4.藍沢佳奈子が考え願う幸福
座敷童と??の対峙
「やあ、佳奈子。キミは知りたがりだ。好奇心猫を殺すけれど、そこもいい。大好きだよ、そういう身の程知らず。人間らしく、愚かしく愛おしい」
傲岸不遜な竜と対峙したあたしは、みっともなく涙を流しながら叫んだ。
「うっさいばーか! いま自分がこんなんじゃなかったら、あたしはあんたなんかに頼らないわよ‼」
「……おや、これはダメだ。女の子が泣き顔でいるものではないよ」
光を浴びる度に金に艶めく虹色髪を揺らして、悪竜の女性があたしに近づいた。
「あたしこんなに弱かった?」
いきなりこんなことを言われても、彼女は訳が分からないだろう。
でも、出会い頭にぶつけられた質問もあたしにとっては心底訳が分からない上に腹立たしい雰囲気だったから、意趣返しだ。
「ずっと平気だったのに、勇気出なくなっちゃった。昔なら女子たちの視線なんて何するものぞと思って無視できた。……なのに。あたし、は」
「ダメだダメだ。辛い顔をした女の子をそのままにする趣味はない。そんな事情を往来の人に聞かせてはいけない。いいからこっちおいで」
電話を掛けると現れた女性は、あたしの手を掴んで――瞳に虹色の火花を散らした。
「移動するよ」
視界が歪み、やがて溶け合う。
気づけば、あたしはテーブルをはさんで女性と向き合っていた。
控えめに派手な壁紙、座り心地そこそこのソファー。大きめなモニターとタッチパッド式のリモコン。
要はここはカラオケボックスだ。
しかも、おそらく学生では手が出しにくい値段の部屋。
「…………」
女性はバツの悪そうな顔をしてあたしを見ている。
「ごめんね。……てっきり、
「なんで……?」
いつもの自分なら好奇心でやってたかもだけど、今のあたしにそんな余裕はない。
「弟が『座敷童が電話をかけてきたら応対してください』って言うから」
あたしが無駄に不快な思いをさせられたのも、女性が戸惑っているのも、すべてはシェル先生のせいか……
「い、いや。あの子も、悪い子じゃ……」
「知ってます。知ってるけど説明不足なんだもん」
「……ごめんなさい」
ため息をついてから、女性が名乗る。
「エルミア・ログニヴィリ。悪竜の1番だよ」
「⁉︎」
1番とはつまり――悪竜5万人の頂点。
「ミアと呼んでね」
「エルじゃないの?」
「事情があるんだ。……キミも自己紹介を」
相手に名乗らせたままでは失礼だ。
「……藍沢佳奈子。あなたの弟さんのシェルさんにはお世話になってます」
「こちらこそ弟が日々ご迷惑を……って、重要なのはそこじゃないよね。佳奈子の話だ」
「……っ」
せっかく泣き止んだのに、指摘されてぶり返した。
「あたし。学校、行けなくなった」
「あらまあ」
彼女は大きな反応はせず、あたしをじっと見ている。
「あたしが悪かったけど。にしたって相手もどうかと思って謝らなくて。……でも、今は学校に話したい友達が出来たから、周りをなんとかしたくて……そういう場を作ってもらったの」
「謝ってきたの?」
首を横に振る。
「……来週の水曜日に謝る予定」
それまでに学校に行ける自信がない。
だって怖い。
「なのに、あたし、心の中でその友達に八つ当たりしてばっかり……‼︎」
「心の中で済ませてるならだれにも迷惑をかけないよ。いま迷惑をかけてるとしたら、佳奈子の保護者さんだね。おばあちゃんには伝えてきた?」
ミアさんに問われて息が詰まる。
「……伝えて、ない」
感情が荒れるまま飛び出してきて、ルピネさんに頭に刻まれた電話番号でこの人を呼び出していた。ほとんど無我夢中だった。
いま気付いて血の気が引く。
あたしはどこまでわがままな子どもなんだろう。
「座敷童の性質は、時間が経てば落ち着く。まずはとにかく電話なさい」
「は、なすの?」
「じゃあスマホを貸して。私が伝えるから」
「……」
おばあちゃんにコールする寸前で操作を止めたスマホを差し出す。
ミアさんはどこからともなく出したタオルをあたしに押し付けてから、コールボタンを押した。
すぐにおばあちゃんが出たようで、彼女の声が明朗さを増した。
「佳奈子さんのお祖母様ですか? 私、シュレミアの姉のエルミアと申します。……いえ、お世話になってるなんて……弟がいつもご迷惑を」
弟のくだりは必ず入るんだ……
「佳奈子さんは私が見ております。ええ。ちょっと、性質もあって、発作的に飛び出しちゃったみたいで。本人に過失は一切ありません。保証します」
胸が痛む。
「落ち着いたら家まで送り届けますので。どうか安心してお待ちください。……はい、また。帰るときには連絡させていただきます」
電話が切れる。
ミアさんは困ったような苦笑であたしにスマホを返す。
「話し終わったら、どこかでお土産買って帰るよ。いいね?」
「……うん」
おばあちゃんはすぐに電話に出てくれた。それはすなわち、あたしを心配してくれていたということ。
こんな孫娘でごめんなさい。
「あのね。もし本当に座敷童の性質が妖精と同じものなら、制御がすごく難しいんだ。オウキと会ったんでしょう? どうだった?」
リーネアさんやルピナスさん等お子さんたちの言うことを聞かず、好き勝手にはしゃいで遊んでいた。
「…………。の、ノーコメント……」
「うん、いいね。賢い答えだ」
彼女が『よしよし』と撫でてくれる。
その仕草がシェル先生とそっくりで驚く。
「友達や弟妹たちがご迷惑をおかけしたようで、本当にごめんね」
「……いろんなこと教えてもらったわ」
「なら嬉しいな」
本当に嬉しそうに笑った。
ミアさんが、なぜ彼女があたしの相談相手に選ばれたのかを告げる。
「私は佳奈子の現状を解決するのに向いてる悪竜。ロザリーは根っこが『敵は全て殺せ』だからね」
あの人が出張ればいつでもどこでも戦争だ。
仲良く――つまり和平をしたいというあたしの現状では向かない。
「そりゃあ、シェル先生よりはずっと、融和が出来そうだけれども」
「普通の問題解決ならあの子がトップランカーなんだけどね……」
ため息を振り払い、あたしに向き直る。
「でも、手を貸す前に」
「?」
「悪竜兄弟について、佳奈子なりの仮説を聞かせて?」
『自分たちを解き明かせ』と迫るような質問。
「……いいの。さっきあんなだったのに」
「反省したよ。……今まであの子経由で紹介された人がみんな無神経だったからね」
「先生……」
しかし、あたしは悪竜さん本人を目の前にして興奮が隠せずにいた。
紫織とルピネさんのそれぞれから悪竜についてのサワリを聞かされてからというもの、好奇心と知識欲が噴き出していたのだ。
「もちろん。キミには60人近くの弟妹が迷惑をかけたそうだから、こちらの方が申し訳なくって……さっき意地悪しちゃったのは防衛本能というかそんな感じではあったけど、恥の上塗り重ねて申し訳ない」
5万人の頂点って大変そうだな。
ちょっとした自治体くらいの規模あるもんね。
「話が通じる弟妹ではあったんだけど、初対面の女の子からしたら関係ないよネー」
目が死んでいる。
「あれで通じてるの……?」
好き勝手に会話しまくる人ばかりだった。
一部にはまとめ役っぽい人もいたけど、焼け石に水とはあのことだったのだと思う。
「イエスノーの受け答えができるだけでもマシなんだ」
それを聞いたあたしは、ジンジャーエールのグラスを差し出して彼女に会釈する。
「……お疲れ様です」
「……ありがとう……」
ジンジャーエールとオレンジジュースで乾杯した。
彼女が口を開く。
「まあ、とりあえずだ。佳奈子はゴシップ記事を書いているというだけあって、いい意味で図太いだろう。人のプライバシーと自分の情報収集能力とを競わせられる」
「うん」
「だから、衝撃的な部類の出生な私たちのことを聞いても……残酷に無神経に、かつ楽しみながら考えていただろう?」
「……うん」
「自分の感情を排除して事実のみで考えることは、研究には大切なことだね。大学に行っても大切にするんだよ」
「ありがとう」
お言葉に甘えて、あたしはさっそく自分の推論を述べ始めた。
「悪竜兄弟って、厳密には全員が同一人物なのよね?」
彼らは可能性の集合体。
もし片親が○○だったら。もし性別が女だったら男だったら……というような、途方もない数の可能性がいくつもあって。神様に運命を折り返されることによって生まれた存在だ。
それはわざわざ悪竜である彼女に伝えなくともいいだろう。
「うん」
「神様がいる、のよね」
「居るよ。運命を自由にする強力なアーカイブを持った神様がね」
規模が違う。
「その神様は、《王様》か《神様》を再現するために悪竜を作った。なら、『作って満足ー!』で終わらないと思うの」
「そうだね」
「欲しくて作ったんだから、完成したら、何かに利用するためだったのよね?」
まあ、完成体と呼べる悪竜が居るのかさえ知らないけど。
「目的は何だったのかなって。それだけわかんない」
あたしの推論はそこで行き詰ったわけだ。
どうしてか、シェル先生には聞く気になれなかったし……
「考えることこそ知性体であることの証明だ。弟妹から許しが出ているとはいえ、それが出来ない相手に伝える気は無いよ」
「……え」
ミアさんはぞっとするほど綺麗に笑っている。
「キミは素晴らしいね。これからも頑張って」
「あ、あありがとう……」
美人の笑顔は、直撃すると心が痛い。
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