第28話:もう一度

「……ミサッキー、あれはずるいわ」

「わざと、じゃっ、ない……!」

 みんなで考えた手紙を読もうとしたのに、いざ読み上げる段になって、私は、

『先生、好きです。……卒業、寂しい……』

 としか言えなくて泣き崩れた。

 柳瀬先生も、周りで待機してお礼を言うつもりだったみんなも、泣き崩れてしまった。

 そのまま先生に抱きしめられ、女子たちともみくちゃになって男子が嗚咽を漏らして……ぐだぐだにしてしまったことを申し訳なく思いながら、先生に手紙を渡した。

 ホームルームも終わったのに、私は涙が止まらなくてしゃくりあげている。

 一足早く泣き止んだエマちゃんが私の顔をハンカチで拭う。

「ほれほれ、恋人と会うんじゃろ? 顔直してけー」

「うぇくう……」

 鏡を見るまでもなく目が腫れているのがわかる……

 光太も泣き顔だったらお揃いでいいけれど、私一人泣き顔は恥ずかしい。

 今は陸部の集まりに行っている光太からの連絡待ちだ。

「……っ」

 メールが着信したが、光太の着信音である猫の鳴き声ではなかった。

 小さな鈴の音はシェル先生からのメール。

『from: シェル先生

 2階保健室に佳奈子と居ます』

「!」

 式の間も見なかった佳奈子の姿。体調を崩して保健室にいたのか。

 急いで返信して、カバンとコートを持ち上げる。

「エマちゃん、ちょっと用事できたから行ってきます!」

「おう」

「明後日よろしく!」

 友達複数人で卒業祝いに集まる予定がある。

「じゃ、またね」

「またね!」

 駆け足で保健室に向かう。

 ノックに高宮先生の返事があった。

「はーい、どうぞー」

「失礼しま……」


 保健室中央の応接テーブル。

 そこには、なぜかスマホを掲げたシェル先生が私を待ち構えていた。


「…………」

 佳奈子はいない。

「騙しました。……こうしたら速く来るでしょうし」

 彼はスマホ画面の再生ボタンを押す。『はーい、どうぞー』と、先ほど聞いた高宮先生の声が響いた。

「……あの……」

 今の今まで、彼は挨拶以外で私に接触しにきたことは一度もなかった。

 まさかだまし討ちのようなことをして対面するとは。

「座ってください」

「は、はい」

 彼の向かいの椅子に座る。……間近で見ることがなかったから、生きていることが不思議なくらいの美貌がまばゆい。

 彼は私の顔を見て首を傾げ、虚空から出した密封袋を手渡してくる。

「とりあえず、目に当ててください」

「ありがとうございます……」

 密封袋に入っていたのは温かいおしぼりだった。ありがたく目に当てる。

 じんわり温かくて心地よい。

「あの、どうして……」

「娘がお世話になったそうで。お礼を」

 ああ、パヴィちゃんか。娘さんであるパヴィちゃんは、シェル先生にそっくりだ。

「そんな、その……」

「思いつきで転移を使ったのだそうですが、光太のアーカイブで座標がずれたようで。あなたが保護してくれて助かりました」

 頭を下げるシェル先生。

 転移の位置をずらすなんて、光太のアーカイブはどういうものなんだろう。不思議だ。

「いえ……」

 疑問はおいて、私も頭を下げ返す。

「あとでそちらにお礼を送りますね」

「気を使ってもらって、すみません。でも、私ただ保健室に送っただけで……」

「娘のそばについていなかったのはこちらの不手際です。申し訳ありませんでした」

 再び頭を下げられた。気品も風格も常人と一線を画する彼にそうされてしまうと恐縮だ。

「……いえその……」

「あなたを避けたのは、俺の双子の姉があなたの先生と友達で、あなたとも出会っているからです」

「…………」

 目を丸くして驚く私に、彼はため息をつきながら、今まで私を避けていた理由を答えてくれた。

「俺たち鬼は、領域を決めて縄張りを陣取ることができます。元々、地下からの神秘が吹き出す岩や木などを縄張りにした種族ですので」

 神社の成り立ちのような種族特性だ。

「竜も縄張りの特性があるのですが、こちらは縄張りが広範囲な代わりに一つしか持てません。鬼は範囲は狭いですが複数持てます。姉は竜と鬼が同等程度の判定なので、それなりに広い範囲を複数持てます」

「……つまり、お姉さんはご自身のおうちのほかに私と先生の家を縄張りにしていて、その範囲はマンションの外まで広がっている……ということですか?」

「はい。当然、俺があなたたちの家のそばに行けば姉に感知されます。俺も範囲に入ればなんとなく姉の領域だとわかります。感情の薄まっていたあなたに悪しきものを寄せ付けないため、あなた自身にも姉が加護を与えていますしね」

 初めて知る事実に圧倒されていると、シェル先生がぽつりとこぼす。

「……姉の縄張りに入るなど不愉快でたまらない」

 反応に困っていると、彼が首を横に振って言う。

「あなたは悪くありません。しかし、俺の不審な行動で不安な思いをさせたり、避けたことにより快く思われないのは……誠に申し訳ないです」

「……」

「あなたの先生を弁護しておきます。完全なる善意でした。その証拠に、問い詰めましたら『ケイに守護もあげられるし、お前は嫌いな姉を避けられる。何が悪いの?』と」

 リーネア先生らしい。

 彼はその頭脳を恐ろしく無邪気に無鉄砲に使うことがある。そしてそれは、彼の内では完璧な善意によって行われるのだ。

「姉と会わないようにするため計算式を立ててはいたのですが……ひぞれが来た以上、無理だとも予想していたんですよね。認めたくなかっただけで」

「?」

「まあいいです。悠里から場所を借りているとはいえ、迷惑もかけられませんしね」

「高宮先生とお知り合いなんですか?」

「悠里は俺の母の弟子です。それなりに親交があります」

 意外な繋がりがあるのに驚きだ。

「タイミングが合ったので、あなたのパターンシンドロームを治しましょう」

「――――」

 一瞬、呼吸が止まった。

「あまりこういう手は使いたくなかったのですが、土地神が調整を入れられるというので信頼することにしました」

「ど、どうやって……?」

「より正確に表現しますと、治すのは光太の神秘です。俺は、光太の神秘があなたに作用するように少し手を貸すだけ」

「……」

「今日はデートなのでしょう?」

「みゃっっ」

 顔から火が出そうだ。

「望みを遂げられると良いですね」

「あう。あうあう……シェル先生は、どこでそれを……」

 首を傾げてから、薄く微笑んでこう言った。

「俺のミドルネームは『アリア』ですよ」

「…………」

 まじかる☆ありあちゃん。

「え、え……」

「あのチャットルーム、ひぞれが運営しているんです」

 確かに私も翰川先生の紹介で入ったけれど……!

「俺もたまに覗きます。暇つぶしに悩み相談の真似事などもしましたが……知り合いが相談に来るたび、世間は狭いと知ったものです」

 からかうような笑みだった。

「……え、あ……」

 ちなみに私、キスについて相談する前に『彼を名前で呼びたい』だとか『男子にグッとくるファッションとは』だとか、あれこれと……

「ひぞれが管理しているおかげでプライバシーには過剰なまでに配慮なされていますよ。ログもすぐ消えますしね」

「そういう、問題では……」

 思い返してみれば、私が相談した時、『まじかる☆ありあちゃん』さんは毎回居た。直接相談に乗ってきてくれたのはキスの相談だけだったが、他の人と雑談をしていたのは見覚えがある。

「これ以上は良いでしょう。光太からもそろそろ連絡が来ますしね」

 羞恥に身悶える私に、彼が音もなく接近。額に指を突きつける。

「祝福をくれてやる」

「――っ」

 視界が揺れて、咄嗟に目を閉じた。

「……」

 保健室の暖房の音が遠ざかっていく。

 恐る恐る目を開けると――光太と目が合った。

「「あ」」

 校内ながらも見慣れない場所で、そばの部屋から出てきた彼は、手にスマホを持っている。

「メールしようと思ったのに、来てくれるとは」

「あ、あう。……ここ、どこですか……?」

「? 部活棟。知らないで来れたのか」

 待ち切れずに追いかけてくる重い女だと思われたらどうしよう……予告なしで放り出すなんて、まじかる☆ありあちゃんさんがひどい。

「……迎えに来てくれるって、なんか嬉しいな」

 ありがとうありあちゃん――‼︎

「道に迷いながら来たの? ここら辺、けっこう入り組んでるから無理しないでも良かったのに……ありがとう」

 照れる光太が好き。優しくて大好き。

「ど、どういたしまして……」

「陸部のみんなに挨拶もできたし、これから神社行こうか」

「うん」

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