第18話:彼女のおうちで

「いらっしゃい、ルピナスさん」

 タウラくんは公園で扉を出現させ、ローザライマ家の屋敷に俺を招き入れた。

 ルピネちゃんはタウラくんに抱きついている。

「タウラは昔から優しくていい子だから、ぎゅってしてあげる」

「お姉ちゃん、ルピナスさんが居るのですから。まずは入りましょう」

「うん」

 この屋敷は、家人が招待してくれなければ訪問さえできない。俺も入るのは久しぶりだ。

 靴を脱いで付着した雪と土を削っていると、女性の声が響いた。

「まあ。ルピナス? いらっしゃい」

 アネモネさんが微笑んで歩み寄ってくる。

「お邪魔してます」

 花開くような笑みを浮かべ、ルピネちゃんが抱きつく。

「?」

「母上っ」

「どうしたの、ルピネ?」

「今日はルピナスとデートをした。嬉しい」

「……。そうなの。いいことあったのね」

「母上」

「なあに、ルピネ?」

「すきです」

「私も大好きよ」

 彼女はルピネちゃんを抱きよせながら、そばの部屋の扉を開けた。

「秘密のお話をするから、あなたたちリビングでお話ししててね。タウラはルピナスをもてなしなさい」

「はい、母上」

「ん……母上、ちょっとだけ待って?」

「?」

 ルピネちゃんは幸せそうな笑顔でタウラくんに微笑みかけた。

「タウラ、お土産が冷蔵庫に入ってるから、ルピナスと一緒に食べてね」

 手を振りながら二人が部屋に消える。手を振り返しながら、タウラくんが呟く。

「……このままでもいい気がしてきた」

「おいシスコン」



 回収してきた銀色のからくりは、柔らかい素材のマットに静置されている。タウラくんがリビングに転移させてくれていたのだ。

 ルピネちゃんからもらったカップケーキを食べつつ観察してから、彼は手を機械の上にかざして小さく呟く。

「……スペルを弾きますね。コードだ」

 手からスペルが流れているのが見えた。

「だよね。近づくごとにルピネちゃんが甘えん坊になって……あれって酔ってるの?」

 ルピネちゃんは鬼と竜の血が入っている。両方とも種族としての酒豪が約束されているから、彼女が酒に酔うところを見たことがない。

「寝付く前にそうなります。父母のそばでしかならないのですが……」

「タウラくんは見たことあるんだ?」

「前に母上に甘えているところを盗撮し――偶然通りかかって」

「訂正できてないよタウラくん」

 タウラくんは愛が重い。

「それはさておき。洗浄は?」

「表面の土を払っただけだよ。隙間の点検まではしてない」

 見た目には錆びていないように見えるものの、歯車の内部に土埃が詰まっていたり錆びていたりすれば掃除しなければならない。

「屋外でしたしね」

 いつもしている白の薄手袋を脱いだ。彼は手に異能を持っている。

「では、調べましょう」

 まず最初は人差し指のみで、部品の詰まった外殻に触れる。

「…………。止まっているのに稼働している」

 訳がわからないが、古代のからくりが動く理屈なんて哲学みたいなものだ。うちのじいちゃんが機械を説明するときも訳がわからないし、そんなもんなんだろう。

「停止していることが稼働しているということ。それを維持するために特徴的な波長のコードが放出されている……周囲の時間と比べて自身が停止していると判定されるように。原理は時間停止装置に近いですね」

「……持続時間は?」

 一家に1台の家電となった時間停止装置でも、停止させる時間に限界が存在する。中に入れたものが有機物なら15年、無機物なら30年だ。

「もう少し深く探ってみます。神の作ったもので、しかも他の神の治める地に埋まっていたのなら、どこかに契約の文言があるかも……」

 今度は右手全体で触れた。当然ながら、彼の異能は接触面積が増えるほど分析精度が高まる。

 代わりに、悪しきものや穢れたものに触れたときにダメージを受ける可能性も上昇する。

「無理しないでね」

「ご心配なく」

 彼は常の優美な笑みを浮かべたまま、外殻より内側へと指を入れる。

「……悪意が見当たらなさすぎて逆に罠なんじゃないかと思えてきました。『自分が作りたいから作った』という主義が透けて見えます。なんというか、あなた方レプラコーンひいては炉の神に近い」

「あーあー聞こえなーい」

 俺やカル、父さんの持つ《炉神の瞳》の神は、俺たちの祖先だ。今回の案件でも影がちらついている気がしていたのだ。

 性格は『暴走する父さんから心の影と理性を抜き取ったレプラコーン』だと思ってくれれば大体合ってる。

「……関係者ご本人が仰られるのならば僕から何を言うことでもないけど……あなたたちもう少しコミュニケーション取った方がいいんじゃないですか?」

「タウラくんは、取れると思うのかい。あれらにコミュニケーションなんて便利な機能がついてるとでも?」

「出過ぎたことを言いました」

 わかっているくせにくすくすと笑う。

「契約文、見つけました。大昔の日本語がフォーマットですね」

 触れるだけで詳細な分析が可能なタウラくんは、その能力を活かして古代魔法の解読や魔法器具の解析を仕事にしている。

 文字が伝わってきた後の時代の日本語なら、容易く解き明かすだろう。

「『土地が滅ばない限り無限』……『土地は神が滅ばない限り無限』。『神はこの機械が壊れない限り無限』。他にも何段階か文が続いて、複雑にループを形成しています」

「そっか……永久機関だね」

 神様が権限全開で作った機械なんて再現性ゼロだ。魔術協会に送ったって、こんなの分解さえままならないだろう。

「そのようです。これ自体は、神が神の権限を使って作った、世界で最も何の役に立たないからくり」

 手を離して、ウェットティッシュで拭う。

「存在することのみが存在意義で、存在し続けるために、『不変であるためには不必要な異物』を吐き出しているみたいだ。……掘り出された今もそうしているのがすごいと思うよ」

「じゃあその『異物』がルピネちゃんに作用したってことかな?」

「たぶん」



  ――*――

「母上。今日はルピナスが私にすきって言ってくれた。嬉しい」

 会うたび『結婚してください』と言われていたはずなのだけど……ちょっとルピナスが可哀想になった。

「そうなの。良かったわね、ルピネ」

「んー」

 甘えん坊な娘はとても可愛いのだけれど、もともと、娘は私や夫と二人きりの時でなければ甘えてこないはずだ。甘えるにしたって、もっとこう、節度ある甘え方をするはず。

 娘の異変がリビングに出現した機械のせいなら、私は躊躇いなく壊す。

 でも……

「母上、撫で撫でしてほしい」

 可愛いからしばらくはこのままでいましょう、うん。

 これはルピナスへの気持ちを聞き出すチャンスだからであって、決して私が娘に甘えられて嬉しいからではない。



  ――*――

「これ、どうします? うちの長姉か母上なら壊せますけど」

「なんで壊すの前提なのさ……」

 契約をループさせて永続を約束してるんだから、契約が一つ崩れれば連鎖するように他も崩れるに決まっている。

「最初はお姉ちゃんが可愛くて嬉しかったんですが、よくよく考えたら僕の大切なお姉ちゃんに得体の知れない異変を生じさせるような機械なんてこの世にいらないかなって」

 何この子怖いんですけど。

「それね、壊されたらマズイんだ」

「たかが協会と学府一つ敵に回したところで、」

「違うよ!」

 落ち着きのある常識人に見える一方、タウラくんは8兄弟で最も竜らしい。敵とみなせば『皆殺しにすべし』と動き出す。

「ハーツさんからも頼まれてんの! 機械を壊すな分析にかけろって!」

 ルピネちゃんがシェルに今回の件を話しに行ったら、ハーツさんにも話が回ったらしい。いきなり俺に電話が来たのだ。

「あの人の専門は呪いと祝福だ。ルピネちゃんのあの状態だって解除できる。それはタウラくんの方が知ってるでしょ?」

 8兄弟は、生まれたその日からハーツさんとスペードさんに可愛がられて育つ。

 彼らの能力はタウラくんの方が知っているはずだ。

「…………。ちっ」

 笑顔のまま舌打ち。彼が書き綴り始めた協会への『壊れましたゴメンネ☆』お手紙も破棄される。

「仕方ない。妥協する」

 タウラくんほど敵に回って欲しくない人も居ないな。

 お互いの緊張が解けたので、カップケーキに手を伸ばす。

「あ、そうだ。ルピナスさん、温泉入ります? 言い忘れてました」

「なんでそんなものがいきなり……?」

「パヴィとセプトが『おうちで温泉入りたい』と言ったらカノンが喜びまして。『ふたりのために頑張る』と庭を掘り始めたんです」

 それで掘り当てる彼も彼だ。

「キミのお兄さん素晴らしく頭おかしいよね」

「残念ながら」

「人力じゃないよね?」

「まさか。死神ビーム連発という暴挙に出ました」

 死神ビーム=『触れるもの全て消し飛ぶ神の鉄槌』なる術式の愛称。カノンの最凶必殺。

 愛称から分かる通り、彼はその術式をまともな場面で使ったことがない。

「庭に大穴を開けた兄は父にボコボコにされましたが、父もなんだかんだで末っ子の願いを叶えました」

 パヴィちゃんとセプトくんは両方とも子どもらしくない。その二人が冗談でも夢物語を言ったとなれば、叶えてあげたくなるのもわからないでもない。

「源泉を温泉井戸として整備。汲み上げポンプや湯船など必要な設備も揃え……我が家の庭には日本風の温泉が出現したわけです」

 タウラくんがカーテンを開ける。

 少し遠くに、洋風な庭にあって異彩を放つ小さな和風旅館が見えた。

「掃除も行き届いておりますし、お湯は綺麗ですよ。入るついでに、ボトルに汲んでいってください」

「ありがとう、恩に着るよ」

 やっぱりローザライマ家は意味がわからないけど助かった。

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