第24話:夢

 母さんが笑っている。言葉も喋れない頃、母はよく笑って俺を撫でてくれた。

 喋り出してからも、俺が上手く笑えなくても幸せそうに笑ってくれた。父によく似ていると話していた。

「リナには、双子のお兄ちゃんがいるの。会えたら仲良しになれるよ」

「?」

「お父さんは緑色の髪と目をしててね、綺麗で格好いい人。すごい職人さん。リナも成長したら器用な職人さんになるのかな」

 兄のことや父についても教えてもらっていたのに、覚えていられなかった。母を殺した直後に、母との記憶がゆっくりと薄まっていった。

 鮮明なのは殺したあの日のことだけ。

 受け止めるのが怖かった。父さんの人柄をよく知らなかった頃は、『お前のせいで妻が死んだのにどうしてのうのうと生きてる』って言われる夢も見た。

 父さんはそんなこと言わなかったし、俺を許してくれたけれど。

 それでも、父と兄と話すたび『許してもらえない』と二人を疑う自分は嫌いだ。

 自分が誰だろうと殺せる化け物だと思いたくなくて、認識も記憶も歪めた。心のバランスが歪んだまま育った。

 育ての姉に申し訳ない。

「リナ、寝ましょうね」

 母が俺を抱き上げて子守唄を歌う。無意識領域に刻まれた音律が懐かしい。母は父が仕事中にその鼻歌を歌うのをそばで聞いて、メロディを覚えたのだろう。

(……夢?)

 眠たい。温かくて心地よい。まぶたが重たい。

 しばらくまどろんでいると、ふと近くに誰かの気配がした。

「?」

 なのに布団が心地よくて出たくない。良くない傾向だ。ぱっと起きられないと、突然の攻撃に対応できないのに。

「…………」

 でも眠たい。

「すやすや寝てるのはいいんだけどね。そろそろ起きてもらわなきゃなんだよねえ?」

「ん……」

 父さんとルピナス姉さん……のどっちか。

 薄眼を開ける。

「よう。起きたかい、ば可愛い弟」

「……姉ちゃん……?」

 なんとなく手を伸ばすと、姉ちゃんが指を握った。

 あたたかい。

「……」

「お前がねむねむしてるの、酔ったとき以外じゃ初めて見るよ」

 すごく眠たい。

「布団が柔くて温かい」

「お、マットレス敷いたんだね」

 俺の下に敷かれた布団を見て笑う。

「スペード様から聞いたけど、お前、土地神さまに面倒見てもらったんだって? あとで神社にご挨拶に行かなきゃね」

「……んー」

 もっかい寝たい。

「ぐずっちゃうかー。神さまは包容力がすごいんだね」

 姉ちゃんはなんだか面白がっている。

「ところで本日は3月8日。現在時刻は朝10時だ」

「……」

 目が覚めた。

 のろのろと起き上がる。

「12時半からの卒業式、出るかい?」

「……認識消して出る」

「あっはは! 俺もそうする予定だよ」

「シャワー浴びてくる……」

「行っておいで。朝食、適当でいいなら作っておいてあげるよ」

「頼む」

「あいよ」



 髪を乾かしながら自己分析。

 母を殺した自分を自分が許すことは未来永劫ない。

 だけど。いまの自分は、自分と母が幸せだったことを思い出せるから、それで大丈夫。

 とにかく、今日はケイの卒業を祝おう。

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