しゃべる

 みなさんグイグイと酒杯を開けていく。

「種族的に、みんなお酒好きなんです」

「そうなの」

 先生の前には酒瓶とグラスが並べられていた。彼の隣に座る奥さんのものも混じっている。見ていたのでわかる。

 みなさん、酔う気配が微塵もない。

 実は水かジュースでも飲んでいるのかと疑いたくなるほど素面のままだ。

「佳奈子と紫織はダメよ。成人したら解禁ね」

「健康に気を付けて生きてください。二十歳になったとしても、きちんとパッチテストを受けて、自分の体と相談しながら――ぐっ」

「堅っ苦しいこと言うなよロザリー。それはこの子たちがハタチになった時に自分で決めることだぜー?」

 ウサギ美少女ヒウナさんが先生のローブをぐいっと引っ張る。

 彼女は少し顔が赤い。

「酔ってるんですか?」

「んー? お酒には血行促進な効果もある。だからといっても、大量摂取はダメだけど」

 くすくすと笑って弟さんを撫でている。

「色素が薄いから、ちょっとの赤みでもすぐ目立つ。格別酔ってるわけじゃないな」

「お酒強いんですね」

「まあね」

「ヒウナ。イチゴパフェ頼んでください」

「自分で頼めー」

「端末持ってるのヒウナなのに」

 先生はどことなくお姉さんに甘えているように見える。

「はいはい。女の子たちも遠慮なくね」

「あ……どうも、お姉さん」


 とても綺麗な笑顔で言う。

「オレ男だよ」


 美貌はご兄弟共通。ヒウナさんは、肌の色素が薄いせいで唇が濃く見えて蠱惑的。『オレ』という一人称も、翰川先生の『僕』で慣れていたから気にしていなかった。

 それもあって……言われるまでは性別がわからなかった。

「なんで女装?」

「……あははは! すっげー今更!」

 彼の格好は白の猫耳パーカーに、赤のチェックスカート。

 胸は膨らんではいないが、サイズが大きめなパーカーの緩さのせいであれこれと錯覚してくる容姿だ。

 黒タイツの足は長くて細いし。

「ぴらり」

 擬音に反して思い切りめくりあげる。

 中には短パンを履いている。

 スカートの内側には、注射器やメス、その他医療器具が配置されていた。

「!?」

「オレはお医者さん。中には緊急用の器具を仕込んでるだけだよ」

 器具は全てパッケージングされ、汚れもつかない状態だ。

「だからね? オレがこの中に凶器を隠し持っているわけじゃないからね?」


「医療メスって最高に切れ味鋭い凶器だ」

「殺人鬼がどの口で言ってるのかな」

「女装癖でしょ、あれ」

「後ろ側見せないミスリーディング」

「短パンで隠れて見えないわ。小賢しい」

「女の子には見せられない物品だからでしょ?」

「女子じゃなくても見せらんねえわ」

「持ってるだけで捕まるレベルだよねw」


「外野どもうるさいよー?」

 あれあれ。すごく嫌な予感がするぞ。

 選ぶ話題を間違えた気がする。

「ヒウナはどうしようもない殺人鬼ですよ。リーネアの親友です」

 先生が淡々と教えてくれた。

「……」

 類は友を呼ぶのかしら。

「そーなんだよ。リナに会いに行こうと思ったのに、あいつ電話に出なくてさー」

「着信拒否されてるの? 大丈夫?」

 アネモネさんの発想がひどい。

 夫婦揃って鬼畜か。

「あはは、そうかも。……ねえ弟。マジでそうだったらどうしよう」

「揺さぶらないでください、ヒウナ」

 がっくんがっくんと肩を掴まれて豪快に振り回されるシェル先生が、いつも通りの口調を崩さずに言う。……微妙にエコーかかってるけど。

「何か怒らせることをやらかしたのでもなければ、そういうことはないと思いますよ」

「あいつにワサビ入りのシュークリーム食わしたら、ものすごい怒られた。謝ってない」

 いじめっ子?

「ヘッドショットをされていないのが不思議です。なんで生きてるんですか?」

「やばい……やっぱ駄目だったのかな……」

 ヒウナさんは真剣に悩んでいる。

 ……リーネアさん、話がわかる人なんだし、さっさと謝っちゃえばいいのに。

「気軽にそんなこと思わないでくれないかな。あいつ自分と同い年以上相手になると容赦なくなるんだよ⁉︎」

「心読むのやめてくれません⁉︎」

「兄が読んでいるのは未来です。運命の線を無意識でたぐって、予知に近い直感を発揮するのです」

「高尚な表現だけれど。していることは人の内心踏みにじりながら未来を盗み見てる覗き魔ね」

 アネモネさんのグラスにワインを注ぐ桃色髪の悪竜の女性がにっこり笑った。

「ごめん。……謝りたいと思って、お土産も用意してきたのに、会えないから寂しくて……八つ当たり……」

 今度はぐずぐず泣き始めた。

「この人めんどくさい‼︎」

「ヒウナは『面倒くさい悪竜選手権』で6位に輝いた悪竜よ」

「これで6位⁉︎」

 なんでそんな選手権を開催するのか。

「悪竜みんなで集まったときの催し事よ。盛り上がったわあ……」

 ほろ酔いのアネモネさんがふんわり笑って説明してくれる。ほんのり赤い顔も超美人。

「何を隠そう、2位はあなたの先生」

「照れます」

 天然のセリフか意図的なボケか。

 たぶん彼は、奥さんに褒められたことを条件反射で喜んでいるだけだ。

 『間違いなく天然の方だな』と思いつつ、面倒臭いこと極りない先生を見て呟く。

「先生で1位じゃないなんて……」

「俺をなんだと思っているんですか?」

 鬼畜かな。

「1位は悪竜No.00001。さすが最初の悪竜。面倒臭さでもトップを譲らない」

 ヒウナさんは機嫌を直して楽しそうにしていた。



 こんな感じであれこれ話してはいるものの、なんだかんだで楽しい。

 50人を超える大所帯での集まりに、あたしは人見知りしていた訳で……アネモネさんやヒウナさんは、そんなあたしにすぐ気付いて話の輪に引き入れてくれた。

(嬉しい)

 ちびちびとオレンジジュースを飲む。

 紫織はまだルピネさんといちゃついている。

 コウへの恋心はどうしたのやら。

「ルピネさん、好きです。結婚してください」

「自分を安売りするな。私はお前たちの側にいるだけで十分だよ」

「……っ……」

 紫織がもじもじしてルピネさんの手をそっと握る。

「ふふ、どうした?」

 ルピネさんは発言がイケメン過ぎる。

 囃し立てる悪竜兄弟の皆さんは元気そうで良いことだと思う。

 疲れたあたしは、見慣れたシェル先生とその奥さんの側に視線を戻す。

 アネモネさんがからかうように笑った。

「あら。お帰りなさい」

「ただいま……ルピネさん、あんな感じだから女の子にモテるんじゃないの?」

 小樽では、オウキさんの娘さんからも半ば本気の求婚をされていた。

「そうなのよね。職場でも後輩の女の子とか同僚の女性だとかにモテモテで」

「……男性には?」

 才覚と気品こそとんでもない美人だけれど、だからこそ彼女が好きだという男性もいるだろう。

「男性にもモテないわけじゃないの」

 言いづらそうなアネモネさんに代わって、桃色髪の美女(イヴさんというそうな)が口を開く。

「あの子、根がスマート紳士なの。完璧なエスコートを職場の後輩相手にやらかしたのよ。ミステリアスな先輩を初々しくエスコートしようと思ってた心が折れたみたい」

 そりゃ折れるわ。

「……ルピネは折ったことも気付かないし……」

 お母さんにも気苦労があるらしい。

 確かに、ルピネさんはカッコいい美人だ。

「ルピナスさんはどうなんですか?」

 あたしが呟くと、アネモネさんが微笑む。

「互いに合意があって愛情があるのなら、幸せになれるのなら……私が口を出すことではないと思っているわ」

「……」

 シェル先生も隣でこくりと頷いている。


「でもお、同性の番いって子どもができないよね?」

「……番いって……」

「え、子どもが欲しいから番うんじゃないの?」

「恋愛感情はそれだけじゃないのよ」

「表現を慎めボケ妹」

「薬飲んで片方男になればいいんじゃない?」

「養子という手もありですよぅ」

「……女の子同士の交尾はどうやるの? 繋ぐものないよね?」

「楽しければそれでいいんだよぅ」

「交尾という表現をやめろ」

「店でそんな話すんなエロババアども」

「そんなこと言うとお前を襲っちゃうぞ弟め」

「近親はやめましょ」


 ご兄弟の話題がカオス。

 いたたまれないのか、それとも兄弟たちへのフォローか、シェル先生が口を開く。

「他の世界の古い倫理観の持ち主ばかりですから……恋愛が子孫繁栄に直結していると考える人が多いんです」

「……」

 ルピネさんとの会話から戻ってきた紫織は紫織で、とても満足げなご様子。

「……あんた、本気でルピネさんと……」

「ち、違うよ!」


「でも――憧れと恋は、別々だと思うの……‼」


「そ、そう? そうなの……」

 あたしにはわからない世界だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る