1番の伝授
「私たち悪竜兄弟は、佳奈子の言う通り、神様たちによって5万人も誕生させられた特異な同一人物だ。『一歩間違えれば頭のおかしいあいつだったのか』と思って我が振りを直せる瞬間があるよ」
「それは自虐?」
「……ごめん。いろいろあって」
長姉の彼女はとても苦労しているのだろう。
「神様たちの目的の前に、5万人も居る理由から話そうか」
「それも話してくれるんだね」
「うん」
グラスの内側で、からんと氷の音が鳴る。
「ゲームのくじで、『排出率○○%』みたいなうたい文句があるだろう?」
「……あるわね」
あちこちのソーシャルゲームで見る。
「神様たちは《王様》か《神様》を再現するために悪竜を作ろうと考えたわけだけど。『ランダムに竜と他種族もしくは竜同士を掛け合わせていって目的の子どもが誕生するか?』なんて偶然頼みの試行が成功する確率はどれくらいだと思う?」
「なんかすっごい嫌な響きね」
植物などでは、品種改良のためにより良い個体同士を掛け合わせていくことがあるのは知っているけれど。
「うん。……神様はそれをしたんだけどね」
「……」
「ここまででわかる通り、倫理観はゼロだ。だけどバカではなかった。その時代なら知恵を独占した状況だから、最高峰の頭脳が集っていた。つまりは、悪竜誕生の試行が険しい道なのも予測していたんだね」
「結果が5万人か」
「結論が速いよ」
くつくつと笑声を漏らしながら、衝撃発言をする。
「若い番号、それこそ1桁の頃に、《王様》に見た目も能力もアーカイブもそっくりな悪竜が生まれたんだ」
「大成功してるじゃない」
なんでそこで止まらなかったのやら。
「むしろ、そんなに早く誕生してしまったから、5万人も誕生したんだ」
「?」
「ゲームの話に戻すね。佳奈子は、排出率がわからないくじで1本目か2本目で大当たりを引いたらどう思う?」
「……引ける回数とゲームの性質にもよるけど、『ビギナーズラックだ』か『元の確率が甘いのかな』って考えるかな。人の反応は両極端じゃない?」
そのあとの行動も。
「そうだね。1桁の試行で大成功を引き当てたかみさまは、後者の反応をした。そしてこう考えた。『こんなに早く成功したんだ。きっとすぐ次の個体が生まれる』と」
「『たくさん繰り返せば、もっともっと生まれるよね。じゃあ、この個体は研究用にしよう!』――とも考えた」
「待って。その人、悪竜兄弟なのよね」
シェル先生や他のご兄弟と同じように、泣いたり笑ったり、好物を食べて喜んだりする普通の人。ちょっと変わりもので、でも頭が良くて優しい兄弟。
感情と意思を持った人。
「そうだよ。神様はその悪竜を観察し研究し、他の悪竜たちの誕生の安定に役立てた。異種族同士の混血が多かっただけあって、精神または肉体的、あるいはアーカイブ的に不安定な悪竜は多かったしね」
ミアさんは口元は笑っているが、目は一切笑っていない。手に持ったグラスが指の形に歪んでいるのも怒りのせいだろう。
「……やっちゃったな。直そう」
虹色の火花が散り、グラスが元の形状を取り戻す。
「今でも精神的にクるから手早く。……研究したおかげで下の代が安定して生まれるようになった。しかしその後、3桁4桁5桁……と試行回数が増えていくうちに焦燥が募る。観察対象にした成功の悪竜に勝るどころか、同等もしくは近似可能な能力を持った個体は一人もいない」
そもそも、神様たちの想定をはるかに超える数だったのかもしれない。
一桁でビギナーズラックを引き当てていたのなら、なおさら焦りは増しただろう。
「ついには、5万という大台に乗った」
「シェル先生は何番?」
それだけが気になっている。
「……これから話すよ」
ジュースを一口優雅に飲んだ。
「焦った神様たちは、《王様》の精神構造とアーカイブの波長を参考にして、近づけるために手を加えることを選んだ」
「……?」
そんなこと出来るのかと思ったけど、そもそも運命を折り返すなんて訳分からんことしてるんだから出来てもおかしくなかった。
「手を加えられたのがロザリー。つまりシェル。54331番だ」
「!」
「悪竜は総勢で54334人だから、かなり末っ子」
甘やかされ気味だったのはそれも込み?
「5万人繰り返したせいで、あの子の時代には鬼があの子の母君くらいしか生き残りが居なかったので、純粋なレアさもあるね。鬼の性質が《王様》の性質と似たところも」
「どういうところ?」
「首を刎ねたがるところ」
「鬼はさておき、王が首を刎ねたがるのってまずいと思うの」
処刑のイメージが付きまとう。
「優しい人だよ? 敵に容赦がないだけ」
「あ、ちょっと安心」
敵に対してだけ首を刎ねようとするんだよね、たぶん。
「納得して頂けたようで良かった。ちなみに、手をくわえたのは……精神構造が《王様》と同じになるように心を切り貼りしたというか……アーカイブをわざと暴走させて波長を《王様》と同じにしたりとか」
「……え。それで先生は大丈夫なの?」
「全然大丈夫じゃない」
彼女は弟妹達の扱いについて非常に怒っている。
「でも、あの子が鬼で、あの子自身が過剰な天才だったことがその無理を実現した。鬼はとても古い種族で、理不尽を体現したような種族だ。身体能力も、存在の強度も高い」
「……」
シェル先生はいつでも理不尽だが、そういう『理不尽』ではないのだろうと思った。
「ウイルスが喰い込んだパソコンがスキャンと自己修復を試みるようにして、心と体のダメージを回復させた。生き残ったんだ」
「そ、れは……」
「だけど、精神は決して安定しない。《王様》と似せられて過剰極まりない五感はあの子を不安にさせて苛立たせるし、同じく《王様》と似て過剰な知能と極端な緊張状態が付いて回るせいで、初対面の人と会話なんてまともにできない」
「…………」
《王様》がどんな人なのかは考えたことがなかったが、その人もかなりの精神状態なのではないかと思った。
「しかも、神様はあの子を問題解決装置か処刑器具として扱った。それが目的だったからね」
壮絶だ。
「私たちはロザリーが可哀そうで可愛くて愛おしくて仕方ない。甘やかしたせいであんな性格になったのは認める」
「……うん……何となくわかってた……」
宴会の時の悪竜さんたち60人弱を思い出すと今でも遠い目になれる。
「今でこそ悪竜兄弟って呼び名だけど、正式名称は『連番式悪竜試行体』で、略称は『悪竜シリーズ』だ。どう考えても品種改良の記録だよね」
あはは、と楽しそうに笑う。切ない。
「弟の名誉のために言うけど、ロザリーには王様とそっくりな気品と優しさもあるんだよ」
「……それはわかるわ」
いつも気品に満ちて優しい。事実だ。
「良かった」
彼女が言いたいのはつまり、『弟は迷惑もかけてしまうけど、優しい子なんだ』ということ。シェル先生への弁護・弁明をしているのだ。
その回りくどい誠実さがきょうだいそっくりだと思った。
「……私たちからしたら、あの子が『自分は継接ぎの張りぼてで価値がない』と思っているのが悲しい。難しいんだよね。あの子自身、《王様》に似てることがアイデンティティだから……」
自己評価が低い理由はそこか。
彼の存在意義。
「何であたしに話してくれたの?」
「あの子が『佳奈子には伝えて構わない』と言っていたから」
「?」
「死ぬ前のキミを探して、情報を見つけたんだって」
「――」
「ロザリーはたまに狂ったような好奇心を発揮してね。今度会った時は謝罪すると思うよ。この封筒にファイルが入ってる」
あたしは呆然としたまま、ミアさんがどこからともなく出してきた封筒を受け取った。
厚みがあって重い。
「……こんな空気にしておいてなんだけど。キミの現状を打破する手段を伝授しようか」
虹色の淡い光が散り――青年が現れる。
ミアさんをそのまま男性にしたかのような、ハタチくらいの美青年。
「タイムアップしたから僕の番だ。エルと呼ぶように」
なぜ呼び名が『ミア』だったのか今更分かった。呼び分けのためだ。
「…………。あの」
「話しながら説明するよ。キミのお祖母様を待たせ続けるにはいかないし」
笑顔はミアさんのときと変わらない。
「さっさといこう。キミは自分の手札を見せるしかない」
「て、手札?」
「情報だよ」
またもどこからか出現した白紙に、ペンですらすらと文字を書き出していく。
「キミが座敷わらしであるということ。それに付随する今までの蛮行の理由」
どこからどこまでもシェル先生から聞いているらしく、すらすらと過不足なく書き終えた。
「まあ、当たり前だけど、和解のためには謝罪は大前提だね」
すべきことリストに『謝罪』と大きく書いた。
「相手の感情も重要。そこは時間が経ってるのだから大丈夫かな。仲裁役の人を紛れさせるはずだし……京ちゃんが声をかけて集めたら悪感情より申し訳なさが前に出るね」
「は、速い。エルさん、速い……!」
「ああ、ごめんごめん。キミの希望を書かなきゃね」
彼はにんまりと笑ってあたしを見る。
「佳奈子はどうしたい?」
「……」
どうしたいか。
「あ、謝りたい」
今度はきちんと謝って、京やコウと普通に話せるようになりたい。
「シンプルで素晴らしい。僕の得意分野で嬉しいよ」
ペン先で『悪感情を消す』という文言を突く。
「知り合いの妖精さんたちに代わって謝罪文を書きまくった僕の腕を見せてあげよう」
「かわいそう」
この人が妖精さんたちと親しいのは伝わってきた。
でも、可哀そう……
「あんまり言わないで。空しくなるから」
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