驚かせないでくださいよ! さすが赤の道化師ですね 公演前からスタッフに冗談を言うなんて.... 徹底してます! このボムカス、改めてストン様の元で働けた事に感謝致します!」
ボムカスって言うのか....
そんなことより、昨日のストンが今日の公演を何としてでもやると言っていたことを聞いて俺は延期の件を断ってしまったが...
これは良かったのか? と言うか俺大丈夫か?
第一にこの体の持ち主であったストンの意志を俺が尊重する必要あるのか? なんか周りの者達に尊敬されているような人物であることはなんとなく分かるが、俺は岸 庄助という一般人なのだからこいつに合わせる義理はない。
なのだが、謎の美女...そう言えばレイって言ってた気がする。とジムススや息子らしいロイ、このボムカスと話しているとどうもこのストンと俺を切り離して考えることができないのだ。実際に俺と話しているように感じる。意識がなんらかの原因で乗り移ったことにより徐々に一体化してきているのだろうか?
その真意はまだ謎だが、俺はストンとして公演に参加することになってしまった。自業自得なのだが....
ボムカスと共に廊下を歩き終えると、正面に小さな部屋が現れた。さきほどいた衣装ルームよりも狭いが、地面には真っ赤な絨毯が轢かれ、天井には豪華なシャンデリアがぶら下がっている。ただ奇妙なのは室内は空で、テーブルや椅子などの家具はなく、壁には見たこともない文字が縦方向に刻まれていた。
うーん なんだこの文字は......
!?
読める....
日本語でも英語でもない、まるでヒエログリフのような表語文字なのだが、なぜだか俺にはその意味が分かった。
これは...数字だな。
1、2、3、.......100ブロックか。
このなんにもない部屋の壁に書かれていたのはどうやら数字のようだ。
俺が不思議そうに数字を見つめていると、
「ストン様 会場は100ブロックですよね? ....あまりにも不思議そうにボタンを見つめていらっしゃったので会場が変更されたかと思ってお聞きしたのですが....」
「おお すまない。 なんでもないさ....気にしないでくれ。 行こうか」
ボタンなのか?これは
とすると、この部屋の正体は....
「では参ります!」
ボムカスが壁に表記されていた一番上のボタンを押すと、地面から体を押し上げるような力が足裏から伝わってきた。
上昇したのだ。この部屋ごと。
つまり、これはエレベーターらしい。
すると、何も無かった空間にまるでプロジェクターから光を出しているかのようにして光り輝く文字が突如出現した。その文字は上昇に比例して形を変えていく。
階層が上がっている事を表しているのだろう。
その文字に見とれていた俺は文字が50を表した頃、異世界に来たということを確信した。
50ブロックに到達するまでは周りが壁に囲まれていて気づかなかったが、この部屋はスケルトンだったらしい。壁のエリアを抜けた途端、外の景色が見えた。
まず目に入ったのは、赤、青、黄、緑、紫、黒、白の色に分かれた色取り取りの雄大な山々だ。俺は一度富士山の麓まで友人達と行ったことがあるが、これらの山々はエレベーターの中から見ていてもその大きさに驚かされる。富士山が小山に見えてくるほどだ。目を覆うほどの巨大なものは男だったら多少は興奮するだろう。そして、巨大な山からはその山と同一色をした川が流れている。
まあ至る所で煙がモクモクと上がっているのは気になるが....
そして次に、俺の目を惹いたのが空を自在に飛ぶ鳥ではなく....
恐竜に翼が生えた感じのモンスターに乗った人達だった。ここからでは騎乗している人の服装まではよく見えないが確実に人だった。
彼らはエレベーターから少し離れたところをグルグルと旋回し続けている。
.....おい! やっぱりここ異世界じゃん!!!
今まで自分の状況があまり理解できていなかったが、あのライダーたちの姿が語ってくれている。
そのほかにも空に浮かぶキノコを収穫しているゴブリンみたいな奴や、エレベーターの近くの壁を登っていた巨大なナナフシとかもいたが、ライダーが俺の少年精神を熱くさせた。
やあ 実際に異世界に来るとはな....
いまだに実感はないが、とてつもなくワクワクする。誰しもが考えたことはあるだろう。あの現実から逃げたいと。
エレベーターは尚も上昇する。というか1ブロック抜けるのに何十秒かかるんだとも思いつつ、その長さがこの建物の高さを物語っていた。外ばかり見ていたが、横から垣間見えるこの建物はなんなのだろう。ドバイに建設されたあの世界一高いタワーなんか比にもならないだろう。
目的の100ブロックに近づくにつれ、雲を追い越し、雄大な山の頂上を越していく。
こんなにも高度が上昇しているのに気圧の変化によって耳が痛くならないのが不思議だ。
魔法だろう!こんなもん!
内なる興奮をボムカスに悟られないようにしながらも、ワクワクは止まらない。
だいたい異世界と言ったら中世のヨーロッパみたいな街並みからスタートするもんだと思っていたが、この場合はどうなのだろう? 確かに衣装ルームやこのエレベーターの内装はヨーロッパのテイストな気がするが....。カッコよく言えばアール・ヌーヴォー調とでも言えるのかな? だが、こんな超超高層ビルなんか普通ないだろう....
そんなどうでも良いようなことを考えていると、謎のヴォーンというまるでパソコンの起動音みたいな音が100ブロックに到着したことを知らせた。
「ストン様 到着しました!」
俺はエレベーターで上昇中に異世界に転生...ではなく意識が乗り移ったという状況をようやく理解できたので、気持ちも上昇中だ。
扉が開かれると俺は力強く前に足を踏み出す。
扉の外で俺を迎えていた亜人やモンスター達の元へと!
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