トーラ

 現れたのは、ルピネさんとそっくりな少年。

「タウラと申します」

「……」

 俺が思わず絶句してしまったのは、彼がルピネさんよりずっと幼かったからだ。

 年頃は14歳ほどに見え、そして、車椅子に乗っている。

「準備に時間がかかってしまって……すみません」

「……」

 言うより、行動で示した方が早い。

 翰川先生のために用意してあるテーブルと椅子の方へ、彼の車椅子を押す。

「わ。……ありがとうございます」

「いえ。大丈夫です」

 彼は向かい側に回った俺に微笑みかける。

「トーラと申します。5番」

「!」

 発音が違った。

「伏せておくつもりだったのですが……無礼でしたね。申し訳ありません」

「い、いや。大丈夫です。……呼び名はタウラさんでいいんですよね?」

「はい」

 彼の印象は『朗らかなシュレミアさん』。

 容姿はアネモネさん寄りで物腰も穏やかなのに、なぜかそう思わされる。

「車椅子に乗ってはいますが、歩いたり立ち上がったり……あなたの先生と同じように出来ますよ」

「そうなんですか。良かった……っていうのも失礼ですよね。すみません」

「いえ。あなたの誠意を心地よく思います。ありがとう」



「僕の専門を詳しくお話ししては弟妹たちの時間がなくなってしまいますので。手早く」

 彼は虚空から小さな台を取り出した。天板は部屋の隅にフィットする三角形だ。

 続けて、小さな神棚のようなもの。

 足や木が折りたたまれたままのそれらを卓上に置く。

「これを物置の角に置いてください」

「いま行ってきますか?」

「設置は次の妹が担当しますよ。僕は取り扱いの説明をします」

「わかりました」

 俺に神棚の手入れなど分からない。専門家に聞いた方が早いだろう。

「難しいこともありません。部屋の掃除をするついでで良いので、ハタキでホコリを落としてあげてください」

「お供えは?」

「お水をさかずきに。お菓子などのお供えはこのお盆にお願いします」

 お墓参りみたいだ。

「向き合って手を合わせるだけで充分です」

「わかりました」

 顔を見たこともないが、見守ってくれているのなら感謝しよう。

「光太は誠実ですね。好ましい」

「え? あ……ありがとうございます」

 よくわからないなりに感謝を伝えると、タウラさんはくすりと笑った。

「気を遣わせたようですみません。僕はこんなですが、ルピネと同じ年齢の姿にもなれます。足の状態が安定するのがこの姿なので、こうしているだけで」

「……良かった」

 佳奈子に勧められて読んだ異種族の医学に、『肉体的・精神的ショックで成長が停止する種族がいる』と書かれていたから、彼がそうなのかと思ってしまった。

「足も良い状態なんですね」

「はい。なのですが……」

「?」

 恥ずかしそうに苦笑している。

「きょうだいたちが過保護で。歩けると言ったのに、これに乗せて運びたがるんです」

「心配されてる証拠じゃないですか」

 彼は困った顔で、考えの足りない俺に説明してくれる。

「……もしあなたが温泉で僕のような人を見かけたら、『なぜ車椅子に乗っていたのに歩いているんだろう?』と思いませんか?」

「……かもですね」

 知っているから安心できるが、知らされなければ余計な詮索や邪推をしてしまったことだろう。

「僕のような異種族が周囲に余計な心配をかけるのは良くないと思うんです。それに、医師からもリハビリに歩けと言われて……なのにみんな過保護……」

 悩みがあるようだ。

「でも、浴室って滑りますし。周りのご兄弟も気を配るんじゃないですか?」

「……気を配り過ぎなんです。父譲りの観察力でされては」

「あー……それは」

 シュレミアさんは意外にも世話焼きだ。翰川先生や佳奈子などに対して、気配りを超先回りしてしまう場面をよく見る。

「僕も子どもじゃないのに」

 彼の見た目年齢のせいで、背伸びしたがる年頃の子どもに見えてしまう。

「……お兄さんお姉さんたち、集まれるの喜んでましたし、甘えてもいいんじゃないですか?」

「…………」

 しばし考え込んでから、観念したように息を吐いた。

「そうしてみるよ」

 素の口調は敬語ではないのかな。

 人間味のある人だと感じた。

「棚や台は、あなたがここを去るときに、やってくるマーチに任せてください」

「はい。あれこれとありがとうございました」

「こちらこそ。またいつか話そう、光太」


 優美に笑って一礼した。

「弟妹たちをよろしく」

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