第17話:探索成功

 ドローンにくっつけておいたセンサから、チップを抜き出す。パソコンにつないで出てきたのは、公園をX-Y座標に見立てた位置と、その地点で対応する魔力波長の強弱の値。

 まずは大まかに(半分くらい直感で)関係のない数値を除外していく。

「んぅ」

 ルピネちゃんはなぜか俺の隣に座り、俺にもたれかかって何やらぶつぶつ言っている。

 俺は、理性と衝動が戦い始めそうなところを、作業に没頭することでなんとか抑えていた。

おとこじゃ、もたれるには体が硬いから……戻した方がいいかな。でも、雪降らない保証ないしなあ……)

 そもそも帰り道で雪に当たらないのも不可能に近い。ストックしてある温泉水は残り2本だから、大切にしないと。飛行機搭乗の本人確認の煩わしさを思えば、ストックは貴重だ。

「ルピナスは、私が好き……」

 彼女はわからない問題に出会ったときも丁寧に真剣に望む。わからない物事も、今現在で判明している事実を元にして出来る限りの分析をしようとする。

 恋心でもそうするだなんて、微笑ましい。

「私もルピナスが好き」

 ――水をひっかぶった。

「ルピナス?」

「…………。なんでもない」

 日ごろから周りに迷惑をかけないよう、水が必ず鉛直に落ちるような魔法をボトルに根付かせている。大した量じゃないからルピネちゃんにかかっていないし、パソコンも無事。私の頭が濡れただけ。

「なんでもなくない。まだ寒いのに、こんなところで水を浴びるなんて……」

「大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよ。すっごく大丈夫だから」

「タオルで拭いてあげよう」

 彼女は弟妹が多いだけあって世話焼きさん。私の髪の毛を優しく拭いている。

 しかも私の作業を邪魔しないような力加減と手つきでしているから、なんかもう……『結婚してください』と衝動的に言ってしまいそうになる。

 作業に集中する。

 要らない値を根気よく弾いていくうちに、特徴的な反応をしたブロックがいくつか見えてきた。北側に点在している。

 ルピネちゃんは薄い唇から静かに詠唱を紡ぎ、私の髪を乾かしてくれた。歌うようで美しい。

「んー……?」

「どうかしたのか?」

「なんか、思ったより反応が多いなあって」

 てっきり一つの大きな反応があるだけかと思ったら、そこそこの反応が複数。これを一つ一つ絞るのは骨だな。

 でも、各反応は、密集とまではいかないけどそれなりに近い位置にある。

「小さい反応は全部切っちゃうか」

 神のクラフトがこんなに反応小さいわけない。じいちゃんが作ってたからくりの魔力を基準に、切るかどうかを割り振っていく。

 繰り返して絞ったところ、反応を示す点が一つの円を描くように集まっていた。

「…………。機械の動力、魔法じゃないみたいだ」

「……ひとまず、掘り出しに行こうか」

「だね」

 公園地図に座標画像を重ねて、実際の円の位置を目視で確認する。

 ルピネちゃんが私の手を握る。

「はれ?」

「……嫌か?」

「そ、そうじゃないけど……」

 嬉しいけど、どぎまぎする。

「ふふ」

 なんだか上機嫌な彼女の手を引いて、ゆっくり歩いていく。

「ルピネちゃん、足元気をつけてね」

「うん」

 どうしたんだろう、彼女。今まで私が何度プロポーズしようと平然としていたのに……意識してくれているなら嬉しいけど、この様子はちょっと心配。

 それなりに大きい公園だから、けっこう歩く。

「ここだね」

 円のある地点まで来た。GPSでも確認したから、2m前の足元に埋まっているはず。

「球形に転移で抜く事って、できるかい?」

「うん」

「じゃあ、頼むね。今からどれくらいの深さか調べるから」

 ひーちゃん開発の『深度がわかるくん』を引っ張り出す。

 掃除機のホースから先を切断して持ってきたような見た目ではあるが、小型化と軽量化を重視した設計・あり得ないほど長持ちするバッテリー・取得したデータをどんな形式でも機器でも対応させられるマルチ性……など、狂った性能を保持している。

 ひーちゃんは作りたいと思ったものを開発して結果的に商品化するから、あちこちのメーカーさんがひーちゃんの好奇心を刺激しようとして『こんなものあったらどう思いますか?』というアイデアを送っている。

 持ち手を取り付けて、円の中心めがけて先端を伸ばす。ピヨピヨとひよこの鳴き声のような電子音が響く。探査中だ。

「んふふー……」

 歩くうちに雪に触れてしまったので体は男なわけなのだが、彼女は特に思うところないんだろうか。

 さっきから嬉しそうに俺に抱きついてくる。

「…………」

 俺の脳内では、理性と衝動が激しい殺し合いを繰り広げている。

 作業に没頭することでなんとか理性が勝っているが、このままでは彼女に連続プロポーズをかましてしまいそうだ。

 ぴこーん!

 終了を知らせた『わかるくん』をアダプタでパソコンにつなぐ。『わかるくん』は地層をスライスするように分析することもできるが、今回は『異物探し』のオプションを使っている。

「あったね」

 電子レンジくらいの大きさの金属反応。

 位置は地下10mほど。

「ほら、ルピネちゃん。ここだって」

「んぅ」

「ルピネちゃん?」

 画面を見せようとしたら、ルピネちゃんはぷいっとそっぽを向いてしまった。

「……どしたの」

「お出かけが終わってしまう……」

「終わらないよ」

 掘り出したら、機械を封印処理して、分析する機関に送らなきゃだし、正式調査をこなした証明と報酬の手続きをする必要もある。お出かけはまだまだ続くのだ。

「ん……なら、頑張る」

「シートの上に頼むねー」

 傷つけてもなんだし、目印になるようピクニック用のビニールシートを敷いておく。

 ルピネちゃんはそばにあった土くれをシート上に風の魔法でかき集め、交代転移のタネにする。

 彼女は画面を見ながら機械を引き抜いた。

 土山が消えた代わりに丸い土塊が出現する。

「見事」

「ん」

 頭を差し出してくる。撫でろということ?

「ありがとね、ルピネちゃん。今日はほんとに助かってる」

「んぅ」

 ちょうかわいい……

 ルピネちゃんをくっつけたまま、シートの前まで移動する。

 土塊は球形を保てるわけではなく、端の方がぽろぽろと崩れていた。黒ずんだ金属が少し見えている。

「……できるとこまで洗浄するか」

 毛の固いブラシで大まかに土を崩す。ルピネちゃんが手伝うと言ってくれたので、柔らかいブラシを渡す。これで機械に近いところの土を払ってもらう。

 形状が少しずつ見えてきた。ブラシを大きいものから細いものに変えて、細かいところの土を払っていく。

「歯車」

 ルピネちゃんが呟く。

「そうだね」

 歪な球形の、美しいからくり。

 それは殺風景な公園の中、異様な存在感を放ちながら、日差しを浴びて鈍く輝いていた。

「まさか錆びてさえいないとはね」

 黒ずんで見えていたのは周りの土の色を反射していたからで、スチームパンクがそのまま飛び出してきたかのような機械は内部構造の歯車と軸まで鈍い銀色だ。

 俺の《瞳》で見る限り、稼働はしていないようなのだが……なんとなく違和感が。

「……コード持ちひーちゃんのそばに居るときと同じような感覚があるなあ」

 これの仕組みが魔法ではないことは確定したようなものだ。魔術機械の製作と稼働がコードでも理論上不可能ではないと判明すれば、新たな分野が切り開かれるかもしれない。

 職人の一人として興奮する。

「ルピネちゃんはどう思う?」

 生粋の学者さんな彼女にも意見が聞きたい。


「ん」

 ちゅうっ。


 彼女の唇が俺の頰に触れた。

「……ふぁえ?」

「んふふー」

 ルピネちゃんは幸せそうに、ふんにゃりと笑っている。

 初めて見る表情に見惚れてしまう。

「口にしていい?」

「ちょ……待って。待ってルピネちゃん」

 このままでは俺の理性が本能に敗北してしまう。

 なんでいきなりこうなった⁉︎ 嬉しいけど、 こういうのは違う気がする。あくまでも普段の理知的な彼女と……

(なんだ。何があったんだ)

 いつもから違うこと。

 それはおそらく、シートに鎮座する銀色の機械。

「……」

 俺の持つ異能は《炉神の瞳》。ものづくりの神である炉の神と同じように、力の流れや物体の構造を捉えることのできる目だ。

 しかし、《炉神の瞳》は、純粋なるコードだけは流れを見ることができない。

 あの機械はつまり――

「ルピナス、キスしたい」

「ふぐっ」

 思考がかき乱される。このままでは俺の理性が死ぬ。

 正面に回って抱きついてきた彼女の扱いに困っていると、背後から声が響いた。

「……白昼堂々と」

「あ」

「! タウラ」

「僕のお姉ちゃんに何してるんですか、ルピナスさん」

 シスコンが来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る